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第四章 霞む未来

第39話 扉の先に……(最終話:後編)

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 頼りない足取りで数歩進むと、待っていてくれた海斗と腕を組む。

 一人の道が二人の道に。


 人生って不思議。

 5年前、この街で目標もなく暮らしていた私は、海斗に出逢って変わったと思う。

 この出逢いには全てがあった。

 喜び、悲しみ、不安、寂しさ……胸の高鳴りも眠れない夜も、今の不思議な感情も含めて全て。

 今度こそ、もうだめだと思った。

 でもだからこそ、共に過ごせる尊さをこれからも忘れないでいられる。

 
 ぱっと、目の前が開けた。


 白い花びらが舞う青い空、あの朝のように幸せな景色。覗き見るといつもの横顔は少し緊張している。

 “朝までに目覚めなければ、もうできることはない”

 絶望を感じた伯父さんの声と表情。

 信じたかった……でも長いまつ毛や柔らかな唇、今まで愛しく眺めてきたそのどれにも、生気は感じられなくて。

 最後かもしれない、そう思いながら冷たい手を包んで引き止めるように温め続けた。生きた心地がしなかった。

 今でも奇跡としか思えない。

 眩いくらいの朝陽が病室に降り注いだ瞬間、光と温もりに包み込まれた気がして。ゆっくりと……海斗の目が開きはじめた事。

「遥」

 はっきりそう呼んでくれた時、景色がぱっと明るくなった。



「おめでとう! 」
「ハルちゃーん」
「かいちょだー! 」

 祝福の声に包まれて辿り着いた誓いの場。

 神様より支えてくれた人達に誓おう、そう決めた私達は、みんなの前で誓いの言葉と指輪の交換をする。

 キスの代わりに見つめ合うと、控えていた樹梨亜と夢瑠がブーケを差し出してくれる。

 12本のバラで作られた真っ白いブーケ。感謝や誠実、幸福とか永遠……全部は覚えられなかったけど、この一本ずつに意味があるのだと、樹梨亜が教えてくれた。

 震える手で選んで海斗の胸元に。

 身を挺して守ってくれた身体は、想像以上に傷だらけだった。

 度重なる改造、どんどん自分でなくなっていく身体にどれだけ苦しんできただろう……思うだけで胸が詰まる。

「これより晴れて夫婦となりました二人に、改めて拍手を」

 涙をこらえ、拍手と歓声に包まれる。

「それではこれより披露宴へと移らせていただきます。座席が動きますのでご注意ください」

 歩いてきた道が消えて、瞬く間にビュッフェコーナーが出来上がる。

「お父さん達、間に合ったみたい」

 式場が披露宴会場へと変わるのを見ていると、海斗が小声で囁く。

 後ろの席で申し訳なさそうに座る両親に伯父さんが声を掛けてくれる。

「よかった……」
「俺達も行こうか」
「うん! 」

 手を繋いで私達も輪の中へ。

 お父さん、お母さん、兄貴に夢瑠、樹梨亜、煌雅さん、梨理ちゃん、伯父さん……大切なみんなにお礼がしたくて、少し無理をして準備した披露宴。

 それなのに自分達が楽しんで、幸せをもらっている。

「ウェディングケーキは新郎海斗様の手作りでございます」

 シンプルな二段のウェディングケーキは、みんなにとびきり美味しい物を食べてほしいと海斗が樹梨亜の特訓を受けて作った物。

 楽しそうに、でも一生懸命、何度も練習して作っていた。

「スポンジの目が……」

 心配そうな海斗、でも評判は上々で。

「美味いな! お前、こんなもん作れるのか!! 」
「遥、料理できないからちょうどいいじゃない」

 お母さんの余計な一言に会場は爆笑、私は恥ずかしくて顔が真っ赤。

「実は先ほど皆様が召し上がられたブイヤベースとローストビーフのサラダは、遥様のお手製でございます」

 司会役のプランナーさんの言葉に会場がどよめく。

「ちょっと海斗、内緒って言ったのに」
「いいじゃん、本当の事なんだし」

 私達の囁きなんてかき消されるくらい。

「おい、お前あんなすごいの作れるならまず世話になった兄貴に作れよ」
「はゆか、しゅごーい」
「ちょっと遥、レシピ教えて」
「うん、実は梨理ちゃん用のポトフもなんだけど、梨理ちゃんどうだった? 」
「おいちかったー! 」

 兄貴の言葉は無視されて、梨理ちゃんのパチパチ拍手に和む会場。

「可愛いなぁ」
「ほんと、ちっちゃい子はいいわねぇ」

 目を細める両親に、胸がズキンと痛む。海斗と私の間に子供は望めないから、いわゆる孫の顔は見せてあげられない。

 ごめんね……心の中で呟く時、海斗が手を握ってくれる。

 でもやっぱり海斗でよかった、私のすぐ折れる心をすくいあげて守ってくれる……こんな人、他にはきっといないから。

 見つめ合って、握ってくれる手にキスをする。

 大切な人達に囲まれて、愛する人と……夢に見た未来は、銀色の扉の先に広がっていた。

「海斗……」
「ん? 」

 あの日と同じ、力の抜ける優しい笑顔。

「ありがとう……愛してる」

 これからは素直に伝える、そう決めたから。

「ありがとう、でもそれを言うのはまだ早いかも」
「え? 」

 そう言うと海斗はなぜか兄貴の方を見る、頷く兄貴は指を鳴らした。


「うわぁ……」

 一瞬で、満天の星空の中にいた。

「あれ? 何? 」

 浮き始める身体。

「ここは宇宙だからな、無重力なんだ」
「無重力……あ、ドレスが」

「ちょっと和、ハルちゃんのお色直しが先でしょ」
「そうだった」

 また兄貴が指を鳴らす。

「わっ! 何これなんで!? 」

 一瞬で、オーロラホワイトからゴールドのミニドレスにチェンジしている。

「海斗、あれ付けてあげなきゃ」
「うん」

 暗闇を照らす仄かな明かり。

「これ、どうして……」
「水野さんに探してもらったんだ」

 初めて海斗にもらった光るイヤリング……失くしたと思っていた。

 眩い光が辺りを照らす。

「ありがとう」
「さぁ、楽しもっか」
「うん」

 伯父さんに煌雅さんに梨理ちゃん、お父さんもお母さんもみんな浮いて宇宙空間を楽しんでいる。

「きれい……」

 黒い暗い所でも星粒は瞬いて、明るい藍色、紫の辺りには神秘的な白い靄。

「星雲にいるんだ。綺麗だろ」

 静かで、ロマンチックで、でもなぜか少しだけ哀しい気がする。

「お兄ちゃんがね、大好きな妹の為に何かしたいって、宇宙空間作っちゃったの。ごめんね、内緒にしてて」

「大好きは余計だ。しかし上手いこといったな」
「はい、サプライズ成功ですね」

「海斗も知ってたの? 」
「ごめんね、面白そうだったから。そんな事より、遥は何着ても綺麗だね」
「あ……ありがと」
「カイ君ったらみんなの前で……」
「お前、よくそういう台詞を公衆の面前で……」

 みんなの反応で更に恥ずかしさが増して、顔はきっと赤くなってる。

「これからは素直に伝えるって決めたんです、恥ずかしがらずに」

 海斗が私の瞳を見つめる。暗闇でもわかるくらいに。私と同じ気持ちに、幸せがこみ上げる。

「遥も愛してるって伝えてくれたので。ねぇ、遥」
「キャー!! 」
「うそ、あの恥ずかしがり屋の遥が? ちょ、ちょっと夢瑠」

 大きくぐらつく夢瑠をとっさに兄貴が抱きかかえる。

「ちょっと、兄貴だって。夢瑠に触らないでよ! 」
「何でだよ。いいだろ、夢瑠は俺のなんだから」
「俺のって、人の式でのろけないでよ」
「いいじゃん、俺達も手繋ごう」
「うん……」

 海斗に言われると弱い私は、簡単に負けてしまう。それぞれのパートナーと、家族と、包まれ眺める美しい星の世界。

「本当に綺麗……星空のお花畑みたい」

 夢瑠らしい感想、こうして星空を見るのは何度目だろう。

 “悩んだ時とか疲れた時はここに来て、ぼーっと眺めてる”

 ふいに、あの横顔が浮かぶ。

 やっぱり……兄貴に似てたんだな、あの人。

「どうかした? 」
「ううん……何でもない」

 きっとどこか遠い街で幸せに暮らしている……同じ星空を眺めながら。

「俺の作った星空よりすごいな」
「そんな事ないよ。あの夜の事……すごく嬉しかった」
「遥……」

 後ろから抱き寄せられて、二人で見る宇宙。

 夢瑠と兄貴もそれなりにいい雰囲気。

 樹梨亜と煌雅さんも……ってあれ?

『それではウェディングパーティー第2幕を始めます。まずは恒例カラオケ大会!! 』

 宇宙まで来てカラオケするなんて、さすが樹梨亜と思ったけれど、意外と楽しい。みんなで宇宙を漂いながらシャンパンで乾杯して歌って踊る。

「海斗にお前の正体をバラさないとな」

 意地悪な兄貴に用意された生い立ち動画は写真のチョイスが悪意満載で。

「バックミュージックは俺が作った」
「あ、このハルちゃんかわいー! 」
「入園式だって。遥泣きそうじゃん」

 また無視される兄貴が面白い。

「遥は元気で活発だったから男の子とよく遊んでたわね」
「そうだな、おばあちゃん家の屋根に登った時にはハラハラしたもんだ」
「ちょっと変な事バラさないでよ……」

 恥ずかしい思い出話にも優しい笑顔の海斗。

「俺はどんな遥も好きだよ」

「あ、夢瑠、なんでこの写真使ったの。理玖りく写ってるからだめって言ったのに」
「だってそのハルちゃんかわいいんだもん、恋する乙女って感じで」

 顔を真っ赤にしながら理玖りくの隣でピースサインをする私。

「りく? 誰それ、何で腕組んでるの」
「え……あ、友達」
「だって今、恋する乙女って。まさか彼氏じゃないよね」
「ち、違うよ。友達だって」
「そう、遥の初恋の相手」
「うそ……こんな腕まで組んで」

 意外と嫉妬深かった海斗。

「昔の話だから、ね。次行こ」
「昔っていつ」
「それは……中学の時」
「と、3年前」
「3年前!? 」
「ちょっと樹梨亜」
「ハルちゃん、カイ君、初めての夫婦喧嘩だね」

 みんなにからかわれて動画は終わり、楽しい時間は過ぎていく。

「結婚、しておいてよかった」
「え? 」
「遥、隙だらけだし他の誰かに盗られそう」
「そんな事ないって」
「本当に? 」
「うん」
「じゃあ……こっそりしよっか。誓いのキス」

 躊躇う間もなく、顔が近づいて柔らかく触れ合う唇。

「もう一回」

 はしゃぐみんなの目を盗んでまた触れ合うと、海斗と二人、宇宙に溶け込んでしまいそう。


 長い旅だった。

 あの日、出逢った笑顔に連れられて、明るい道も暗闇も、一人じゃ出会えなかった世界をたくさん歩いた。

 あなたはだあれ? 

 本当の姿を知りたくて、背中をずっと追い続けてきた。

 海斗の正体……それは今ふれあう温もりがすべてで、今感じているあなたがすべて。

 これからは二人手を取り合って、この幸せを守り続けよう。

 愛し続けよう。


「あ~! ハルちゃんとカイ君がチュ~してる!! 」
「誓いのキス恥ずかしいって言ったの誰だよ。おい海斗、何度もし過ぎだ! 」

 大切な人達と、共に。
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