実験したら体も記憶も名前もなくしたので誰か私の存在を証明してください!

藤間背骨

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第二十一話

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 月明かりを頼りにアカートの家に辿り着いた。
 家の前でコスティはジュラーヴリを下ろす。
 下ろせと騒ぐジュラーヴリを担いだまま山道を歩き、さすがに顔に疲労の色が濃く出ている。
 ルルススがどう声をかけたものかと迷っていると、ジュラーヴリはコスティに詰め寄った。
 気が昂ぶり目に涙を浮かべながら、彼はコスティの胸を叩く。

「どうして! どうして何も言わせてくれなかったのですか! あの人達は父上を、父上を殺すって……!」

 コスティはジュラーヴリの言葉を受け止めるように、されるがままに黙っていた。

「コスティさんなんか嫌いです!」
「ジュラーヴリ!」

 ルルススが窘めるようにジュラーヴリの名を呼ぶと、我に返ったようにはっとして動きを止める。
 声に気付いたのか玄関の扉が開きアカートが外の様子を窺いに出てくると、それを合図にするかのようにジュラーヴリが家の中へと走っていった。

「なんだ喧嘩か?」

 状況が飲み込めずアカートが困惑していると、コスティは家に向かって歩き出した。

「……先に休む」
「コスティ……」

 ルルススの返事も待たずにコスティは家の中に入った。
 その後を追い、コスティが二階に上がるのを見届けるとルルススとアカートは書斎に向かう。
 アカートは居間にあった飲みかけのコーヒーを持って書斎の戸を開けると、真っ暗な部屋を目にしてしまったという顔をした。

「しょうがねえな。NauthisナウシズKenケン

 アカートが何かを呟くと書斎机の上の蝋燭に火が灯った。
 二人は昨晩と同じように座り、今日の成果はなかったこと、コスティが黒服の男達相手に立ち回ったこと、黒服の男との会話を説明すると、ルルススは疲れを感じてため息をついた。

「なるほどな。それでああなったわけか……」

 アカートは納得したように言うとコーヒーに口をつけた。

「コスティは、大丈夫でしょうか……」
「疲れてるんだろ、一人にさせてやれ」
「…………」
「ジュラーヴリにしたって、頭に血が上ってつい、だろ。深い意味はないんだ。コスティもわかってるだろう」

 不安でたまらないといった様子のルルススにアカートは慰めるように言葉をかけた。

「……しかし、あいつが人に手を出すとはな。想像がつかない」
「ええ。予想もしていなかったものですから、反応が遅れました」
「まあ、よく無事に連れて帰ってきてくれた。コスティには礼を言わねえとな」
「伝えておきます。今日は、彼が一番頑張りましたから」
「そうしてくれ」

 コスティのことを認められ、顔には出さなかったもののルルススは自分のことのように誇らしくなった。
 アカートは顎に手をやって考えながらルルススに尋ねる。

「そいつらは銃を持ってるって?」
「はい、長銃を。しかし、最近は小型のものもあると聞きます。それこそマントの下に隠せるような」

 手で口を覆い、何ともつかない声でアカートは唸る。

「ジュラーヴリを一人にしない方がいいな。何をしでかすかわからん」

 アカートの意見にルルススも同意を示すように頷いた。

「話を聞く限りじゃ脅し程度で去るようには思えねえが、居心地が悪くなったのは確かだな。話を盗み聞きされたり矢を射られたりしたんだ、警戒せずにはいられないだろう。それが続くと疑心暗鬼になる」
「仲がいいようにも見えませんでしたから、上手くいけば仲間割れにもなるでしょう。そうなってくれれば、いいのですが」

 アカートはコーヒーを飲みながら頷いた。

「しかし、雪山の中を一日中追い回すってどんな技と執念だ」
「猟師に忍耐は必要でしょうが、想像以上のものですね……」
「あいつを怒らせねえ方がいいぞ。得に繋がる我慢を知ってるやつだ。そういうのは不満を溜めに溜めて、ある日突然いなくなる」
「……まるで、見てきたかのような口ぶりですね」
「俺がそういう類の人間だからな」
「…………」
「疑いの目で見るんじゃない」

 アカートに言われルルススは慌てて首を振った。

「で、お前の話だが。名前は見つからなかったと」
「……はい」

 答えてルルススは俯いた。

「まあ、あの修道院にいたとは限らないからな。蔵書は国内でも指折りだから、人が集まるっちゃ集まるんだが」
「しかし、まだ全ての本の記録を見たわけではないですから……」
「そうだな。……昨日の話は考えたか?」

 昨日の話。
 アカートがルルススに名前を与え、ここに助手として残る契約のことだ。
 人としての名前があれば自分は言葉に還元されることもない。
 それは何より魅力的な誘惑だった。
 その代わり、自分がどこの誰かというのは永久にわからなくなるものであったが。

「……もう少し、考えさせてくれませんか」

 アカートの持つ能力を思うと、契約書にサインしてからでは戻れないであろう。
 コスティとの別れを決意したものの、もう少し、もう少し彼との日々に溺れていたい。
 その最中に自分の名前が見つかれば、彼は自分の名前を呼んでくれる。
 叶いもしない望みを抱くことに、まだ浸っていたいのだ。

「まあ、記録を全部見てからでも遅くはない」
「……はい」

 ルルススが目を伏せながら言うと、アカートは話を変えた。

「しかし、お前の名前が見つかったらどうなるんだろうな」
「どうなる、とは?」

 アカートの言葉に、ルルススは考えてもみなかったという様子で問い返す。

「こう、記録の中で名前がビカーって光ってるとか」
「そんな、劇ではないんですから……。もっと地味なものでいいです」
「こういうのは案外派手じゃないともやもやするもんだぜ。区切りってのはわかりやすいに限る」

 アカートは自分の考えに自信を持っているのか、うんうんと頷いている。
 その自信たっぷりな物言いは羨ましいと思いながらルルススがふと視線を逸らすと、蝋燭が目に入った。

「そういえば、先程蝋燭に火を点けたのはルーン魔法ですか」
「それがどうかしたか」
「いえ、ルーン魔法の使い手を初めて目にしたものですから……。やっぱりルーンは時代遅れなのでしょうか。近代に構築された魔法の理論は確かに効率的ではありますが、複雑であるために複雑になっている気がするのです。手段と目的が入れ替わっているような。たとえ効果が薄くて非効率でも、古来より脈々と受け継がれてきた時間の重みを感じられる方が好き、です……」
「わかった、わかったから落ち着いてくれ。誰もそこまで聞いてない」
「はっ……」

 突然ルルススの魔法に対する思いをぶつけられ、アカートはたじたじといった様子でルルススに落ち着くように言った。

「……まあ、千年紀に魔法が生まれてから六百余年、魔法の体系も大分整理されたからな。以前は個々の人間が好き勝手やっていたのが、地域、信仰、派閥、様々な社会の形に合わせて知識の共有が進んだ。個人の解釈が必要な古代の魔法より、多くの人間に対して普遍的な意味を持つ新しい魔法の方が、新規に習得する分には覚えやすいだろう。ルーン魔法は盛りを過ぎた。このままではいずれ絶える」

 アカートの言葉にルルススは悲しげな顔を見せる。

「我々魔法使いは、形は違えど永遠を信じ、紡ぐものです。その永遠のために今あるものを次へと渡すのが私達の役目です。そうして受け継がれたものを絶やしてしまうのは、やはり苦しいです」
「何も、絶やそうと思って絶やしているわけではないさ。俺はそこそこ生きてきたが、色々なものが徒に手折られるのを見てきた。生き残る強さを持つものだけが残るんだ。そうやって世界は日々作り出されている」
「今あるものを、全て残せたらいいのに……」
「そのために文字が、それを連ねた本がある。千年以上前の人間の考えが残っているのは文字のおかげだ。言葉は飛び去るが、書かれた文字は留まる」
「……そう、ですね」

 ルルススは言いながら周りの書棚にある本を見た。
 これらの本全てが永遠の担い手なのだ。
 そう思うと、少しだけ心が慰められるような気持ちになる。

「このままいい話で締められるのはむず痒いから、言っておくが」
「え?」

 言いにくい、といった様子でアカートが咳払いして口を開く。

「さっき俺が使ったのはルーン文字を使っちゃいるがルーン魔法じゃない。というか、厳密に言うと魔法じゃない」
「魔法ではない?」

 部屋の入口から書斎机の上にある蝋燭に火を点したことの、どこが魔法ではないのかとルルススは混乱した。

「これまた説明が長くなるんだが」

 アカートは蝋燭の炎を見ながら言う。

「悪魔に成長を止められてた後遺症で、俺は十年に一歳しか歳をとらないと言ったろう。成長が止まる、変化しないというのは生命の遠回しな否定にあたる。つまり俺は通常の人間の十分の一しか魔力を生成できないというわけだ」

 魔力が少ないだけで魔法が使えることに変わりないのではとルルススは思ったが、アカートが更に続けるので聞くことにした。

「それに加えて俺の契約に関する能力。俺の契約は呪術的な強制力を持つ。この二つをくっ付けるとできたのが、俺の使う擬似魔法ってわけだ」
「疑似魔法?」

 初めて聞く単語に、ルルススは鸚鵡返しに問うた。

「魔法は一の魔力で十の結果を出すものだが、俺の疑似魔法は一の魔力で一の結果を出すに留まる、といった感じか」

アカート自身も他人に説明するのは初めてなのか、言葉を選びながら話を続けた。

「俺は俺に実行できる範囲なら、極々わずかな魔力で現象を引き起こすことができる。人から金を借りたとき、返すのは同じ価値を持つ金だろう。借りた金そのものを返すわけじゃない。それと同じだ。さっき俺が借りたのは蝋燭を点けるのに必要なだけの火。返すならあとで蝋燭に火を点ければいい。それを口頭で契約した。宣誓に別の言語が必要だからルーン文字を使ってるだけだ」
「なるほど。だから火を表すKenケンだけでなく、必要を表すNauthisナウシズがあったのですね。詠唱は単語ではなく、文章として完成している必要がある」
「そうだ。ルーン魔法ならKenケンだけで済む話だろ。まあ、ルーン魔法自体も修めてはいるが。魔力の消費が少ない割に効果が多岐に渡って使いやすい。だが、俺が元々得意なのは召喚魔法だ。大量に魔力を食うから、数えるほどしかやったことはないがね」
「上手くいかないものですね。召喚魔法の素質がある人間は千に一人もいればいい方だというのに……」

 自分の持つ才能を活かせずにいるアカートを見て、ルルススはため息を吐きながら言った。

「召喚魔法に素質は関係ねえよ、想像力の問題だ。この世にいながら伝承にある異界のものを微に入り細を穿ち想像する。己の目で見て触ったもののように。そうすりゃ自ずと器ができるし、器の質で中に入る力が決まる。それができない奴は本当に異界の存在がいるのかと疑ってるんだ。だから形にならない」
「ず、随分と具体的な言い方ですが、何か根拠があるのですか?」

 今アカートが言ったことが事実だとして、細かに想像するだけで自分に召喚魔法が使えるようになるとはルルススには思えなかった。

「俺は知ってるからな。悪魔っていう異界の存在を。異界のものは実際にいるんだから、俺にとっては想像するまでもない。そのまま形にすればいいのさ」

 あっけらかんとした様子で答えるアカートに、ルルススは思わずぽかんと口を開けた。

「何がどう転ぶか、わからないものですね……」
「俺の人生、悪魔と関わってない方が短いからな。俺から悪魔を抜いたら何が残るかわからん。不本意ではあるが」

 アカートは冷めたコーヒーを飲み干すと軽くカップを掲げて言った。

「お前の名前も、案外ひょんなことから見つかるかもしれねえぞ。それこそ何がどう転ぶか、わからない」

 そう結ぶとアカートは椅子から立ち上がり後ろの作業台を指す。
 ルルススも立ち上がってアカートの指した先を見る。
 作業台には、昨夜置かれていなかった羊皮紙の束が置かれていた。

「片付けておいた。本を読むなり書き写すなり、好きに使え。やり方も知ってそうだしな」
「いいのですか? どうして、私にこんな……」
「耐え忍ぶしかない時間がどんなものか、俺だってわかってるつもりだ。読むだけじゃない、手を動かせば少しは気が楽になるだろう」
「……ありがとう、ございます」

 立ち上がってルルススが礼を言うとアカートは満足そうに微笑んだ。

「ジュラーヴリの様子を見てから寝る。お前も無理はするなよ」
「私も一度客間に行きます。コスティの様子が気になるので」

 ルルススが言い、二人は書斎を後にした。
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