実験したら体も記憶も名前もなくしたので誰か私の存在を証明してください!

藤間背骨

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第十九話

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 白い髭を生やした修道院長はアカートからの手紙を読み、不承不承ながら書庫の記録と修道士の名簿を見せると言った。
 監視を言いつけられた修道士に案内され、書庫に赴く。

 石造りの薄暗い室内では、修道士が作業台に向かって一心に書写をしていた。
 かちゃ、かちゃ、とルルススが歩く度に籠手と鉄靴が音を立てた。
 耳慣れぬ音に修道士が顔を上げては、部外者でありながら書庫に踏み入るルルススを訝しげに見つめる。
 その視線が自分の異常さを暴き立てるように感じられ、この場から逃げ出したいとルルススは恐怖でいっぱいになった。

 自分は修道院に入り込んだ異物であり、人間の中に紛れる異物でもあるのだ。
 辛うじて人の形をしているから見逃されているだけであって、これが血肉なしに生きる紛い物と知れればこの針の視線が刃に変わり自分を刺し貫くだろう。
 恐怖に駆られながら、先を歩くジュラーヴリの背だけを見つめることだけを考えた。

 どこをどう歩いたかわからないまま二階の小部屋に案内された。
飾り格子の嵌った小さい硝子窓があり、作業台が置かれた大きめの机が二つ、向かい合うようにして壁際に置かれている。
 扉側には小さな机と椅子が一組置かれていた。

 何を持ってくればいいかと尋ねられ、ルルススははっと我に返る。
 修道士に自分が読んでいそうな本の題が書かれた紙を渡す。
 昨日アカートと考えたものだ。紙を受け取ると修道士は部屋を出ていった。

「ルルススさん……?」

 不安げに声をかけるジュラーヴリを安心させるように、大したことはないと答えた。

「ここでマスターは仕事をしているんですよ」

 いつの間にか持っていた手燭で燭台の蝋燭に火を灯しながら、ジュラーヴリは言った。

「私は書庫に本を取りに行ったり、道具を借りたり……。それ以外は読書や書写をしています。冬の間は寒くて手が冷えますから、これを持っているんです」

 ジュラーヴリはいつの間にか持っていた布の小袋をルルススに渡した。
 持ってみるとずしりと重く、温かい。

「これは……。石か」
「はい。暖炉に石を入れて温めておくんです。火がなくても手を温められます。半日は保つんですよ。修道士さんに教わりました」
「いい知恵だ」

 手にある石を改めて見ると、籠手に霜が降りているのに気がついた。
 冷たさも厭わず、彼はこの手を握ってくれたのだ。

「……だが、私には必要ない」

 ルルススが言って石を返そうとすると、ジュラーヴリは戸惑う素振りを見せた。

「ルルススさんの体は、何も感じないのですか」
「感じる。冷たいとも、寒いとも思う。だが、極端なことを言えば、今の私は凍りついても問題はないのだ。気を使う必要はない。君が使うほうがいいだろう」

 人の体ではないから。言外に込められた意味に、ジュラーヴリは悲しげに眉を寄せた。

「持っていないと駄目です」
「何故?」
「冷たいとか、寒いとか、思うのでしょう?」
「しかし、気持ちの問題だ。害はない」
「気持ちだから、大事にしないといけません」

 ジュラーヴリの言葉にルルススは息を呑む。
 すると突然扉が開き、修道士が何冊かの本と名簿を持って入ってきた。
 数が多いので先にいくらか持ってきたと告げるとルルススに渡そうとする。
 しかし手を止め怪訝な顔をした。
 その目は本を受け取ろうとしたルルススの手に向けられている。
 籠手をしたままで平気なのかと問う視線に気付き、ルルススは体を固くした。
 間に割って入るようにしてジュラーヴリが本を受け取る。

「今外そうとしていました。突然だったので、ついそのまま」

 きっぱりと言い切るジュラーヴリにそれ以上追及せず、修道士は部屋を出ていった。

「……すまない」

 ルルススが謝ると、彼は気にしないといったように首を振った。

「本の扱いに厳しいだけですよ。私も最初はよく怒られました」

 ジュラーヴリは照れ笑いをすると本を机に置いた。

「すごいですね、本の記録や名簿も本になっているなんて。ただの紙だと思っていました」
「私も驚いた。何事も積み重ねだな」

 ルルススは外套で籠手の霜を拭い、水滴がないか確認すると本をぱらぱらと捲る。

「できることなら記録ではなく、元の本を読みたかった」
「名前を見つけたら、ここの修道士になりますか?」
「考えておこう」

 真面目な顔で返された言葉が冗談か本気かジュラーヴリが考えあぐねていると、ルルススは鞄から小箱を出し、更にその中から折り畳まれた羊皮紙とペンを取り出して机に置いた。
 椅子に座ると書く態勢を整える。

「私は記録を見る。ジュラーヴリは名簿を控えてくれ。遡るのは二年前までだ。頑張ろう」
「はい。見つけましょう」

 この中に自分の名前が見つかる保証はない。それでもやってみる価値はある。
 そう信じてルルススは本を開いた。



「見つからねえ……」

 コスティは宿屋の軒先で呟く。
 白い息が一際大きく立ち上り、やがて薄れて消えていった。
 少し前から雪が降り始め、暗緑色に染めた皮のマントは溶けた雪で濡れている。
 黒服の三人組を探そうとしたはいいものの、小さい街の中でよそ者が立ち寄りそうな場所となると、宿屋以外に思い当たらなかった。
 路地の一本に至るまで街を隈なく見ること二周。
 雪が降り出したからと期待して宿屋を覗いてみたものの、男達の姿は見当たらなかった。
 しかし、逆にある考えが頭を過ぎる。
 天候が悪くなっても宿屋に帰らないということは、別の何処かに拠点があるのではないか。
 そう思い、周囲の山に目を走らせる。
 暖を取るには火が必要だ。
 その痕跡はあまりに大きい。

「見つけた」

 不規則に舞う雪の中、空に向かって真っ直ぐに立ち昇る煙をコスティの目ははっきりと捉えていた。
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