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第19話:女神グラシア

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スープを入れてくれるというマルロに返事をして、着替えをして…次の瞬間、リリーナは紫色の霧に包まれた。


「な、なに!?」


目を凝らすと、徐々に視界が開けていき目の前に草原が広がる。


「え…ここ、どこ??」


今の今まで宿屋の部屋にいたというのに、気絶でもして夢を見ているのか?

リリーナは辺りを見渡し、そこに一人の少女がいることに気づいた。


「…ねえ、貴女は誰?ここは何処なの?」


少女はしゃがみ込み、顔を上げることもなく何やらつぶやいている。

リリーナはゆっくりと近づき、耳をすませた。


「…何処…何処に居るの…」

「どうしたの、迷子?」

「嫌い…好き…愛してる…大嫌い…」

「ねえ、大丈夫?貴女は誰?」


会話が成立しない。

覚悟を決め少女の肩に手を置くと、ようやく少女は顔を上げリリーナを見た。


「…ああ、聖女。わたしの聖女、見つけた」

「私を知っているの?」

「貴女を知っている…私は忘れていた。思い出した、でも忘れそう」


少女は顔を歪めながら立ち上がる。


「わたし…わたしは貴女の母。この世界の母」


その言葉でリリーナは目の前の存在が女神である事に気づいた。

この世界の神グラシアは、豊穣の女神として優しい女性の姿に描かれることが多い。

少女の姿はイメージと違うが、なぜがリリーナは彼女がグラシアであると確信を持つ。


「貴女は、女神グラシア様なのですね」


名を呼ばれ、少女は再びリリーナを見上げた。


「グラシア…そう、グラシア。私の名前。私は女神、世界の母」


虚な表情で見上げてくるグラシア、リリーナは膝を折って目線を下げる。


「グラシア様、ここは貴女様の精神世界でしょうか。私に何かお話があるのですか?」


教会でも神殿でも、祈りに応える声はなかった…しかし目の前の存在は間違いなく女神グラシアだ。

聖女の本能なのか、リリーナには確信があった。


「聖女…ああ、そうだ。貴女はリリーナ、わたしの娘。最後の娘」

「最後?」

「あの人はもういない…あの人がいなければ、わたしはもうなにも生み出せない」


グラシアの目からは金色の涙が流れ、足元に落ちると消えていく。


「リリーナ、愛おしい我が子。貴女は最後の聖女。眠りにつく前に会いたかった」

「グラシア様、私は…私は何?本当に聖女なの?何をすれば良いの」


長年の疑問をぶつけるリリーナ。


「貴女は聖女。わたしは間もなく眠る…世界を人間に託して、わたしは眠る」

「眠る?消えてしまうのですか?」

「消えはしない。深い深い奥底で眠るだけ。世界を殺さないために、わたしは世界を人間に任せるの」


どういうことなのか。

必死に理解しようとするリリーナに、グラシアは続ける。


「わたしはもう、聖女を産めない。だから貴女が最後の子供。そして世界は、人間のものになる…もうスキルや神託を与えてあげることもできない」

「スキルや神託が消える…?」

「すでに持っている人間は、そのまま。けれどもう、わたしから与えることはできない。あの人がいないから」

「あの人とは、誰なのですか」


グラシアは顔を覆って泣き出した。
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