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第一章 街に帰る

第1話 宿敵、再び

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「3日後ですか!? 」
「はい」
「そんな事言われても……いつまでに決めればいいんですか? 」
「今決めてください」
「今って……」
「帰ります」
「え……海斗? 」
「帰ります。あの街に」
「いいんですね」
「はい」
「ちょっと海斗。話し合ってないのに」
「帰るよ、遥」
「でも……」

 この島に来て二年目。ずっとこの日常が続くような気がしていた矢先の出来事。

 今、私の目の前には私達をここに連れてきた水野さんが座っている。

 この島が、まさか資源掘削の拠点として日本に買い取られてしまうなんて。それだけでもショックなのに、突然現れた水野さんは次の居住地を今すぐ決めさせようとしている。

 選択肢は二つ。一つ目は、北方にロイドやサイボーグでも居住を許される国があり、その国で永住する事。

 二つ目は、今以上に厳しい管理の下で住み慣れた街に帰る事。

 海斗が迷わず“帰る”と言い出すのはわかっていた。私だって、もちろん帰りたい……でも……。

「決まりですね。3日後、早朝に迎えに来ます」
「分かりました」

 海斗が返事をすると水野さんは立ち上がった。

「分かっているとは思いますが、荷物は最小限でお願いします」

 それだけ言うと、水野さんはカツカツとヒールを鳴らして帰っていった。

「何で勝手に決めるの? 」
「勝手じゃないよ、約束したの忘れた? 」
「忘れてない! でも条件の書類見たでしょ? 何されるか分からないんだよ。それに、あんな風に処分されたのにたった二年で帰れるなんておかしいって」
「大丈夫だよ」
「何でそんな事言えるの? 引き離されるかもしれないんだよ、それだけじゃない。私や海斗の行動が気に入らなかったら……今度は国外退去じゃ済まないって」
「滅多な事はしないよ。俺は、遥に出逢う前からずっとこうして暮らしてきたって、伯父さんも言ってただろ? あの時はあいつが違法行為をしたから捕まっただけで」
 
「でも……」 

 本当に……大丈夫なのかな。

 海斗の事は信じたいけど、水野さんやよくわからない組織までは信じられない。

「遥」

 俯く私の髪をなでる海斗。

「信じて……俺の決断を」

 信じたいけど……日本に帰った後、引き離されたり、しないのかな。

「ね? 」

 海斗は私がすねると、いつもこうする。まるで子供をさとすみたいに。なんか誤魔化されたような気持ちなのに、私はいつも頷いてしまう。

 ずるい。

「あんまり時間ないから行こうか」
「どこに? 」
「伯父さんの所」
「……うん」

 私達は、揃って伯父さんの家に向かう。珍しく歩きながら手を繋ぐ海斗。

 海斗も……不安なのかな。

 無言のまま、二人で歩く砂浜はいつもより重たい。

 目の前には広がる大自然。

 赤い屋根の家に着くと、伯父さんはいつも通り平然と新聞を読んでいた。

「おう! 来たか」

 目を細めて私達を見る伯父さんは、初めて会った日より年老いた気がする。

「知ってたのか? 」

 海斗の問いに老眼鏡を外す伯父さん。

「いや、あくまで噂だと思っていた」
「噂って……ここは伯父さんの島だろ? 何も知らなかったのか? 」
「あぁ。今朝、港で聞いたばかりだ」
「自分の島なのに? 」
「海斗、それは商売上の話だ。今回のは政治が絡んだ……もっと上の所で決まった話だ。明け渡さねばならんし、丁寧に教えてなんかもらえんよ」

 無言の沈黙が流れる中で、目の前にマグカップが置かれる。

「ありがとうございます」
「お前達にとっては良いきっかけだろう。若いのに、いつまでこんな所に閉じ籠ってるつもりだ? あの時はどうしようもなかったから引き受けたが、いつまでもここにいたってしょうがないだろう」
「それはそうだけど、あまりにも急だったから」
「それは俺も一緒……寝耳に水だ」
 
 そう言うと、伯父さんは珈琲をごくりと飲んだ。

「伯父さんはどうするんですか? 」

 たまらず、聞いてしまった。

 立ち退かなければならないのは、この島に長く住む伯父さんも一緒のはず。

「俺は、今さら日本に居場所もないしな……ダグに頼んで空き家の一つぐらい見つけてもらうさ」

 ダグさんは、隣の島の商人でいつもお世話になっている伯父さんの友達。隣の島なら……伯父さんも友達に囲まれて、穏やかな暮らしが出来るかもしれない。

「俺の事は良いんだ。お前達は? ちゃんと日本に帰れるんだろうな? 」
「あぁ……帰るよ」

 海斗は伯父さんと離れるのが寂しいのかもしれない。海斗と伯父さんは、親子のようにお互いを想い合っている。それはよくわかる。

 お父さんに振り回されてきた海斗を、穏やかなこの場所で守ってくれたのは伯父さんで……あの時も伯父さんが水野さんに掛け合ってくれたから、私達はこんなに平和な国外退去処分で済んできた。

「良かったなぁ。お前達なら日本に帰っても大丈夫だろう。怪しまれる事さえしなければそのうち自由に暮らせる日が来るさ」

 大丈夫……信頼する伯父さんにそう言ってもらえても、先が見えない事はやっぱり不安。

「で、いつ発つんだ? 」
「3日後の早朝」
「忙しくなるな。湿っぽい顔をしている場合じゃないぞ、海斗」
「え? 」
「俺もお前達も、もうこの島に戻ってくる事は出来ないんだ。荷造りもあるだろうが楽しまないとな」
「伯父さん……」

 私は伯父さんのこういう所が好きで、たぶん海斗もそう。隣にいる海斗の横顔が崩れて、ほっとする。

「よし! 久しぶりにハメをはずすぞ!! 」
「酒はダメだからな! 家まで抱えるの大変なんだから」
「バカだな、海斗! こんな時だからこそ飲まなくてどうする、なぁ、遥」
「でも伯父さん、酔うとすごい絡むからなぁー」
「そのぐらい、許してくれよ……」

 3人で過ごす団欒だんらんの時。楽しいこの時間も、もうすぐ過去の物となる。今を精一杯生きる理由を実感しつつ、私達は先に進む事にした。
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