アスティアの翼

水無瀬紫音

文字の大きさ
9 / 11
兄妹の章

兄妹~アスティン~

しおりを挟む
「行ったぞ~っ!!」
 仲間の声が聞こえ、複数の足音がそちらへ向かうが、自分は敢えて遠ざかった。
 そっと目を伏せる。複数の気配――これは仲間のものだ。それらからやや離れた所に感じる気配。進行方向から考えて、先ず此処で間違いない。
 必死に走る荒々しい足音、葉の擦れ合う音。全神経を集中させ、委細漏らさず拾い集める。
 肌に感じる湿気――うん。少し高めを狙った方が良い。頬を撫でる風を意識しながら、ゆっくりと矢を番えた。
 徐々に近づく足音を補足し、かっと目を開くと、ぎりぎりと悲鳴を上げていた弓弦を解放するように、矢から手を放す。
 辛抱強く「待て」を命じられていた矢は、解放の合図と同時に飛び出して行った。そして綺麗な軌跡を描いて獲物に吸い込まれていった。

 思いもよらぬ方向からの一撃に気付かなかったのか、少しばかり走り続けた獲物は、その後どうっと音を立てて倒れた。急所を綺麗に射抜いたのか、もうピクリともしていない。
 それを確認すると、にんまりと満足気な笑みを浮かべ、堂々たる足取りで獲物の元へと向かう。

 仲間の気配を感じ、駆け寄ろうと身を屈めるが、ふと足元に陰がさした事に気付き、上空を見上げる。旋回している鳥は随分と大きそうだ。
 にぃっと悪戯っぽい笑みを浮かべたアスティンは、流れるような動作で矢を番え、躊躇うことなく解き放った。飛び立とうとしていた鳥は緩やかに落下し、先程射止めた獲物の上に覆いかぶさった。

「アスティンがやったぞ~~!!」
 立て続けに獲物を射止め、これで今日の英雄は自分に違いないと浮足立つ心を抑えていたアスティンは、仲間の声に確信を得、口元を緩ませた。

「すっげー、アスティン!どっから狙ったんだ?」
「あそこの木陰からだ。身を隠せるし、獲物にも感付かれない」
「っは?!あんな所から!?それでよく狙えるな」
「別に大した事じゃないだろう」
 歓喜に打ち震える内心を押し隠し、堂々たる様子で応える。別に、大した事ではないというのも本当だ。精霊王の末裔たる自分には。

 グラティア族は大自然と共存する一族ではあるが、特に精霊王の末裔たる自分達は、その寵愛も深い。あちこちに点在する小精霊たちには好かれ、天候をよむ事も息をするに等しく容易い。あとは自分の技量次第だが、アスティンは努力を怠った事がない。この程度の狩りならば朝飯前だ。
 仲間からの賞賛の声を心地よく浴びていたアスティンは、しかし次の一言で一気に陶酔から覚めてしまった。
「これで次の大祭の優勝はアスティンできまりだな!!」


 「大祭」と呼ばれるそれは、祭りと銘打っていても出店が出回る様な浮かれたものではない。一言で言えば、剣闘大会。村中の若い男達が参加する、グラティア族にとって、大きな意味合いを持つものだった。

 グラティア族長は、精霊王の直系男子が継ぐものである。これは暗黙の了解であり、侵されざる不文律でもある。そして同時に、「強さ」をも求められる。
 グラティア族は戦士の一族でもある為、強い者程発言力も増し、敬意を集める。だからこそ、アスティンも幼いころより父から武術の英才教育を受けてきた。剣技、弓、素手での戦闘……。「武」と名のつくものは全て習い、狩りに必要な知識だって詰め込まれてきた。 その為、同年代の少年達の中ではアスティンに敵う者などなく、アスティンが次期族長の座に就くことに不満を覚える者もいない。このままいけば、アスティンは何の憂いもなく族長となる――筈だった。
 
 しかし、例外というものはどんな物事に於いても存在するものである。

 グラティア族長は精霊王の直系男子が継ぐもの――この唯一絶対の不文律が崩れ落ちてしまう例外が存在する。それが、族長に女児が産まれた場合である。
 グラティアは戦士の一族。強い者程敬意を集める。だからこそ、族長は一族の誰よりも強くなければならない。そこで、「大祭」と呼ばれる剣闘大会が開催され、そこで優勝した者が族長の娘を娶り、次期族長となる。

 今回は例外中の例外といってもいい。
 族長に男と女が産まれることもあり、その場合は、後継ぎがいるにも関わらず大祭は開催されてきた。
 だが今回、族長の娘たるクレアは神子である。神子は未婚が絶対条件であるし、特にクレアは歴代でもずば抜けた力を持つ神子。婚姻が結べぬのであれば、大祭を執り行わずアスティンにその座を譲り渡してはどうかとの声もあった。
 しかし、2人の母たるアリエスも元は神子。それも、クレアと等しく歴代5指に入るとさえいわれた力のある神子であった。

 様々な意見が混ざりあい、混迷を極める一同を収めたのは、現族長たるダリウスだった。
「慣習通り、大祭は開催する。我々がこの場でどう意見を持ち寄った所で意味はない。アスティンを族長に据えるというのであれば、尚の事大会は行われるべきである……この大祭を制す事が出来ない様であれば、アスティンにその資格はない」

 そして慣習通り、大祭は開催される運びとなった。


 同年代で、アスティンに敵う者などいない。――しかし、何事にも例外は存在するもので。

 アスティンは、警戒するように周りを見渡した。しかし目的の人物が見当たらず、眉根を寄せた。アスティンの心に影が差す原因――アスティンの目の上のたんこぶ。彼がこの場に居ないというのはどういうことか。未だ狩りを続けているのか、それとも気にも留めていないと遥か高みから見下ろしているのか。

「……一度、戻ろう」
 最早仲間からの賛辞を受け続ける気にもならず、アスティンは大きな獲物を担ぎあげた。


「ああ、大きな獲物を仕留めたね」
 温和な笑みを浮かべた青年を睨めつけ、アスティンはぶっきらぼうに問いかけた。
「……なんでお前が此処に居るんだ?」
「うん?そろそろ呼び戻そうと思っていたからね」
 「呼び戻す」その言葉に胸騒ぎを覚え、更に強く睨めつける。
「どういうことだ?」
「どういうもこういうも……獲り過ぎは良くないだろう?」
 「獲り過ぎ」その言葉にアスティンの脳内に警鐘が鳴り響く。
「それはどういう――」
「すっげーーー!!」
 アスティンの言葉は、先を歩いていた仲間の歓声によって掻き消された。

 ――まさか。

 アスティンの頬をじっとりと嫌な汗が伝う。自分の仕留めた獲物は滅多に見られない程の大物で。これを仕留めた自分は英雄なのだ。これ程大きな獲物などそう居る筈もなく、従って自分を脅かす存在も居る筈もない。
 アスティンはどんと突き飛ばす様に青年を押しのけ、そして目の前の光景に愕然とした。戦利品である筈の猪が背中からずり落ちた。

 目の前には、アスティンの自尊心の塊である猪よりも更に大きな熊が木陰で居眠りをするように座り込み、その周りには艶やかな光沢を放つ狐が数匹侍って居た。
「熊っ?!誰が仕留めたんだ?!」
「フランツだよっ!!俺も見た時は吃驚したけどなっ」
「僕も吃驚だけどね。そろそろ寒くなってきたし、毛皮が必要かと思って狐を狙っていたら、逆に熊に襲われそうになるし」
 くすくすと笑いながら話すフランツに、アスティンの血の気がさぁっと引いていった。
「皆が獲って来た鳥もあるし、これだけの熊肉があれば充分かなぁと思って、呼び戻しに行ったんだよ。そっちもいっぱい獲ってるだろうしね」
 思ってた以上の大物を仕留めたね。にこにこと微笑みながら語りかける青年を、アスティンはぎっと睨めつけた。

 ――大物を仕留めた。それは確かだ。これで今日の英雄は自分だと思った。自分に敵う者などいないのだと。
 しかし、そんな自尊心をズタズタにされた気分だった。
 フランツは自分以上の大物を仕留めて尚、驕った様子もなく、遥か高みから自分を見下ろしている。


 ――仲間内で、アスティンに敵う者などいない。アスティンは次代を担う若者達の間では一番強く、次期族長は決まったも同然――だった。その、筈だ。


 ――敵わない。アスティンを絶望が襲う。どう足掻いても、彼に勝てる気がしないのだ。

 自分を脅かす存在を睨めつけ、アスティンは血が滲む程に強く拳を握った。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...