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Chapter Ⅱ 

☆ひとりの夜 〜night alone〜

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「何だ、最期の日作戦って」
「その名の通り、人類最期の日を作り出す作戦の事。恐らく核や生物兵器の類でしょう」

 恐ろしい事を平然と言ってのける冷たい瞳。内藤は黙り遥は膝を抱えうつむいたまま、何かを話す気配はない。

「宮殿は大破しましたが、まだどこかに潜み計画を着々と進めています。ロイド兵は街を彷徨い、どこかに帰るといった動きを見せないのであるじの正体や居場所を知る事は不可能」
「動きだしてからじゃ遅いってことか」
「不要なロイドも全て……邪魔者を一掃しようとしているのかもしれません」
「邪魔者を一掃……か。とことん汚い奴だ」

 今度は水野が押し黙る。どこまで情報を明かすのか、宮殿で海斗と出会っている彼女にとってサファイアと名乗る首謀者は海斗だ。しかし海斗がこんな手を使う必要があるとも思えず、違うとも言い切れない。海斗の周りでこんな卑怯な手を使うのはただ一人……言葉の端にあの男の影。

「水野さん」

 凛とした声が響く、人の心を捕らえて離さない言いようのない威圧感。

「そろそろ教えてください。首謀者が誰なのか」

 気付いていたのかもしれない。あるいは知っているのかも。

「知ってどうするのです、知り合いなら助けますか」
「私が討ちます」

 平然と言い放つ遥、銃を膝に抱き優しく撫で……まるで幼い子を膝枕するような姿は異様、目は据わりかすかに微笑みまでたたえている。内藤の背筋に寒気が、硬直する中、水野の声が刺々とげとげしく遥を刺す。

「やけに好戦的なのですね。わかりませんよ、素人のあなたが殺せる相手か。それとも誰か知っているからそんな大きな事が言えるのですか」

 水野は真っ直ぐに遥の目を凝視、壊れた遥に追い打ちをかける。

「我等が追う首謀者、サファイアは草野海斗です。そして右腕として動いている黒の仮面、オニキスは草野英嗣。そうなるとあなたも共犯としか思えません、草野遥」
「馬鹿な事言うな、遥は」
「昔からの計画でしたか? 8年前のあの日、英嗣と面会したあなたは海斗の生命を盾に脅されて協力する事を約束した。そして私を騙して南国へ移り、力を蓄えた。エンジニアの勉強も、ショップに残ったのも、子供を引き取り偽装家族を作ったのも」
「待て! 」

 内藤が、遥の代わりに言葉を止めた。

「それ以上、遥を侮辱するのは俺が許さない」

「そうやって今も、命令を遂行しているのでしょう。海斗と偽装離婚をし、壊れたフリで同情をひいているのです。騙されました、その純粋にも見えるあなたのしたたかさに……私も内藤も」

 海斗との共犯、それは内藤にとって寝耳に水のあり得ない話。

「あり得ない、俺は騙されてなどいない」
「ならどう考えます。英嗣と羽島だけでは不可能、実際にロイドを動かすには権利が必要です。マスターにでもなれば、同業他社とのコネクトもロイドを操るコードも得られますが。羽島や英嗣には無理でしょうね」
「その為のヒスイとアンバーだろ」
「えぇ、確かにそのつもりだったようです。しかし二人とも言うほど役に立たず、組織出身者を厳しい目で見ていた経営陣に排除されてしまった。そこで……用心深く遥を潜り込ませていた英嗣に実権が移り、羽島が排除された。羽島より英嗣の方が何倍も計算高く狡猾で、用心深い」
「よく知ってんだな。さすが、あんたと英嗣の仲だ。遥と海斗以上に特別なだけある」

 なぜか、おもむろに立ち上がる内藤。

「俺はまだ、あんたを信じた訳じゃない。それに今の俺は組織の人間でもないからな、あんたの言う事を聞く必要はない」
「話はまだ終わっていません」
「俺はもうない」
「宮殿内、それから衛兵ルートで罠を仕掛けました。真実は間もなく明らかに、勝負の日、宮殿に現れた人間が首謀者です」

 水野が立ち上がった。

「信じる必要はありません。あなたの目で確かめなさい」

「どこに行く」
「宮殿に。遥、見張りの番です」
「俺が行く」

 立ち上がり、無言で歩いていく背中を見つめる内藤。

「否定、しませんでしたね」

 そう言い水野もいなくなった。

 誰も何も信じられない世の中。内藤は座り込み、頭を抱え途方に暮れる。


 それぞれに降りてくる一人の夜。


 首謀者を倒した先に何が待っているだろう。荒れ果てた街、世界中が焼け野原となり国としての機能を亡くし、生き延びたわずかな人間が穴に隠れ息をして……人は滅びていなくとも確かに文明社会は滅び、人間の世は終わった。

 首謀者が自分達の知っている人間で、倒せたとして、また元の世界が戻ってくるか。

 悪魔に魂を売り、側にいながらこの事態を止められなかった自らもまた同罪。

 昔より、下がった目尻に刻まれた過去。

 辿り着いた広い宮殿は皇帝のいた部屋から先、爆発で大破し危険な瓦礫の山と化した。気密性の高い頑丈な造りも内部での爆発には耐えきれず、仇にさえなったかもしれない。敵の悪事より味方の裏切り、信じていた者からつけられた傷の方が大きい……海斗のいた場所を眺めていた水野、そこから離れさびれた回廊を進み議場へ。

 ひびの入った白い壁、階段状に広がる議席、そして特徴的な宇宙を踏みしめられる床。

 よほど頑丈な造りだったのだろう、ひびは入っているものの、ほとんど元の姿をとどめている。一足遅かった……各地を巡り辿り着いた時には既に羽島は死に、英嗣は宮殿を出た後だった。

 足元に散らばる星の瞬き、首謀者は何を考え天と地を返したのか……亡き者の魂とも言われる星を踏みつける首謀者の趣味も思考も理解できない。そのまま皇帝の玉座まで進み壁に手を触れ隠し扉を開け、あのシャトルへ。

 飛び立つ事も出来ず、結局あの男の墓場となってしまった。

 乾いた、赤黒い血にまみれた哀しい場所。

 誰が引き取ったか羽島の遺体はもうここにない。残されたデータには、羽島を撃ち逃げる海斗の姿が映っていた。本物の海斗かロイドか映像では判別がつかない。

 “サファイアに告ぐ。残念だったな、俺様は永遠に不滅だ”

 こうすれば必ず戻って来る、ロイドの仕業なら英嗣が、本物の仕業なら海斗本人が。

 座り込み、こびりついた血を眺める。

 本物のサファイア様は宇宙へ逃げた、水野は仲間の衛兵達にそんな噂を流させた。そしてここに伝言を残す、殺した誰かが羽島の亡霊に取り憑かれるように。

 そっと、目を閉じる。

 この果てしなく生臭い静かな場所で、彼女は何を思うのだろう……戦い続け追ってきた故人の事だろうか、それとも殺した男か、はたまた遥や内藤や海斗との因果か。

 水野の夜は、哀しく更けていく。



 そして瓦礫の山の中、静かに過ぎていくはずだった内藤の夜はわずかな物音で動き始めた。

 何かあったのか、銃を手に急ぐ。

 見張りのはず、それなのに遥の姿がない。目を凝らして辺りを探すと仄かな月明かりの先、愛しい背中を見つけた。

「はる……」

 声を掛けようとしてためらった。遥の視線の先に、海斗がいる。



「ごめん……」

 月明かりの下、海斗と遥は向き合っていた。互いの表情までは見えない、空いた距離を縮めるように一歩ずつ進みながら、海斗は優しく語りかける。

「全部、俺が悪かったんだ。由茉ゆまさんとの事、ちゃんと終わらせてきた。遥、仕事ばっかりで一緒にいる時間少ないし、家でも子供達いるしさ、さみしくて……本当にごめん」

 うつむいて黙ったままの遥、海斗の言葉に耳を傾けているのだろうか。

「迎えに来たんだ。もう一度、遥とやり直したくて」

 つぶらな瞳に向けられる真っ直ぐな想い。

「帰ろう……僕達の家に」

 足音が止まり、差し伸べられた大きな手。それは遥がずっと欲しがっていた言葉かもしれない。

 ゆっくりと顔を上げる遥、海斗の瞳を見つめ……腕を上げて。

 ドォン!!!

 鈍く重い轟音、震動と衝撃。爆発した海斗、走り出した内藤は間一髪、爆風に飛ばされた遥を抱きとめた。あの日と同じ、眼の前で起こる全ての事が再現される。

「遥、大丈夫か」

 力無く崩れる身体、見開いたままの暗い瞳。手には銃が握られている。

「どうして……どうしてこんな事」

 遥の想いは内藤が一番よく知っていた。遥が自分を求めれば求めるほど、海斗に捨てられた傷みが、寂しさが痛いほど伝わってきた。

 愛しているはず。

 それなのに……遥は海斗を撃ってしまった。
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