【完結】白い月と黄色の月

九時千里

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その後もふたりはバレエの練習を欠かさなかった。叶太が小学校に上がると男なのにバレエなんて…と言う子も現れたが、音楽の授業で先生と即興劇をした所、その中傷はピタリと止んだ。
ふたりの小学校にはバレエを習っている子が各学年にひとりかふたりいる程度で決して多くもなかったが、バレエで世界を目指す子は多かった。
「叶太君は日本のニジンスキーだものね。」
その日の帰り道、真凛ちゃんは笑った。
「ニジンスキー以外に、日本にも優秀なバレエダンサーはいるんだけどね。」
叶太はあどけなさが残る少年に育っていた。
「だったら私はウリヤーナ・ロパートキナを目指すわ。」
「ふたりで世界を見ようよ。」
そしてふたりは笑った。
この頃の叶太は少なくともモテる男の子の方に属していた。元々おちゃらけた彼がバレエを無言で踊りだす。そのギャップに女の子たちはキャーキャー言った。
真凛ちゃんはそんな叶太と腕を組んで登校したり下校したりしていた。
女帝真凛、貴公子叶太。
それが二人のあだ名だった。それでも真凛ちゃんは変わらないもので、
「あ、深田君。またね。」
と男の子には絶大な人気を誇っていた。

小学四年生になった真凛ちゃんはトウシューズを履くことになった。
トウシューズは大体10歳前後の子になれば履けるらしいが、もちろん身体が出来てないと履けない。真凛ちゃんはその日眠れなかったと言いながら涙を流した。
叶太はフニャフニャとしながら、おめでとうと繰り返した。
中学に上る前に留学について調べた。
一口に留学と言ってもバレエに関しては幅が広い。とりあえず出願は前年の9月から始まる。真凛ちゃんはこの頃英検も持っていて簡単な日常会話は英語で出来た。
「真凛ちゃんは留学するみたいだけど叶太はどうしたい?」
私は主人が休みの日の朝、叶太にそう尋ねた。
叶太はキョトンとして答えに詰まった。
「僕はまだ日本でも良い。ただ、勝負はしたい。」
「どういう事?」
「バレエの舞台に出たいんだ。オーディションを受けて。」
そう言って叶太は目を輝かせた。
「分かったわ。教室の先生と相談してみましょう。」
そう言って私達は朝食を食べた。

主人は休みになると何も言わずバレエ鑑賞をして過ごす。叶太もその横でバレエを見る。
「高いジャンプだなぁ…。」
叶太が呟く。
「それはそうだよ。この人たちは何百回と踊っているんだから。」
主人がそう言うと叶太はムッとする。
「僕は日本のニジンスキーだよ。」
「いつかそうなることを期待してます。」
そう言ってふたりは笑った。
私はたったこれだけの期間しかひとつ屋根の下で暮らせないのか…そう思ってうっすら涙ぐんだ。
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