【完結】白い月と黄色の月

九時千里

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負けず嫌い

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誕生日会から1ヶ月経ち、真凛ちゃんは叶太と同じバレエ教室に入ってきた。華やかなイメージしか思い描いてなかったのだろう。毎回、お母さんが迎えに来るとそそくさと涙を拭いて帰っていく。叶太は、真凛ちゃんは上手いんだけど、1番じゃないと嫌なんだって。そんな事を言っていた。
叶太はバレエ教室に入ってから姿勢が良くなった。反射神経も良くなった。
しかし、彼は真凛ちゃんが、色んな男の子を引っ掛けているように桃香先生を引っ掛けている。
さぁ今日は桃香先生と何があった?私はそんな気持ちで車のハンドルを握りしめ叶太の話を聞いた。
「桃香先生、彼氏と結婚したら辞めちゃうんだってー。」
「そうなの?!」
私は桃香先生の姿を思い描いた。身長は160センチくらいで顔は小さく、綺麗な栗色のロングヘアを後頭部に束ねている。
モデルにでもなれば良い。そんな声が聞こえてきそうな人だ。
「秘密なんだよお母さん。叶太君にしか言わないって言ったんだよ。」
既に彼は秘密を漏らしている。この調子で行けば真凛ちゃんの耳に入るのも早いだろうな。そう思った。
それにしても保育士とは大変な職業だ。子供は嘘をついたり誤魔化したりしない。見聞きしたことすべてを話す。
幼稚園の悪口でも言おうものなら筒抜けだ。
それでも私達はうまくやっていた。
「それで叶太はなんて言ったの?」
「きゃりあが勿体無いですよ、って言ったんだ。」
彼は鼻高々だ。キャリアの意味も知らないのだろう。
「桃香先生にプロポーズ出来なかったわね。」
「僕には真凛ちゃんがいるからね。」
そう言って彼はニヤニヤする。
「真凛ちゃんはモテるから頑張らないとね。」
そう言って私達は家についた。
車から荷物をおろし、叶太が玄関の鍵を開ける。
「ただいまー。」
誰もいない家の中に叶太の声が響く。母親向けの本のなかに、家に誰かいるように振る舞うと子供を狙った犯罪の抑止につながると書いてあるのを見てから、我が家では誰もいなくても家に入るときは、ただいまと言うように。そう教育している。
叶太は、冷蔵庫からサイダーを取り出して蓋を開けて腰に手を当てて飲んでいく。
腰に手を当てるのは止めなさい。私はそう言うが彼の中で私は絶対のものではないのだろう。最近はテレビなどの流行りを見て色んなことを口にする。
最近の彼のお気に入りはグミとチョコパイで、チョコパイは冷蔵庫に入れてから食べている。
チョコパイ小さくなったねー。と、彼は言う。チョコパイは確かに小さくなったが彼自身が大きくなったというのもあるのだろう。
離乳食で、初めてタマゴボーロを食べさせた時のことを思い出す。
主人がどうしてもあげたいと、きかなくてひと粒ふた粒と差し出すと叶太は目を輝かせて手をパチパチと叩く。結局、離乳食が食べられないくらいタマゴボーロを食べさせてしまった。
これからも彼は色んなものを食べて目を輝かせて喜ぶのだろうか。
幼稚園から持って返ってきた弁当箱と水筒を洗いながら私はぼんやりと桃香先生のことを考えた。彼氏と結婚したら辞める…。私は辞めなければ良いのに。そう思った。
辞めて何が残るというのだろう。そう自分のことと照らし合わせて考えた。
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