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第十三章:三ノ宮伊吹
震え
イリヤは前世でも今世でも研究者であり学者だ。イリヤは自らの研究内容を伝えるのは上手だが、この研究結果がどう金になるのかをプレゼンする事が上手く出来ない。
素晴らしい研究で科学技術の発展に間違いなく寄与すると確信している彼女は、予算を出している所属機関の採算が取れるかどうかまで考えられない。
考え込んでいる伊吹を前にしても、どのように伝えれば予算が下りやすいかというところまで気が回らないのだ。
「年間九百億円はどう考えても無理でしょ……」
イリヤはこれからの十年間で掛かるであろう人工知能開発の予算が十億ドルであると答えたつもりだったが、十億ドルという衝撃的な金額を聞いた伊吹には、年間予算として受け取られた。
「っぷは! ママ、ちょっとだけ喋らせて!」
マチルダがメアリーの手を振りほどき、伊吹へと声を掛ける。
「イっ、副社長。
年間予算ではなく、十年間の開発予算が十億ドルのはずです。
前にそういう話を聞いた事があります」
イリヤを前にして、前世の話をするのを躊躇われた為、マチルダはそう表現するに留めた。
勘違いを訂正された伊吹だが、マチルダに対して返事をせず考え込んだままだ。ドット絵のお面を着けている為に表情が窺えない。
伊吹は右足の踵をトントンと上下させ始める。貧乏ゆすりだ。
今まで伊吹は、大勢の人間がいる前でそんな姿を見せた事がない。
「どっちにしてもAI開発に九百億円必要だって事だよな。俺が宮坂家に働き掛けて予算を確保出来たとしても、開発に失敗したら九百億円がパーに……」
ぶつぶつと独り言を話す伊吹を、周りの女性達が心配そうに見つめる。いつもの伊吹なら楽しそうに詳しい話を聞くか、周りが思いもしなかったような革新的な案を出して皆を驚かしているのに。
ドット絵のお面を付けている為表情は見えないが、俯いていて肩も震えているのが分かる。
「伊吹様?」
「如何されました?」
美哉と橘香が伊吹の肩に触れると、伊吹が二人の顔を見る。
「ちょっと悪い想像をしてしまった。十年間で九百億円を投資して、もし開発が上手く行かなかったらと考えたら急に怖くなったんだ。
ほら、こんなに手が震えている」
美哉と橘香へぶるぶると震えている手を見せた伊吹だが、その手はすぐに二人の手によって包み込まれた。
(こんな姿を皆に見せる訳には行かない)
(すぐに別室へ移動しなければ)
美哉と橘香は、伊吹が不安に震える姿を大勢の前に晒すべきではないと考え、すぐにこの場を離れるべきであると判断したが、伊吹の独白は止まらなかった。
「だいたい俺がこれだけの規模の会社の副社長っておかしくね? 全世界が注目するVtunerの中の人? もし俺が何か失敗したらたちまち世界中の女性から非難を受けるんじゃないか? ってか逆に何で今まで上手く行ってたんだ。上手く行き過ぎだろどう考えたって。YouTubeを敵に回す? Googleの幹部の発表に異論を唱える? Alphabetに空売りを仕掛けて喧嘩を売る? 正気じゃないな……」
伊吹が今自身が置かれている状況を客観視し、心境が急激に冷めていく。
今の今まで三ノ宮伊吹を演じていた、前世を童貞で終えたただの一般男性としての顔が表に出てしまう。
「九百億だぞ、それも俺では全く分からん分野の話だ。開発が上手く行ってるのかどうかの正常な判断すら出来ん。失敗したら、俺は、俺達は……」
自分は三ノ宮伊吹というキャラではなく、一人の生きた人間なのだ。
失敗したらそこで終わり、セーブポイントからやり直すなどという事は出来ない。難易度設定がイージーになっている訳でもない。
急に湧き出て来る現実感。自分だけなら良い。二度目の人生だ。だがこの二人は違う。美哉と橘香を道連れには出来ない。したくない。
「二人を連れて実家に戻るか? 今さら藍子も燈子も置き去りにして? いやこんな俺が結婚して良いのか? 童貞で死んだくせに全員幸せにするだって? 俺が? 本当に出来るのかそんな事が……」
「伊吹様はお疲れのようです」
「今日のところはお開きとさせて下さい」
伊吹の様子から、これ以上イリヤとの面談を続ける事は出来ないと判断し、美哉と橘香がこの場の解散を告げた。
「どぉしたんやさ、人工知能開発なんやしそれくらいは……」
「マチルダちゃん。別室を用意するからメアリーさんと二人でイリヤさんからさらに詳しい話を聞いておいてくれないかな?」
マチルダは伊吹へ歩み寄ろうとしたが、藍子から止められた為、仕方なく大会議室を後にした。
素晴らしい研究で科学技術の発展に間違いなく寄与すると確信している彼女は、予算を出している所属機関の採算が取れるかどうかまで考えられない。
考え込んでいる伊吹を前にしても、どのように伝えれば予算が下りやすいかというところまで気が回らないのだ。
「年間九百億円はどう考えても無理でしょ……」
イリヤはこれからの十年間で掛かるであろう人工知能開発の予算が十億ドルであると答えたつもりだったが、十億ドルという衝撃的な金額を聞いた伊吹には、年間予算として受け取られた。
「っぷは! ママ、ちょっとだけ喋らせて!」
マチルダがメアリーの手を振りほどき、伊吹へと声を掛ける。
「イっ、副社長。
年間予算ではなく、十年間の開発予算が十億ドルのはずです。
前にそういう話を聞いた事があります」
イリヤを前にして、前世の話をするのを躊躇われた為、マチルダはそう表現するに留めた。
勘違いを訂正された伊吹だが、マチルダに対して返事をせず考え込んだままだ。ドット絵のお面を着けている為に表情が窺えない。
伊吹は右足の踵をトントンと上下させ始める。貧乏ゆすりだ。
今まで伊吹は、大勢の人間がいる前でそんな姿を見せた事がない。
「どっちにしてもAI開発に九百億円必要だって事だよな。俺が宮坂家に働き掛けて予算を確保出来たとしても、開発に失敗したら九百億円がパーに……」
ぶつぶつと独り言を話す伊吹を、周りの女性達が心配そうに見つめる。いつもの伊吹なら楽しそうに詳しい話を聞くか、周りが思いもしなかったような革新的な案を出して皆を驚かしているのに。
ドット絵のお面を付けている為表情は見えないが、俯いていて肩も震えているのが分かる。
「伊吹様?」
「如何されました?」
美哉と橘香が伊吹の肩に触れると、伊吹が二人の顔を見る。
「ちょっと悪い想像をしてしまった。十年間で九百億円を投資して、もし開発が上手く行かなかったらと考えたら急に怖くなったんだ。
ほら、こんなに手が震えている」
美哉と橘香へぶるぶると震えている手を見せた伊吹だが、その手はすぐに二人の手によって包み込まれた。
(こんな姿を皆に見せる訳には行かない)
(すぐに別室へ移動しなければ)
美哉と橘香は、伊吹が不安に震える姿を大勢の前に晒すべきではないと考え、すぐにこの場を離れるべきであると判断したが、伊吹の独白は止まらなかった。
「だいたい俺がこれだけの規模の会社の副社長っておかしくね? 全世界が注目するVtunerの中の人? もし俺が何か失敗したらたちまち世界中の女性から非難を受けるんじゃないか? ってか逆に何で今まで上手く行ってたんだ。上手く行き過ぎだろどう考えたって。YouTubeを敵に回す? Googleの幹部の発表に異論を唱える? Alphabetに空売りを仕掛けて喧嘩を売る? 正気じゃないな……」
伊吹が今自身が置かれている状況を客観視し、心境が急激に冷めていく。
今の今まで三ノ宮伊吹を演じていた、前世を童貞で終えたただの一般男性としての顔が表に出てしまう。
「九百億だぞ、それも俺では全く分からん分野の話だ。開発が上手く行ってるのかどうかの正常な判断すら出来ん。失敗したら、俺は、俺達は……」
自分は三ノ宮伊吹というキャラではなく、一人の生きた人間なのだ。
失敗したらそこで終わり、セーブポイントからやり直すなどという事は出来ない。難易度設定がイージーになっている訳でもない。
急に湧き出て来る現実感。自分だけなら良い。二度目の人生だ。だがこの二人は違う。美哉と橘香を道連れには出来ない。したくない。
「二人を連れて実家に戻るか? 今さら藍子も燈子も置き去りにして? いやこんな俺が結婚して良いのか? 童貞で死んだくせに全員幸せにするだって? 俺が? 本当に出来るのかそんな事が……」
「伊吹様はお疲れのようです」
「今日のところはお開きとさせて下さい」
伊吹の様子から、これ以上イリヤとの面談を続ける事は出来ないと判断し、美哉と橘香がこの場の解散を告げた。
「どぉしたんやさ、人工知能開発なんやしそれくらいは……」
「マチルダちゃん。別室を用意するからメアリーさんと二人でイリヤさんからさらに詳しい話を聞いておいてくれないかな?」
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