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姉上、取り乱す

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 さて、前回の戦と同じく、草原に倒れている敵兵達の防具や武器を剥ぎ取らせる。
 前回とは違うのは、その数が六倍の三千人という事。
 しかしこちらも五千人の兵がいるので、それほど時間は掛からない。

 剥ぎ取ったそれらをどうやって持って帰るか、という問題はあるが。
 気を失ったままの敵兵達だが、目が覚めるまで放置。
 拘束する必要はない。
 自分達が負けたのだ、と理解すれば後は向こうで固まって故郷へ帰るだろう。

 拘束する必要があるのは指揮官と武官達。
 今回はエテピシェ伯爵家とヴォワザン子爵家だけでなく、ユニオーヌのその他の領地から派兵された者達もいる。
 俺の口上を聞いた後、前線から後退しておけば全滅させられる事もなかったろうに。
 退きもせず戦いもせず、ただただやられに来ただけの間抜けな奴ら。
 一般兵はともかく、指揮官と武官は縛って転がしておく。

「あー、アルティスラよ。
 ちょっと良いか?」

 後方で待機してくれていた姉上から声が掛かる。
 今はもう戦が終わったので、俺の櫓の近くに陣幕を張って事後処理を指揮しているのだが、そう言えば姉上に報告していなかったな。

「姉上、ご報告が遅れてしまい申し訳ございません。
 無事、終わりました」

「いや、構わん。
 ちょっとそっちで座って話さぬか」

 陣幕の中、簡易な机と椅子がある場所へ移動する。
 武官達にある程度の指示を出した後だったので、今は余裕がある。

「とりあえず、此度の戦、ご苦労であった。
 そして何より、アルティスラも兵士達も皆が無傷で戦いを終えられた事を嬉しく思う」

「はっ、ありがたきお言葉」

 ここまでは家人の働きを労う次期当主としての顔。
 姉上は一息ついてから、俺の姉として声を掛ける。

「それでアルティ、あれは一体なんだ?」

 あれ、とは何の事だろうか。
 いくら俺達が仲の良い家族だからって、さすがにあれと言ってそれね、と瞬時に答えられるほど通じ合ってはいないぞ。

「あれとは何の事でしょうか」

「全てだ!
 私は何度も戦をしているが、五千人の人間を一瞬で壊滅させるような魔法は見た事がない!!
 それにあの歌、聞いた事がないぞ!
 何だあの歌!!
 後方で待機していた私にまで届くあの魔力量!!
 有り得ない、有り得ないぞ!!
 そもそもあれは歌なのか!?
 いつもテラスで歌っている歌とはまた別の何かなのか!?
 あの強烈な攻撃魔法を歌と表現して良いものなのか!?

 一体何なのだあれは!!?」

 だいぶ混乱されているようだ。
 歌って何回言うつもりだろう。
 俺は姉上が一通り話し終わられるまで、じっと待つ事にした。
 
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