上 下
1 / 1

25人の妖精〜第三章〜

しおりを挟む
「よろしく無いなぁ…。」
その日の便りを読みながら鹿児島の神社の神様は話した。
「一色や、今日来た便りはこれだけか。」
「早馬で来たものですので、これだけかと。」
「西に何人か派遣してください。人選はお前に託します。」
「はい。ありがとうございます。早急に手配いたします。」

「なんか今日は皆さんピリピリしてませんか?」
陽平君は着替えを済ませて朝御飯を食べに来た。学さん達が何か話している。
隣りに座った進さんと話した。
「西の結界を張ってる神様がご帰天なさるんだよ。」
「天界より上の世界があるんですか?」
「俺たちにはまだまだ分からない世界があるんだよ。今日の卵焼きは美味しいぞ。」
「こういう時に一色は勝手なんだよ。」
学さんが忌々しそうにそういう。
「足りなくても困るけど、ここの陣営だってあるんだ。そんなに向こうに送り込んだらこちらも落ちるぞ。」
「まあ学の言うことも分かるけど、一色がそう決めたんだ。誰も逆らえないよ。」
学さんは不機嫌そうに陽平君の横に座る。
「おはようございます。今日の卵焼きは美味しいですよ。」
「普段は不味いみたいな言い方だな。」
進さんと陽平君は苦笑いする。
「何が起きているんですか?」
学さんは味噌汁に箸を浸してご飯を食べる。
「西の結界を張ってる神様が帰天するんだ。魔界の住人が入り込んでくる可能性がある。」
「ここにってことですか?」
陽平君は不安そうにそう聞く。
「ああ、ここにだ。」
そう言って学さんは焼き魚を口にした。
「策はある。馴染みの陰陽師を呼ぶことになるだろうな。」
そうして学さんはガツガツと朝御飯を食べてお膳を下げた。

朝御飯が済むと15人ほどの大人が甲冑を来て馬に乗り整列した。弓を持つ人もいればやりを持つ人もいる。
「開門!!」
普段は使われてない方の門が開かれた。
「良く見とくと良いよ。陽平君も大人になったら神様の使いとして働くんだ。」
陽平君は怖くて見ていられなかった。魔界の住人と戦う。それはとても怖いことだと思った。残った大人と呼び出された陰陽師が慌てて結界を強化し始める。
向こうに行こうとした進さんを引き止めて陽平君は聞いた。
「僕は何をすればいいんですか?」
「陽平君はいつも通りで良いよ。皆が出てるからお掃除は大変かもしれないけどできる範囲で良いよ。」
そう言って進さんは他の大人に混じった。

「こんな時に後継者争いか。」
むさ苦しい男がそう言って笑った。西の神社では神様の帰天の準備と後継者候補の投票が行われていた。皆がドタバタとしている。
「業さん、暇なら手伝いしてください。中央からも人が来るんですよ。」
そう言って関さんが話した。
「どいつもこいつも平和ボケしておったからなぁ…本来妖魔はすぐそこにある存在。幾年か忘れておったよ。」
そう言ってガハハと笑って酒を飲んだ。

鹿児島の中央部では陰陽師と大人たちが結界を強化し続けていた。
「これ以上強いものを張ると心身に負荷がかかるかと。」
馴染みの陰陽師が申し訳無さそうにそう述べた。
「西の結界さえ間に合えば心配無いんだからな。」
学さんがそう言って周りを見渡す。
「一色と学が居れば大丈夫だよ。」
そう言って進さんが笑う。
「お前は魔界の怖さを分かってないんだ。奴らが通った後は灰しか残らない。」
学さんは刀を取り出した。
陽平君は掃除しながら外の大人の声を聞いた。学さんは変わらずピリピリしている。
「それにしても急な話だったな。」
「毒ですよ。」
一色さんが学さんの後ろに来ていた。
「お前はいつも突然現れるから嫌なんだ!!」
そう言って学さんは飛び跳ねた。
「毒って…?」
進さんは神妙な顔でそう尋ねる。
「清酒に毒が混ざっていたそうです。毒見したものは気づかなかったそうです。」
「それって…。」
「西の者に暗殺者がいるようです。易者に頼んで調べている最中だと。」
進さんが黙り込む。
「思ったより話は複雑なんですね。」
「西の者は昔から噂がありましたからね。」
「ここに来て突然じゃないのか?」
学さんが話す。
「昨年、東の神が代替わりしたでしょう?今、この地は手薄なんですよ。魔界の住人と組んで良からぬ事を企む輩がいるんですよ。」
そして皆は各々の配置に戻った。

「陽平、疲れただろう背中洗ってやるよ。」
「学さんのほうが疲れてるでしょう?僕がしますよ。というか狙って言ったでしょう?」
「ははは。バレたか。」
そう言って陽平君は学さんの背中を流した。背中には大きな傷跡がある。これといって話題にしたことはないが役務なんだろうな、そう思った。
「俺たちが必ず守ってやるからな。」
そう言って学さんは陽平君の手を強く握った。陽平君は今日は一日不安なまま掃除をした。手がガサガサしている。
「後で一色にでもハンドクリーム借りてきな。まあ、俺は近寄らないけどな。」
そう言って学さんは笑った。これが嵐の前の静けさだとは誰ひとり思わなかった。

大人たちは深夜、交代で見張りをした。火を落とさないように薪をくべる。カンカンカンと音がした。陽平君は周りの騒ぎに気づいて目を覚ました。神社の鳥居周辺に真っ黒な渦が立ち込めている。
「意外と早かったな。」
そう言って学さんは弓を構える。
「敵襲ー!!敵襲ー!!」
神社で寝ていた全ての大人が起きた。隣で寝ていた進さんが準備している。
「陽平君は奥の間で神様と居れば良いよ。」
「僕に出来ることはないんですか?」
「大人になったら嫌でもしなくちゃいけないんだ。」
「皆さんは怖くないんですか?」
「もちろん怖いよ。でもここで戦わないと皆が怖い目に遭うんだ。」
そう言って進さんは笑った。
「僕は流鏑馬の名手です!僕も戦えます!」
陽平君は涙を拭きながらそういった。
「その覚悟があるなら神様といるんだ。どうやっても生き延びるんだよ!」
そう言って進さんも刀を持って飛び出していった。
神社の周辺には真っ黒な妖気が漂い始めた。カタカタと音がなる。
陰陽師が集まってくる。
「一箇所に固まるな!全方位から来てるぞ!」
「火を落とすなー!!」
「一色、策はあるのか?」
「学が私にそれを聞くのか?」
「相変わらず俺たちは仲良くなれないらしいな。」
「そのようだ。」
そうして一色さんは笛を吹き始めた。
「滅。」
そう唱えると耳にするのもおぞましいような声が響いた。
「お前の優秀な頭には既にフィナーレが浮かんでいるんだろう?」
「全身全霊でやればの話だ。」
「ああ、そうらしいな。」
進さんは刀を持って魔界の住人の首を落とす。ガキンと音がする。陽平君は薪をくべる手伝いをすると言って奥の間から出てきた。
地獄絵図だ。
至るところで大人たちが魔界の住人と戦っている。陽平君は泣きながら武器庫に行って弓矢を持ってきた。こちらに向かってくる魔界の住人相手に矢を放つ。次から次へと魔界の住人は倒れていく。
「結界はまだなのか?!」
しびれを切らした大人たちがそう言う。
魔界の住人が陽平君の腕をつかんだ。
「ギャヒヒ。」
笑い声のような不気味な声が響く。
「陽平、伏せろ!!」
学さんの声がして陽平君は身体を伏せた。次の瞬間、魔界の住人の首が飛んだ。
「大丈夫か?」
そう言って学さんは陽平君の腕から魔界の住人の腕を振り払った。
「朝が来れば奴らは出なくなる。それまでなんとか時間を稼ごう。」
一色さんは庭の中央で笛を吹き続ける。水の上を歩くように宙を歩いている。
「普段ムカつくけど、こういう時もムカつくやつだわ。」
そう言って学さんは笑った。
「朝日だ!!」
「もう少しだ!!」
大人たちは力を振り絞って魔界の住人を押し返す。そうして結界は一時的に閉じた。

翌日、西の神社では新しい神様が即位した。そして東京から調査が入る事になった。一連の事件の犯人は明かされないまま、結界は張り直された。
旦那様が大層心配して陽平君に会いに来た。学さんや、一色さんが旦那様に謝罪していた。
「旦那様、僕も戦えたんです。今度こそ魔界の住人から仲間を守る事が出来たんです。」
そう言って陽平君はニコニコした。
「あんまり無理しないでもいいんですよ…。」
旦那様が陽平君の頭を撫でた。
陽平君は今度皆に会ったら僕が守ってあげるよ、と手紙を書いた。
しかし、この事件が天界を揺るがす大事件に発展するとは誰も思っては居なかった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。


処理中です...