春を待つ

藤間背骨

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第8話

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 わずかな暖かさを頬に感じて、イングヴァルは目を開いた。
 ぼんやりとした風景が二、三度瞬きをすると鮮明になり、見覚えのない場所にいると気付いた。
 疑問に思いながら体を起こして、目に入った光景に戸惑った。

「何だ、これは……」

 今までに目にしたことがない見渡す限りの宝の山に囲まれている。
 なぜこんな場所に。
 混乱しながら記憶を辿り、そういえば、と思い出した。
 あの怪しい二人組にしてやられたのだ。
 刺された場所を見る。
 上半身の服は脱がされていて上着がかけられているだけだった。
 あの禍々しいナイフは刺さっていない。
 体を蝕む呪いは消えているし、目も正常だ。
 そして、こうなってしまった原因でもある左胸の異変が嫌でも目に入り、苦い顔をした。

「怪我が治っても、この体は治らないのか……」

 毒づいてイングヴァルは服を整え、改めて辺りを見回した。
 そして視界に入った竜の骨にわずかに目を見開く。
 ゆっくりと立ち上がり、金貨の山に踏み入って骨まで近寄った。

「大きい……」

 自分の体などすっぽりと収まってしまう大きさの肋骨に手を触れる。
 確か、この森の竜はここ数年姿を見せなくなったと聞いた。

「死んでいたのか」

 言ってイングヴァルはアウレリオの姿を探す。
 どう見たってここは竜の巣であるし、誰も知るはずのないこの場所に突然移動してきたわけでもあるまい。
 意識のない自分を誰かがここに連れてきたと考えるのが自然だし、そうなると彼――アウレリオしか心当たりはない。
 そのとき、何か重い金属を落としたような音が洞窟の中に響いた。

「あっ、イングヴァルさん……!」

 彼の声が聞こえて、そのほうに目をやった。
 アウレリオは水でも汲んできたのか、彼の足元には大きな水たまりができていて、その傍らに金の杯が転がっていた。
 真っ白だったローブは血で汚れており、綺麗な金髪もぐしゃぐしゃになっていて大分くたびれた印象だった。
 一も二もなく駆け寄ってくる彼を迎えるように、イングヴァルも歩み寄る。
 走った勢いでそのまま抱きついてきたアウレリオをイングヴァルは苦笑しながら受け止めた。親に抱きつく子供のようだと思った。

「よかった、生きてた……!」

 今にも泣き出しそうな声でアウレリオは言う。

「ああ、生きてるよ」

 イングヴァルは彼を落ち着かせるように言葉を返してやり、乱れた彼の金髪を整えるように撫でた。

「それで、僕に何が起こったか説明してくれるのかな」
「……言いたくない。言っちゃ駄目だって師匠に言われた」

 アウレリオはイングヴァルの胸に顔を埋めたまま首を振った。

「まあ、そうだろうね。じゃあ、僕が言う分には構わないのかな」

 言ってイングヴァルは、物言わぬ竜の骨に目をやった。

「君はこの竜の子供だね」



「な、なんでわかったんです、俺のこと……」

 竜の巣の隅に腰を落ち着けて、二人は向き合って座っていた。
「なんで、って……。君には翼があるし、魔物も一瞬で灰にする炎を口から吐くだろう。魔法で空は飛べないし、魔法であれだけの炎を出すのは大掛かりな準備がないとできないよ。つまり、その力は元から持っていたんだ。翼を持っていて火を吐く生き物といえば、僕には竜しか思いつかないな」
「…………」

 イングヴァルの説明に、アウレリオは眉を寄せて困った顔をしている。
 そして観念したのか大きくため息をつくと、口を開いた。

「そう……」
「待った」

 突然若い男の声がして、二人ははっと顔を上げた。
 どこからか黒い霧が漂い、それが一点に集まると男の姿を象った。
 黒い法衣に黒い羽織、紫の帯を首にかけており、黒い髪を伸ばしている。長い前髪で右目は隠されていた。左目は深緑の色をしており、まるで黒猫のようだった。

「し、師匠……!」

 アウレリオは思わず立ち上がった。

「師匠だって?」

 ずっとアウレリオから聞かされていた師匠とやらが現れたのかと、イングヴァルは男の方を見た。
 師匠というから髭を生やした老人なのかと勝手に思っていたが、自分よりも若く見える男でイングヴァルは戸惑いを隠せなかった。
 それに、どこからか姿を現したというのも気にかかる。
 物体の転移は誰も成しえたことのない大魔法だ。成功すれば世界の在り方が変わると研究はされているが、未だに完成を見ない。それをこの男は容易くやってのけたのか。
 男はまっすぐにアウレリオのほうまで歩み寄ると、その肩に手を置いてイングヴァルのほうを見る。

「イングヴァルとやら、儂の弟子が迷惑をかけたな。突然仕事が入ったのは仕方ないとはいえ、この件は儂にも責がある」

 老人めいた言葉使いで言い、男は頭を下げた。それを見てアウレリオも慌てて頭を下げる。

「彼は悪くないよ。運が悪かっただけさ。それより、どうして僕の名前を」

 イングヴァルが尋ねると、頭を上げた男は苦い顔をした。

「……何も聞かなかったことにしてくれ、というのは都合がよすぎるか」

 独り言のように言うと、男はイングヴァルに向き直った。

「儂の名はイグナシウス。教会に所属する悪魔狩りじゃ。この森くらいなら聞き耳を立てられるんでな。悪魔と戦いながら話だけは聞いておった」
「器用だな。じゃあ、大体はわかっているのか」

 イグナシウスは頷いた。

「それで、果たして僕の推測は当たっていたというわけだ。わざわざ師匠が口止めに現れたんだからね」

 言われてイグナシウスは顔をしかめた。

「彼の正体は誰にも言わないよ。竜の子だなんて、知れたら知れたで宝以上に争いの種だ」

 イングヴァルの言葉に、イグナシウスはどこまでその言葉を信用していいものかと疑わしい視線を向けた。

「単刀直入に聞こう。主、何者じゃ」
「ただの風来坊さ」

 言ってイングヴァルは目を閉じて笑った。

「何を望んでこの地に来た。氷を作って遊ぶために来たわけではなかろう」
「何を望んでって、ここに宝があると聞きつけたからだよ」
「その宝に何を願うかと聞いているんじゃ」

 論点をずらしたイングヴァルにイグナシウスは重ねて問う。

「……俺も、聞きたいです。あなたが、どんな人なのか」

 アウレリオが言いながらこちらを見つめてきて、イングヴァルは参ったと両手を上げて降参の意を示した。

「わかった、わかったよ。言うよ。誰にも言いたくはなかったが、それは君たちもそうだろうし」

 言ってイングヴァルはばつの悪そうに視線を逸らして言った。

「……あれは三年前の冬だった。そこで僕は氷の力を手に入れ、ずっと凍えたままだ」

 イングヴァルは静かに語り始めた。

「思い出したくもない、何十年かに一度の厳しい冬だったよ。それに加えて麦は病気で育たなかった。もう知っているだろうが、そのとき僕は傭兵団の団長をやっていた。冬の間は休戦で当然仕事はない。兵が百人に、その生活を支える者たちが二百人。合わせて三百人を僕は食わせなくてはならなかった」

 そこまで話すとイングヴァルは視線で、そんなことができるかと二人に問いかけた。

「結論から言うと無理だったよ。みんな死んでしまった。僕のせいで」

 アウレリオはマルクの言っていたことを思い出した。確か、全員が飢え死にしたと。

「少ない食料をみんなで分け合った。あちこちに使いを出して、食料を分けてくれないか、冬の間女子供だけでも面倒を見てくれないかと言ったが、どこにもそんな余裕はなかった。そして一人、また一人と飢えと寒さで死んでいった。それを見ているしかできなかった。生きている者も、誰かが食料を隠し持っているだの、スープの具の多い少ないだの、火にあたる順番だので毎日揉め事が起きていた。僕も限界だった。長の立場を投げ出して、どこかに逃げてしまいたかった。自分一人なら生きていけると、思ってはいけないことを思った。そんな時だ。あの占い師がやってきたのは」
「占い師……?」

 アウレリオの問いに、イングヴァルは頷いた。

「昔雇ってくれた領主が、少しだが食料をくれたんだ。歓迎したよ、肉までくれてね。その食料を運ぶ連中と一緒に占い師がいた。夜盗を警戒して連れ立っていたんだと言う。それで僕らは軽い気持ちで占いを頼んだんだ。何でもいいから前向きな言葉を聞きたかった」

 そこまで言うとイングヴァルは息をついた。

「力なき長の命を神に捧げ、新たな長を据えれば苦難が去ると。占い師はそう言った」
「それって、殺すってことですか……?」
「そうだ。いつ終わるかわからない寒さと飢えに苦しんでいた彼らは、僕を生贄に捧げることを選んだ。藁をもつかむ思いでね」

 言ってイングヴァルは苦笑した。何故笑ったのか自分でもわからなかったが、そんな選択をせざるを得なかった彼らに向けた同情だったのかもしれない。

「僕は隙を見て近くの森に逃げた。また丁度良く人が入れるくらいの岩の隙間があってね、そこに入って震えていたよ。みんな腹を空かしているんだ、そう長くは探さないだろうと祈っていた。そこに、信頼していた古参兵が僕を見つけた。彼は言ったよ、安心しろ、逃がしてやるからついて来いって。僕は疑いもせず彼についていった。でも彼は裏切った。僕に襲い掛かってきて、気絶したところを縛って連れ戻した」
「そんな……」

 アウレリオは怖がるように声を漏らした。

「目を覚ました僕は、何もできずに目の前で生贄を捧げる祭壇が組まれていくのを見ていることしかできなかった。でも、そこまで行くと諦めの方が強くてね。罰だと思った。みんなが苦しんでいるのに、何もかもを放りだして逃げたいと思った僕への。そして儀式は行われ、僕は殺された。心臓を神に捧げたのさ」

 言ってイングヴァルは自身の左胸を示した。

「じゃあ、ここにいるあなたは……?」
 当然といえるアウレリオの疑問に、イングヴァルはアウレリオのほうを見やって苦笑する。
「なんというか、平たく言えば奇跡が起こったのさ。僕にも実感は湧かないけどね」
「奇跡……?」

 静かに話を聞いていたイグナシウスが口を開いた。

「おっと、教会の人間の前で軽々しく奇跡と言わない方がよかったかな」
「気にするのは真面目な人間だけじゃ。それで、奇跡というのは」

 イグナシウスが話の続きを促すと、イングヴァルはまた話し始めた。

「……北には永久に融けることのない氷河があってね。そこには偉大なる神々の主人が、終末の戦いが訪れるときまで眠っているという話だ。僕の祖先はその神の加護を受けて戦った戦士だった。僕を殺した刃はその氷河から削りだされたもの。そして、生贄を捧げるための儀式は地に魔力が満たされる刻、多くの祈りと共に行われた。……僕の心臓に刃が突き立てられたその瞬間、僕の体と氷河が偶然にも繋がってしまった。何か一つでも欠けていたらこうはならなかっただろう。奇跡としか言いようがない。神の思し召しでも星の巡りでも、運命でも何でもいい、そういうものが奇跡を起こしたんだ。だが、その奇跡は誰も助けはしなかった。僕が目覚めたとき、体は感覚がないほど冷たくて、辺り一面は氷に覆われていた。みんな凍って死んでしまった」

 イングヴァルの話を聞き、アウレリオは息を呑んだ。怖さを紛らわすように隣に立っていたイグナシウスの服の袖を掴む。
 確かに奇跡は起こった。誰も望まない形で。
 蠟燭の炎を吹き消すように、塵を手で払うように大きな力が全てを奪った。
 そこに意味はないのだろう。
 彼らに厳しい冬が訪れたのと同じように、誰かに罰を与えるためでもなく、誰かに力を与えるためでもなく、ただ条件が整ったからという理由でそれは起きた。
 アウレリオは理不尽という言葉の意味は知っていたものの、それがどういう風に起きるのかは知らなかった。

「それから僕はずっと凍えていた。どんなに服を着ようが、炎で体を焼こうが熱を感じることはなかった。何もかもを凍らせる力なんて僕はいらなかった。だから、力を捨てる方法を探して旅をした。その力が僕を生かしているのはわかっている。でも僕はもう嫌なんだよ。……寒いのは、嫌だ」

 言ってイングヴァルは自分の話を終わらせた。
 それから何かを探すように周囲の金銀財宝に目をやった。

「まあ、何の因果か僕は竜の巣に辿り着いたわけだ。願いを叶える宝とやらはどこなのかな」
「あっ……」

 イングヴァルの言葉に、アウレリオはしまったと声を漏らした。
 その声を聴いてイングヴァルはどういうことなのかと視線で問いかけた。
 アウレリオは悪戯を白状する子供のように、おずおずとした様子で口を開いた。

「その、イングヴァルさんを助けるのに、使っちゃって……」
「は?」
「だからその、もうないっていうか……」

 イングヴァルはその言葉を聞いて目を丸くした。

「この宝の中に傷を治すやつとかあったんじゃ?」
「そ、そこまで考えられなかったし……。早くしないと、イングヴァルさんが死んじゃうかもって……。あなたに死んでほしくなかった……」

 俯きながら、今にも泣き出しそうな声音でアウレリオが言うのでイングヴァルはどうしようもなかった。

「……参ったな」

 イングヴァルは手で口を覆いながら言う。

「……で、主。願いを叶える宝がない今、これからどうするんじゃ」

 イグナシウスは尋ねた。
 これから。
 まったく考えていなかった。
 宝を手に入れ、寒さとともに命を捨てることしか考えていなかったので、これからどうするかなど自分でもわからない。
 一つ、もやもやした気持ちはある。しかし、それをするのにイングヴァルは大いに抵抗があった。
 本当に、今更すぎる。
 こちらを真っ直ぐな目で見てくるアウレリオから視線を逸らす。彼の在り方は、あまりに眩しすぎる。
 それを見透かしたようにイグナシウスはイングヴァルに問う。

「主、アウレリオに聞いていたな。人より大きな力を、人を助けるためだけに使うのかと。何を思ってそんなことを尋ねたんじゃ」
「それ、は……」

 そんなところまで聞かれていたのかとイングヴァルはわずかに狼狽えた。

「迷っているのではないか? 力の使い道に。人一人では持て余すほどの力を突然押し付けられて、その力で何をしたらいいのかわからない。だから主はアウレリオに聞いた。違うか?」
「……はは、どうかな」

 イングヴァルは微かに笑った。苦し紛れなのは明らかだった。

「そうか。迷っているならここで決めさせてやろう」

 そう高らかに宣言し、イグナシウスは手のひらを上にして構えた。
 大きな魔力の流れが渦を巻き、手の中に緑の炎が形を結ぶ。
 その手を口元まで持ってくると蝋燭を吹き消すように炎に息を吹きかけた。
 揺れた炎は千々に乱れて飛んでゆき、イングヴァルのところに達すると周りを取り囲むように大きな炎になった。
 イングヴァルは自身を取り囲む炎に本能的な恐怖を感じた。
 熱は感じない。しかし、この炎に触れてはいけないと何かが告げている。

「な、何するんです、師匠!」
「少し静かにしておれ」

 アウレリオはイグナシウスに言ったが、鋭い視線を向けられて黙った。

「この炎はただの炎ではない。それをそれ足らしめる本質を燃やし、無に還す荼毘の炎。主の氷とて逃れられん」

 そしてイグナシウスは改めてイングヴァルに言った。

「アウレリオの正体を知り、竜の巣に辿り着いた。その上で強大な力を宿す主には問うておかねばならん。その力、何に使う」
「……刺されたかと思えば傷が治って、それでまた死にそうな目に遭ってるのかい、僕は」

 自嘲するようにイングヴァルは力なく笑った。
 イグナシウスは返答次第では容赦なく自分を殺すだろう。
 秘密を知るものは少ないほどいいし、人の口に戸は立てられない。死人に口なし。あまりに単純な道理だ。

「は、は……。参ったな」

 イングヴァルは困惑して頭を掻いた。
 何を望まれているかはわかっているし、多分イグナシウスも自分がどう答えるかは大体把握しているだろう。

「……どうしても言わなきゃ駄目かい?」

 イングヴァルが言うと、炎は静かに包囲を狭めた。

「わ、わかったよ! 言うって、言うから! この物騒な炎を遠ざけてくれないか」

 言葉に応えるように炎は少し後退する。

「何が問いだ。脅迫じゃないか……」

 聞こえないように小声で言ってから、イングヴァルは決心したように目を閉じた。
 そして目を開き、口を開く。

「……確かに、僕はこの力を捨てようと思っていたよ。ずっと寒いし、手足の感覚もほとんどない。食べ物だって味を感じないし、本当に不便だ。……でも」

 イングヴァルはアウレリオに視線を向ける。

「でも、アウレリオは僕と同じに大きな力を持っていて、それを人を守るために使いたいと言った。怪我をしたり、正体がばれる危険を冒してまで僕を助けてくれた。僕よりずっと若いのに覚悟ができていた。……僕は過去の件があって人間を信じられずにいたけど、彼なら信じていいと思ったんだよ」

 そこでイングヴァルは言葉を区切った。

「君の炎は暖かった。僕が感じるほどにね。久しぶりに生きているんだと、この世にいいものはあるんだと、そう思ったよ。それで、その……。僕は少しだけ思った。この力を、命を預ける先を探したいって」

 イングヴァルはイグナシウスの様子を窺ったが、黙って続きを促しているのでまた口を開く。

「……僕には力が足りなくて沢山の人を死なせてしまった。だが、何の因果か僕はまだ生きている。それは僕の意思ではなかったが、見方を変えればやり直す機会かもしれない。持て余すくらいの力もあることだしね。……それに、僕だって一応は戦士の家に生まれたんだ。自分の信じるもののために戦いたい。今度こそ正しく、多くの人を……、救いたい……」

 イングヴァルは最後の方はしどろもどろになり、恥じ入るように頷いた。顔が見えていたら真っ赤に染まっているだろう。

「わ、笑うなら笑ってくれよ。こんないい年した大人が、今更命をかけて人助けしたいなんて、格好が悪いだろ……」

 消え入るような声でイングヴァルは言い、多少恨めしそうな目つきでイグナシウスを見た。言わせたのはお前だぞ、と言いたげである。

「なるほど。嘘をついているようには見えんな」

 言って頷くと、イグナシウスはイングヴァルを囲っていた炎を散らした。

「まあ、自分の身を犠牲にしてでもアウレリオを助けたあたり、悪い人間ではないと思っていたが……。そうか、人助けをしたいか。それが戦いという形なら最高、と」

 自分の欲望を端的に言い表され、イングヴァルは唸った。
 イグナシウスは何かを考えるように顎に手をやり、アウレリオのほうを見る。

「主、うちに来んか?」
「うち……って、教会に?」

 イグナシウスの突然の誘いに、イングヴァルは素っ頓狂な声を上げた。

「先も言った通りに我々は悪魔狩りじゃ。そこらの魔物よりタチの悪いのを相手にするんで並の人間に務まる仕事ではないんじゃが、そのおかげで万年人手不足じゃ。主の力は手放すには惜しい」
「僕の力は異教の神のものなんだけど? そんな人間が教会にいたら、都合が悪いんじゃないのか」
「そこは形だけ信者のふりをしていただいて……」
「信者のふりって」

 イングヴァルは腕を組んで考えた。
 イグナシウスはいざとなったら簡単に自分を殺せるし、力尽くで言うことを聞かせるのも可能なはず、というかさっき現にそうしたのである。
 だからといって素直に従うのも手のひらの上で踊らされているようで納得がいかないし、ここまでお膳立てをされて素直になれない自分が嫌だなあとも思っているし、とはいえ一人でできることにも限界はあるし、寄らば大樹の陰と言うし、頷かない選択肢はないのだが、そこまで目の前の男は読んでいるから、やっぱり素直に従いたくないなあと二進も三進もいかないのである。
 この状況を変える一押しがあれば――。イングヴァルはありもしない何かに願っていた。

「……イングヴァルさん、来ないんですか?」

 一連の流れを見ていたアウレリオが、寂しそうに言う。
 友達になろうとまで言ってくれた彼が、もう遊んでくれないのかと寄ってくる子犬のような顔をしてこちらを見てくる。
 イングヴァルは観念したように大きくため息をついた。

「わかったよ。どこへなりとも連れて行ってくれ。待遇が悪かったらすぐ逃げるからな」
「やったー!」

 渋々了承したイングヴァルに、アウレリオは飛び跳ねて喜んだ。

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