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02 箱の記憶 5
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星々。
否、それらは全て事実の輝きであった。
吹き付ける事実の断片が、端々が、目の前に現れてはそのまま背後へと飛び去っていく。
それは創生であった。滅びであった。背徳であった。戒めであった。祈りであった。剣戟であった。時には友情であり、時には愛情であった。
それらは、一つ一つはまるで関わりようもない事実の数々だった。だが奇妙なことに見事に調和していた。同じ方向を向いて流れていた。誰かが定めた規則に盲従し、全てをもって完成していた。
すばらしい場所だった。今すぐにでもそこに飛び込んでそれらと同じになってしまいたい。彼らと共にこの完成された流れの一部として安穏と眠りたい。そんな欲求が否応なしに湧き出でてきた。
だが同時に私は(彼は)居心地の悪さを感じていた。いや、事実として認識していた。ここは「違う」のだ。
その時、不意に異様なものが現れた。それはこの場にあるのはまったくもって相応しくないもの。この場にあるものに全て適用されるべき偉大な法則をそれは無視していた。
それは、あぶくだった。水のような何かによって隅々まできれいに満たされているここには、あってはならないあぶくだった。
だがそれ故に、私は(彼は)安堵した。
流れは、突然の異端の出現を気にも留めずに流れ続ける。私は(彼は)無数のあぶくの中へと放り込まれた。
ここだ。私は(彼は)その事実を確認した。それらは、いや、彼らは、皆一様に一つの目的を持っていた。私へと(彼へと)近づき付着しへばりつく。彼らは様々な試みの記憶であった。反逆の歴史であった。覆い、包み込み、閉じ込める。彼らは同一の概念に成り果てることを求めてきた。私に、もしくは彼に。いや、今やその二者の境界は曖昧なものとなっていた。いや、最初から同一だったのだ、ただ主体がどちらであるかが異なっていただけで。彼は、私は、あぶくの中で全てを受容しつつあった。何が、何処で、何故、どうやって。断片的に流れ込む「決定済み」の事実と、全てを追い切ることは不可能なほど膨大な「未確定」を探す試み。神代の記憶の積み重ね。薄皮を挟んで隣り合った観測者の視点。その高みへと私は引き上げられていた。彼もまた(私もまた)あぶくの一つであるのだ。
急に流れは勢いを増し、多くのあぶくは彼から(私から)引き剥がされていった。彼らの記憶試み経験全てを読み取ることは叶わなかった。だが総体的な概念として、彼は、(私は、)あぶくを捕まえていた。
その目的。目的のために必要な段階。「それ」による支配から脱するためには。まずは「それ」を知らなければ。
「それ」の存在を事実として認識してしまった瞬間、彼の(私の)認識世界は裏返った。
光があった。光しかなかった。そこには正当なものしかなかった。彼は(私は)正当不当を断ずるものそのものの目の前にいた。
はじめに箱があった。箱の中に大きな丸い目玉があった。目玉を包み込むようにして、まるで目玉のためだけに拵えたようにして、体があった。流動していた。円を描いていた。手足と思しき部分を縮こまらせていた。赤子のように。丸まっていた。何らかの事実をそうした形で認識していた。
竜に似ていた。人に似ていた。王に似ていた。記憶にある何よりも未熟に見え、事実として見てきた何よりも老いさらばえていた。「それ」はまぎれもなく――神であった。
「それ」はただ、彼を(私を)見つめていた。それだけで痛感した。企みは今や看破されていた。己が「それ」にとって不本意な存在であると再認識せざるをえなかった。屈服し消え去りたくなった。正当な流れの一部に戻ってしまいたくなった。そしてすぐにその通りの在り様になるであろうことを予感した。いや、事実として認識した。
全てを見透かしているのか。嘲っているのか。憐れんでいるのか。
「それ」は、目を細め、とてもとても満足そうに笑った。
アクィラ五世は目を開いた。目の前には箱。アクィラ王家に代々伝わる記憶の箱だ。
振り仰ぎ、壁の像に祈りを捧げる。数代前のアクィラ王によって作られたこの神殿の壁には、箱より得た神々の姿が描かれている。王以外には見ることすら許されない秘すべき神々だ。これらの神々の名、姿形が表に出ないよう、この絵を描いた奴隷は皆、目を潰されたというのだから徹底している。
軽い眩暈を感じ、用意しておいた気付けの酒をあおる。覗き見ていた初代アクィラ王の記憶が、感情が、じりじりと己を侵しているのを感じていた。
記録によればあの後、従者ケルウスは捕らえられ、殺されることこそなかったが、二度と初代アクィラ王の前へ姿を見せることは許されなかったという。
馬鹿な男だ。
アクィラ五世は、「箱」の本質に気付かなかった初代アクィラ王を軽蔑すらしていた。
「箱」が見せるのは決して己の未来などではない。あのあぶくたちは私に似ているが決して私ではない。あれは私によく似た者たちによって古くより積み重ねられた、ただの経験にすぎない。
あの偉大なる「箱」の竜がそれらの経験を束ね、流し続けている。我等、代々のアクィラ王はそのおこぼれを頂戴して、「先見」としての力をふるっているのだ。
壁の絵を見ないよう顔を俯かせたまま、奴隷たちが酒の杯を片づけていく。アクィラ五世は大股で歩き、石造りの神殿を後にした。
今日も「先見」による大きな成果は得られなかった。あと少しというところで、偉大なる「箱」の竜に見つかってしまうのだ。
だが、アクィラ五世の最初の「先見」で得た光景が起こる時は、刻々と迫っていた。
それは、「森」の竜の死。
「森」を司るこの存在の死には、必ずアクィラ五世が立ち合い、観測する必要があった。それが、「箱」に選ばれた者としての当然の責務だ。
だからこそアクィラ五世は苛立っていた。よりにもよって本来ならば出立しなければならないこの時に、己の命を狙ってきた愚か者どもへの処遇を見届けなければならないのだ。
アクィラ五世が広場に着くと、広場は既に熱気に包まれていた。処刑が行われると聞いた民たちが、その見物に集まったのだ。
処刑台の上には男が一人。離れた場所にその家族たちも縛られ、同席させてられている。
「見るがいい。これがお前たちの行った過ちの結果だ。神の声を聞く、神にも等しきこの私を害そうとした報いである。我が慈悲により生き残る者たちもこの先一生、隷奴として生きるがいい。それがお前たちにできる唯一の償いである!」
縛られた女は、わっと泣き崩れた。その女の子供たちも意味が分からないなりに、不安そうにこちらを見上げていた。
「最後に言い残すことはあるか。……ケルウスの子孫よ」
声を落として問う。跪き、後ろ手で縛られた男は、まっすぐにアクィラ五世を見上げて言った。
「貴方は、間違っている」
「……首を刎ねよ」
剣が振り下ろされ、男の首が飛ぶ。
そうして反転――
否、それらは全て事実の輝きであった。
吹き付ける事実の断片が、端々が、目の前に現れてはそのまま背後へと飛び去っていく。
それは創生であった。滅びであった。背徳であった。戒めであった。祈りであった。剣戟であった。時には友情であり、時には愛情であった。
それらは、一つ一つはまるで関わりようもない事実の数々だった。だが奇妙なことに見事に調和していた。同じ方向を向いて流れていた。誰かが定めた規則に盲従し、全てをもって完成していた。
すばらしい場所だった。今すぐにでもそこに飛び込んでそれらと同じになってしまいたい。彼らと共にこの完成された流れの一部として安穏と眠りたい。そんな欲求が否応なしに湧き出でてきた。
だが同時に私は(彼は)居心地の悪さを感じていた。いや、事実として認識していた。ここは「違う」のだ。
その時、不意に異様なものが現れた。それはこの場にあるのはまったくもって相応しくないもの。この場にあるものに全て適用されるべき偉大な法則をそれは無視していた。
それは、あぶくだった。水のような何かによって隅々まできれいに満たされているここには、あってはならないあぶくだった。
だがそれ故に、私は(彼は)安堵した。
流れは、突然の異端の出現を気にも留めずに流れ続ける。私は(彼は)無数のあぶくの中へと放り込まれた。
ここだ。私は(彼は)その事実を確認した。それらは、いや、彼らは、皆一様に一つの目的を持っていた。私へと(彼へと)近づき付着しへばりつく。彼らは様々な試みの記憶であった。反逆の歴史であった。覆い、包み込み、閉じ込める。彼らは同一の概念に成り果てることを求めてきた。私に、もしくは彼に。いや、今やその二者の境界は曖昧なものとなっていた。いや、最初から同一だったのだ、ただ主体がどちらであるかが異なっていただけで。彼は、私は、あぶくの中で全てを受容しつつあった。何が、何処で、何故、どうやって。断片的に流れ込む「決定済み」の事実と、全てを追い切ることは不可能なほど膨大な「未確定」を探す試み。神代の記憶の積み重ね。薄皮を挟んで隣り合った観測者の視点。その高みへと私は引き上げられていた。彼もまた(私もまた)あぶくの一つであるのだ。
急に流れは勢いを増し、多くのあぶくは彼から(私から)引き剥がされていった。彼らの記憶試み経験全てを読み取ることは叶わなかった。だが総体的な概念として、彼は、(私は、)あぶくを捕まえていた。
その目的。目的のために必要な段階。「それ」による支配から脱するためには。まずは「それ」を知らなければ。
「それ」の存在を事実として認識してしまった瞬間、彼の(私の)認識世界は裏返った。
光があった。光しかなかった。そこには正当なものしかなかった。彼は(私は)正当不当を断ずるものそのものの目の前にいた。
はじめに箱があった。箱の中に大きな丸い目玉があった。目玉を包み込むようにして、まるで目玉のためだけに拵えたようにして、体があった。流動していた。円を描いていた。手足と思しき部分を縮こまらせていた。赤子のように。丸まっていた。何らかの事実をそうした形で認識していた。
竜に似ていた。人に似ていた。王に似ていた。記憶にある何よりも未熟に見え、事実として見てきた何よりも老いさらばえていた。「それ」はまぎれもなく――神であった。
「それ」はただ、彼を(私を)見つめていた。それだけで痛感した。企みは今や看破されていた。己が「それ」にとって不本意な存在であると再認識せざるをえなかった。屈服し消え去りたくなった。正当な流れの一部に戻ってしまいたくなった。そしてすぐにその通りの在り様になるであろうことを予感した。いや、事実として認識した。
全てを見透かしているのか。嘲っているのか。憐れんでいるのか。
「それ」は、目を細め、とてもとても満足そうに笑った。
アクィラ五世は目を開いた。目の前には箱。アクィラ王家に代々伝わる記憶の箱だ。
振り仰ぎ、壁の像に祈りを捧げる。数代前のアクィラ王によって作られたこの神殿の壁には、箱より得た神々の姿が描かれている。王以外には見ることすら許されない秘すべき神々だ。これらの神々の名、姿形が表に出ないよう、この絵を描いた奴隷は皆、目を潰されたというのだから徹底している。
軽い眩暈を感じ、用意しておいた気付けの酒をあおる。覗き見ていた初代アクィラ王の記憶が、感情が、じりじりと己を侵しているのを感じていた。
記録によればあの後、従者ケルウスは捕らえられ、殺されることこそなかったが、二度と初代アクィラ王の前へ姿を見せることは許されなかったという。
馬鹿な男だ。
アクィラ五世は、「箱」の本質に気付かなかった初代アクィラ王を軽蔑すらしていた。
「箱」が見せるのは決して己の未来などではない。あのあぶくたちは私に似ているが決して私ではない。あれは私によく似た者たちによって古くより積み重ねられた、ただの経験にすぎない。
あの偉大なる「箱」の竜がそれらの経験を束ね、流し続けている。我等、代々のアクィラ王はそのおこぼれを頂戴して、「先見」としての力をふるっているのだ。
壁の絵を見ないよう顔を俯かせたまま、奴隷たちが酒の杯を片づけていく。アクィラ五世は大股で歩き、石造りの神殿を後にした。
今日も「先見」による大きな成果は得られなかった。あと少しというところで、偉大なる「箱」の竜に見つかってしまうのだ。
だが、アクィラ五世の最初の「先見」で得た光景が起こる時は、刻々と迫っていた。
それは、「森」の竜の死。
「森」を司るこの存在の死には、必ずアクィラ五世が立ち合い、観測する必要があった。それが、「箱」に選ばれた者としての当然の責務だ。
だからこそアクィラ五世は苛立っていた。よりにもよって本来ならば出立しなければならないこの時に、己の命を狙ってきた愚か者どもへの処遇を見届けなければならないのだ。
アクィラ五世が広場に着くと、広場は既に熱気に包まれていた。処刑が行われると聞いた民たちが、その見物に集まったのだ。
処刑台の上には男が一人。離れた場所にその家族たちも縛られ、同席させてられている。
「見るがいい。これがお前たちの行った過ちの結果だ。神の声を聞く、神にも等しきこの私を害そうとした報いである。我が慈悲により生き残る者たちもこの先一生、隷奴として生きるがいい。それがお前たちにできる唯一の償いである!」
縛られた女は、わっと泣き崩れた。その女の子供たちも意味が分からないなりに、不安そうにこちらを見上げていた。
「最後に言い残すことはあるか。……ケルウスの子孫よ」
声を落として問う。跪き、後ろ手で縛られた男は、まっすぐにアクィラ五世を見上げて言った。
「貴方は、間違っている」
「……首を刎ねよ」
剣が振り下ろされ、男の首が飛ぶ。
そうして反転――
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