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25人の妖精〜第十一章〜

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「すずちゃん、すずちゃん。そっちに行っちゃだめだよ。」
「すずは陽平君のお嫁さんになるんだよ。」
「だから、そっちに行っちゃだめだって!!」
「すずはねー。アハハ、アハーアハー。」
「すずちゃん?!すずちゃん!!」
そうして陽平君は目を覚ました。身体中にじっとり汗をかいている。
すずちゃんを探しに魔界に降りてから毎日のように同じ夢を見る。魔界は到底人が住める環境ではなかった。空気は汚れ、大地は枯れ果て、そこら中で飢えた子供たちが泣いていた。
陽平君が魔界に降りたことで盛喜多さんは厳重注意を食らった。藤崎も始末書を書くことになった。
僕は今何故、天界警察にいるのだろう…そう思った。辞表を手にして毎日のように出勤した。それでも今ここで辞めたら自分には何も残らない、そう思った。

有給を使い、鹿児島中央の神社に行った。
「陽平?!陽平か?!」
鳥居をくぐると、学さんや一色さんが出てきた。陽平君は今までの経緯を泣きながら話した。
「無理だったらまたうちで働いてもいいんだぞ。」
学さんは力強くそう言う。一色さんは黙って何かを考えている。
「それでもすずが魔界の住人の姿に変わる前に射殺出来たのは幸いでした。」
学さんは陽平君の頬をつねる。
「思ってもないこと言わなくて良いんだからな。」
そう言って頭を撫でた。
「旦那様には話してきたのか?」
「いえ、旦那様には…。」
そう言って陽平君は肩を落とした。
「僕がすずをひとりにしなければこんなことにならなかったんです。僕は天界警察です。それ以前に橘陽平だったんです。」
「難しい問題ですね。我々もひとりの職員としてここで働いています。それ以前にひとりの人間であることは確かです。」
「お前は公務を全うしたんだ。何も間違ってない。」
「魔界の住人は何もないところで育つんです。僕たちには分からないくらい劣悪な環境だと思います。それでも彼らは悪だ。」
「陽平…。」
「天界の住人も下界の住人も創意工夫しながら飢えをしのいできた。いくら貧困に喘いでるからと言って子供をさらうのはおかしい…。」
「…。」
「でも僕が魔界の住人だったらどうだろうか。子供の飢えをしのぐためにやはり天界の子供を攫うんじゃないか、そう思いました。」
「言いたいことは全部言えたな?」
そうして陽平君は大きな声で泣き始めた。学さんは陽平君を抱きしめる。一色さんはその様子を見ながらぼんやりしていた。

東京の旦那様の家では皆がお掃除やお洗濯をしていた。
「すずちゃん、もう帰ってこないんだね。」
かどま君がそう言って泣いた。皆もつられて泣き出す。
「今ここで泣き崩れてもすずちゃんは帰ってこないわよ。」
そう言って千聖ちゃんは庭掃除に向った。
「千聖ちゃんは陽平君が好きだったから、すずちゃんがいなくなって清々してるんだよ。」
かどま君がそういう。
「千聖ちゃんはそんな子じゃない!!」
サトシ君がそう言って喧嘩になった。皆が喧嘩の仲裁に入る。
どうして魔界の住人なんているんだろう。どうして僕たちの平和を脅かすのだろう。皆がそう思った。

陽平君は泣きつかれて学さんの腕の中でそのまま眠ってしまった。毛布がかけられている。
「魔界の住人はたぶん最後の攻撃を仕掛けてくるでしょうね。」
「そこにまた陽平が駆り出されるのか…。」
「学さん…。」
「起きたか陽平。もうじき飯の時間だ。泊まっていくだろう?」
「いや、そこまでは。」
「昔のよしみだ。気にするな。」
陽平君は久しぶりに皆と食事した。明日のメニューだったエビフライを急遽、今日に変更してくれた。
ああ、久しぶりだな…そう思いながらエビフライを食べた。学さんと一色さんが自分の分をくれた。陽平君は泣きながらご飯を食べて鹿児島中央の神社で眠った。

翌日、電車まで時間があった陽平君は厩舎から馬を連れてきて弓矢を用意した。流鏑馬だ。馬と呼吸を少しずつ合わせてペースを掴む。
「はっ!!」
陽平君の合図で馬は走る。一の的、ニの的、三の的、と矢は中たる。
様子を見ていた新人が拍手する。
「流鏑馬の橘さんですよね。」
「昨日からいらしてましたよね。」
「馬は僕が戻してくるんでお話聞かせてください。」
そう言って3人は陽平君と話し込んだ。

天界警察では盛喜多長官が斗歩長官と黙り込んでいた。
「別に長官でなくても仕事はできるわ。もーりーは長官になってからも現場一筋だったしね。」
そう言って盛喜多長官は笑う。
「次があればの話です。貴女も自分の立場をわきまえていないようですからね。」
「それはご自身もってことかしら?」
盛喜多長官がそこまで言うと斗歩長官は笑った。
「お互い長い付き合いになりましたからね。」
「そうね、その通りよ。」

「人柱結界…?」
学さんは陽平君を見送ってから一色さんと話した。
「古い書物でしたので解読するのが困難でしたが千年に一度、魔界の住人を制するために行われてきたらしいですよ。」
そう言って一色さんは書物を広げる。
「旦那様が妖精たちを育てている理由って…。」
「旦那様は孤児を引き取って育てているから天界でも有名な方だと思っていたんです。しかし陽平君の話を聞く限り、陽平君の前に居た妖精たちの姿が天界のどこにも見られないんです。」
「旦那様が妖精たちを人柱にしてるってことか?」
「しっ!!声が大きいですよ。どちらにせよ天界の歪みです。」
「陽平…。」

天界警察に戻った陽平君はいつになく稽古に励んだ。一瞬の隙が命取りだ。その様子を見ながら斗永さんがタバコをふかす。
「あまり自分を追い込むなよ。それで死者が蘇るわけじゃない。」
「僕が強くなればもっとたくさんの人が救えるんです。」
「お前ひとりが強くなったところでそう変わらん。それにだ、お前は誰に背中を預けられる?」
陽平君は黙った。
隣で斗永さんが弓を引き始めた。百発百中中心に中る。
「でも俺はこっちなんだよなぁ。」
そう言って拳銃を手にした。
「この鉛玉がずっしりとしてるのが好きなんだ。」
そう言って的に向かって一発放った。
「斗永さん!!ここは弓道場ですよ。」
「どうせそろそろ的を変えるんだ。問題ない。」
そう言って斗永さんは銃を撃ち続けた。

「最近、旦那様遅いね。」
「すずちゃんが死んでからだよ。」
「旦那様にまでなにかあったら僕たちはどうなるんだろう?」
そこまで言うと旦那様が帰ってきた。
「今日は皆に話があります。」
旦那様がそう言うと後ろから神官の制服を着た人が出てきた。旦那様はピリピリしている。
旦那様の視線が定まらない。
「結界を張ります。命がけで結界を張ります。」
そう言って黙り込んだ。神官の人たちは子供たちの額に何か当てて数値を測定していく。千聖ちゃんらが連れて行かれる。
「旦那様、皆どこに行くの?!」
「許してください…。」
そう言って旦那様は泣いた。

千聖ちゃん達は最後に何が食べたいかと聞かれた。
「私達はこれから何をするんですか?」
千聖ちゃんがはっきりとそう告げる。
「妖精は神に近い。その力を持ってすれば天界には魔界の住人は入り込めない。」
「私達は死ぬんですね。」
「言い方が悪いな、永遠の眠りにつくんだ。」
かどま君が震えて泣いている。
千聖ちゃんがかどま君の肩をたたいて頭を撫でる。
「大丈夫よ。何も怖くないわ。」
そう言って千聖ちゃんはイクラ丼が食べたいと言った。かどま君はオムライスだ。
「ずっと不思議だったの。旦那様ひとりのお給料で私達を養っていること、門限が早いこと、学校に通えないこと。今全てが繋がったわ。」
「旦那様はこうなる事がわかっていて僕たちを養ってくれてたの?」
「出来れば神様の弟子入りに入って欲しいって口を酸っぱくして言ってたじゃない?旦那様の本望ではないと思うわ。」
そう言って千聖ちゃんは泣いた。
「陽平君に会いたかった…。」
「千聖ちゃん…。」

「魔界の住人だー!!」
「天界警察です!!皆さん下がってください!!」
そう言って天界警察が走る。いつもの光景だ。
陽平君は天界警察で書類の整理をしていた。皆に配ったカードゲームの残りが出てきた。
すずちゃんの顔が浮ぶ。
「橘ー顔色悪いぞ。」
「あ、すみません。」
「体調管理も仕事のうちだからな。熱でもあるんじゃないか?」
「大丈夫です。」
「それなら良いけど。」
田所さんが内線を取った。
「はい。橘ですか?今から向かわせます。はい。はい。はい。分かりました。」
田所さんは受話器を置いて、陽平君に言った。
「橘君に会いたいと、旦那様の家の子達が来ているそうだ。会いに行っておいで。」
陽平君が一階のエントランスに降りるとみんなの姿があった。千聖ちゃんやかどま君がいない。
「旦那様が、皆は命がけで結界を張るんだって。」
「神官に連れて行かれたの!!」
「陽平君、みんなを助けて。」
「僕は…。」
陽平君は悩んだ。僕に何が出来ると言うのだろう。旦那様が出した決定を覆す力は僕にはない。
「旦那様の会社に行ってみるよ。」
そう言って陽平君は半休を取った。

「人柱結界ですか…。」
斗歩長官がそう言う。
「秘術中の秘術ですね。」
「あんな年端のいかない子どもたちを連れてくるとはね。」
千聖ちゃんはもくもくとイクラ丼を食べる。かどま君はオムライスを食べる手を止めて涙を流す。
「あなた達が結界を張ることで千年魔界の住人は人間界に入り込みません。あなた達は英雄です。」
「どうせ下界から多額のお金が動くのよ。」
千聖ちゃんは小さい声でそういう。
「逃げなくちゃ…。」
「旦那様も味方じゃないのにどこに逃げるの?これが私達の天命なのよ。」
そう言って千聖ちゃんはイクラ丼を完食した。

「旦那様に会えますか?」
陽平君は旦那様の会社に来ていた。
「アポイントメントはありますか?」
「いえ、旦那様の屋敷でお世話になっている陽平と言っていただければ…。」
「少々、お待ち下さい。」
旦那様の会社が大きいとは聞いていたがここまで大きいとは思わなかった。
陽平君はロビーで旦那様が来るのを待った。旦那様はいつものように着物と草履姿で現れた。
旦那様は暗かった。
「陽平…許してください。子どもたちは私が預かった時点で人柱になることが決まっているんです。私には決められないことなんです。」
「旦那様…。」
「私も人柱になるひとりでした。しかしなんの因果か、天災を操る力を授かり今に至ります。」
「皆は帰ってこれないんですか?」
「神官が迎えに来たら最後です。逃げたところで天界では生きていけないでしょう。」
そう言って旦那様は涙を流した。

千聖ちゃんたちは神官の指導の元、禊をして着物に着替えた。相当値の張る着物だろう。千聖ちゃんはそう思った。その後、薬を飲むように言われた。
「これはなんの薬ですか?」
「良いから飲め。」
「私達には知る権利があります。」
千聖ちゃんは堂々としている。
「心臓を止める薬だ。」
かどま君が泣き出した。
千聖ちゃんは薬を飲み干して、
「嫌なら逃げてもいいのよ。」
そう言って笑った。

千聖ちゃんたち、10名の遺体はそれぞれの結界に運ばれた。結界師一同が術を結び始める。
「これで終わりですね。」
斗歩長官が静かに涙を流す。
「結界に魔界の住人が入り込んでいます!!」
「今から天界警察に応援を!!」
「はい!!」
「結界が無事に張れるまで最後の戦いです。」
千聖ちゃんたちは特殊な水で満たされた容器の中に沈められていった。かどま君が薬を飲み込めず生きていた。
「嫌だあぁぁ!!」
そう叫んだ。
「注射にしてください。」
斗歩長官は淡々とそう話す。
「僕たちは戦って魔界の住人を倒すんだ!!こんな形は望んでない!!」
かどま君はそう言って走り出した。神官に掴まれて転んだ。
「あなたに何が出来るんですか?陽平君のように年端もいかないうちから魔界の住人を討ち取った陽平君と比べてあなたは何ができるっていうんですか?」
斗歩長官が静かに話した。
「僕たちが何をしたって言うんです?!悪いのは魔界の住人じゃないか!!」
そう言ってかどま君は注射を打たれた。
「5分もあれば効いてきます。いい夢を。」

結界の中に入り込んだ魔界の住人を一掃するために天界警察が派遣された。
陽平君は第一線に来ていた。
「僕の背中を預けられるのは斗永さんです!!」
そう言って発砲した。
「ゴメンだなぁ…。」
そう言って斗永さんはタバコの煙を吐いた。結界の中心部に行くと水の中で浮かんでいる千聖ちゃんが目に入った。
「そんな…。」
「誰かが、やらなきゃいけないんだ。仕方ないと思え。」
陽平君は神官を人質に取って叫んだ。
「下がれ、下がれよ!!」
「橘、気でも狂ったか?魔界の住人だってまだいるんだぞ。」
「千聖ちゃん!!もう大丈夫だからね。」
そう言って陽平君は発砲した。
しかし千聖ちゃんが入った容器には傷一つつかなかった。
「橘を抑え込め!!魔界の住人からも目を離すな!!」
「結界師はあと何分で結界を結べる?!」
「最短でも10分よ。」
「橘を連れて行け!!」
「離せ、離せよぉぉ!!」
そう言って陽平君は暴れた。
「橘、このまま行くとお前はクビだぞ。」
坂本さんにそう言われた。
「なんで僕たちばっかり…。」
「いつかきっと魔界との戦いが終わる日が来る。それまでの間、仲間たちが時間を稼いでくれてると思いな。」
「みんな、自分の子供や友達じゃないからそう言えるんです。僕は皆と育ってきたんです。」
そう言って陽平君は泣き続けた。
「チクショー!!」
陽平君は叫んだ。
こうして長きに渡った。天界と魔界の住人の戦いは一時的に休戦となった。
陽平君は天界警察を辞めて鹿児島の神社で働き始めた。
いつか来る、その日まで陽平君は鍛錬を続ける。そうしてその日はやってくる。
魔界の住人は無くならない。旦那様のお屋敷には新しく妖精たちが増えた。みんな何も分からずにキョトンとしている。
平和は掴み取るものだ。陽平君はそう思って涙を流した。
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