【完結】白い月と黄色の月

九時千里

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舞台芸術

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テレビのニュースでクラシックコンサートに行く人が減っていて音楽家は死活問題だと昔やっていた。
今、彼らを取り巻く環境はどうなっているのだろう。

真凛ちゃんは今年、無事に卒園し塾にも通い始めた。学年トップを目指したい、そう言ってドンドン輝いていった。
叶太は幼稚園の年長クラスに入り、時々皆でバレエごっこをして笑っていた。
桃香先生は皆が卒園した後でひっそりと辞めていった。保護者の間では色んな噂がたった。
それでも叶太は、
「今度は桃香先生の子ども達が通ってくるかもしれないね。」
と言って笑っていた。
「お月様は今は何色なの?」
「シルバーだよ。」
そう言って叶太は自信満々だった。
お日様は?と聞こうとして私は口をつぐんだ。彼には彼の世界がもう用意されていくのだ。叶太は幼稚園から帰ってくると必ずドリルをするようになった。ドリルをひとつ終えるごとにシールが1枚貼れるのだ。
小さい頃は大人のシールやスタンプが羨ましいと思ったものだな。
そう思いながら、私は今日もドリルの採点をした。

バレエ教室に行くと叶太は必ず真凛ちゃんと話した。小学校の話を聞きながらふたりで屈伸をする。私はその日、バレエ教室に留まって一連の流れを見ていた。
叶太は、
「お母さん恥ずかしいから後でお迎えに来てよ。」
そう言って来たが私は舞台裏も見てみたいと思い、彼の言葉を聞かなかった。
バレエ教室に入れた時にはそんなに真剣に聞いてなかった説明をその日はここぞとばかりに聞いていた。
バレエのメソッドやルーツ、日本におけるバレエの位置づけ。バレエダンサーだけでは食べていけない人が大勢いる現実。
先生方はそこまで突っ込んで聞かれるとは思ってなかったのか時々、書籍をコピーして持ってきてくれた。
叶太はバレエダンサーにはならないだろう。私はそうたかをくくっていた。
しかし彼は家につくと私が貰った資料のコピーを見ながら、
「僕は日本のニジンスキーだからね。」
そう言って最近主人に買ってもらった蛍光ペンを使って資料にチェックを入れていった。
「本気でプロになりたいのね?」
私はいつも以上に彼の視線に合わせて話した。
「桃香先生との約束だからね。僕は日本のニジンスキーさ。」
と、叶太はムーミンの中に出てくるスナフキンのように話した。近頃、そればかり見ているもんな。そう思った。
「日本だとプロになっても食べていけないのよ。」
「なら海外に行くよ。」
そう言って部屋に貼ってある世界地図を見ながら、叶太はキラキラとした眼で笑っていた。
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