憧れの剣士とセフレになったけど俺は本気で恋してます!

藤間背骨

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第32話【完結】

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 一ヶ月後。
 闘技場は熱に浮かされていた。
 久々にシナバーとブル・マリーノの試合が行われることになり、彼らの勇姿を一目見ようと観客たちが押し寄せた。
 二人は慌ただしく人が行き交う裏方の通路を歩いていた。
 クエルチアは歩けるようになると、ディヒトバイの見えない右目を補うように常に彼の右側を歩いた。

「ディヒトさん、無理をしないでくださいね」
「散々手合わせをしただろうが。大丈夫だ」

 クエルチアが心配そうに声をかけると、ディヒトバイは少しうんざりした様子で答えた。
 自信満々そうな答えにクエルチアは苦笑いをする。

「お前こそ大丈夫なのか」
「俺は頑丈なのが取り柄ですから」

 試合に向けた手合わせで、右目を失ったことで彼の戦いぶりも色褪せてしまうのかと不安に思っていた。
 しかし、それも最初の数回遅れを取っただけで、以降は右目が見えないとは思えないほどの反応を見せた。
 試しに完全な死角を突いてみたものの、それすら鮮やかな剣捌きに退けられ、死角を突いたからといって安心するなと説教までされる始末だった。
 どうやら、魔鎧を纏うと感覚がわずかに戻るらしい。
 少しくらいは自分が優勢なところを味わいたかったというささやかな夢も砕かれ、剣の勢いが衰えなかったことに喜び半分、悲しみ半分でクエルチアは手合わせを続けた。
 あの様子ならば心配することもないだろうが、リングの上で何かが起きた場合、観客の目もあってすぐに対応することは難しい。
 念には念を押したくなるものだった。
 それぞれの扉に向けて分かれるところで、ディヒトバイはクエルチアに言う。

「おい、ちょっと屈め」
「なんです急に」
「いいから」

 ちょっとしたやり取りの末にクエルチアが屈むと、ディヒトバイの顔が近付いてきて、唇と唇が触れあった。

「ディ、ディヒトさん……!」

 突然の口づけに、こんな人目につく場所で何を考えているのかと焦っていると、ディヒトバイは悪戯っぽく笑った。

「今日は俺が勝つ」

 それだけ言うと、ディヒトバイは通路を先に歩いて行った。その背は真っ直ぐに、凜々しかった。

「俺も負けませんよ!」

 クエルチアの言葉に、彼は手をひらひらと振るだけで返した。
 どんな風に仕掛けてやろうかと考えながら、クエルチアも通路を歩き出す。
 この試合でディヒトバイが勝ったら、次は自分が勝とう。
 自分が勝ったら、その次も勝てるように頑張ろう。
 自分たちには、次がある。
 今まで歩いてきた道は暗く、誰にも望まれなかったものだったが、この先に歩いて行く道がある。
 その道には木漏れ日が差していて、そばに歩む人がいる。
 その幸せを噛み締めながら、歩いていく。
 もっと遠くまで。ずっと遠くまで。


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