【完結】寄る辺無し

九時せんり

文字の大きさ
1 / 1

寄る辺無し

しおりを挟む
「歌ってる間は何も考えずに居られるから…。」
「なにそれ、プロっぽーい。」
三嶋祐平はそう言って談笑した。ギターを片手に弾き語りをする彼には身寄りが無かった。
「プロは才能があって努力もしてるから俺みたいな人間がプロにはなれないよ。」
「でも、さっきの曲とか凄い素敵だったよ。」
「ああ、あれは友達が作ってくれた曲なんだ。」
三嶋はそこまで言うと、ギターケースの中のおひねりを財布にしまってギターを片付けた。
「普段からこの辺で弾いてるから見かけたらまた声かけてよ。」
「え?それってナンパ?」
ふたりは笑った。

三嶋は普段パン屋で働いていた。中学を卒業してからここのパン屋でお世話になっている。同僚の門倉は三嶋のことが嫌いだ。話しかけても無視するし酷いときには失敗を三嶋がしたように見せかける。それでも三嶋はこのパン屋が好きだった。孤児院で育った三嶋は月に一回、このパン屋から届くクリームパンが好きだった。
それが店長の善意だと聞いた時、噛み締めながら味わったことを覚えている。
それでも中卒の三嶋は学がない。漢字などはあまり読めない。それでも持ち前の根性で三嶋は努力を続けた。
パンのレシピは30種類ある。三嶋は今では簡単にそれらを作ることが出来るようになったが昔は大変だった。それでもふっくらと焼けるパンを見るたびに心が和んだ。

その日も三嶋は街なかでギター片手に弾き語りをした。たまに足を止める人がいるが大体は素通りしていく。そんな中、赤いピンヒールの女性が足を止めた。
「貴方のお名前は?」
「三嶋祐平ですけど…。」
「ウチのクラブで弾いてみない?」
「クラブって?」
「私、新宿でクラブを経営しているの。ギャラははずむわ。良ければここに連絡して。」
そう言うと女性は名刺を置いて去っていった。

「クラブで演奏?へーやるの?」
親友の野上がそういった。
「ヤクザとか絡んでないかなぁ?女の子にちょっかい出したら刺されるとか…。」
「そんな心配するなら止めとけば良いじゃん。」
「それはそうなんだけど、俺の曲を聴いて足を止めてくれたから…。」
「片っ端から声かけてるのかもよ?」
「野上は夢がないなぁ…。」
「俺たち孤児は嫌っていうほど現実を見てきただろう。」
そういった野上の腕にはいくつか火傷の跡があった。それでも傷跡は薄い。
「三嶋はどうしたいんだ?」
「どうって…。」
孤児院で育った三嶋と野上は自分に嘘をつく癖があった。孤児である自分たちは夢を持っても叶わない事がほとんどだ。
「弾いてみたいんだろ?顔にはそう書いてあるぞ。」
野上は笑った。

翌週、三嶋はクラブのママ、ちえみに連絡した。
「この間、声をかけていただいた三嶋祐平ですけど…。」
「ああ、三嶋君ね。どう?うちで弾いてくれる?」
「あの一度見学させて欲しいんですけど…。」
「それもそうね。じゃあ土曜日の3時前に来て頂戴。その時間なら空いてるから。」
そう言って電話を終えた。

次の土曜日、三嶋はクラブに顔を出した。飾られているシャンパンにキラキラした内装。別世界だ。そう思った。
ちえみは髪のセットをしていた。
「今日は同伴が入っちゃったのよ。ごめんなさいね。」
黒服の男の人達がクラブテマリと書かれたティッシュをかごに詰めていた。
三嶋は思っていたより大きなクラブなんだなぁ…そう思ってたじろいだ。
「服装はキレイめカジュアルならなんでも良いわ。ジーンズはやめて頂戴。Tシャツやポロシャツもだめよ。」
「いつから来れば良いんですか?」
「来週の土曜日からお願いしたいわ。どれくらいの曲が弾けるの?」
「年代を問わないなら50曲くらいは…。」
「やっぱり私が見込んだだけあるわね。」
そう言ってちえみは微笑んだ。

土曜日になって三嶋はクラブテマリを尋ねた。
店には少しずつ女の子が出勤してきた。すっぴんの子もいれば、濃い化粧の子もいた。
普通に芸能人にでもなれば良いのに…三嶋はそう思った。
それでも女の子たちは三嶋に親切だ。
三嶋は最近のヒットソングを弾いた。女の子たちは盛り上がった。
「私、サクラって言います。アッシュの曲弾けますか?」
「ああ、アッシュね。」
三嶋がギターを弾くのに合わせて女の子たちが口ずさみ出した。
この時、三嶋はこの仕事を引き受けて良かったと思った。三嶋はラストまでいなくても良いと言われたのでパン屋の仕事に支障はない。
店がオープンして次々に男の人が入ってくる。酔っぱらいもいればシラフの人もいる。
皆、女の子たちにデレデレしている。
三嶋はそれに構わずギターを弾いた。歌は歌わなかった。
何人かのテーブルに呼ばれた。
「暁の曲弾ける?」
酔っ払った男性からそう言われた。
三嶋は言われるまま曲を弾いた。
「思ったより上手いなぁ…。」
「プロとか目指してるの?」
「いえ、そんな大層な事は…。」
「オーディションとか受けてみれば良いのに…。」
そこまで話すと他のテーブルに呼ばれた。

それからの三嶋は週に3回クラブテマリで演奏し、パン屋の仕事は週5で、続けた。
たまにイレギュラーでクラブテマリに呼び出されるものの仕事は順調にこなしていった。

「はい。お給料。」
クラブテマリで1か月弾き語りをした給料を貰った。50万は入っていた。
「こんなに貰えません。」
「だったらこのお給料でもっと店にあった服装でも揃えて頂戴。」
ちえみはタバコに火をつけて笑った。

三嶋はその日、野上を食事に誘った。
「へーそんなに貰えたんだ。」
「なんか怖いんだよ…。世界の見え方が変わってくるんだ。俺たちみたいな中卒は絶対入り込めない世界なんだ。」
野上はドリンクバーを頼んだ。
「まあ一生続けるような現場じゃないからなぁ。」
「弾き語りしてた頃に戻りたいけどこんなに良くしてもらったら辞めるのも言いづらくて。」
「無理ならバックレたらどうだ?住所とか向こうは知らないんだろう?」
「そう言うわけには…。」
「とりあえず飯食って考えよう。腹空いてると思い付くものも思いつかないよ。」
そう言ってふたりで食事をした。

それからも三嶋はクラブテマリで、弾き語りを続けた。ある日のことだった。
「君さぁ、うちからデビューする気ない?」
芸能事務所のスカウトだった。
名刺をもらうとそこには有名な芸能事務所の名前が書かれていた。
三嶋は言葉を失った。
「僕のオリジナルでいいんですか?」
「それはそうだよ。誰かのカバーなんて頼まないよ。やる気があったら連絡して。」
そう言われて三嶋はいつも通りギターを弾いた。

こんなに物事がトントンと進んだことは人生で初めてのことだ。三嶋は浮足立った自分にブレーキをかけた。初心に帰るために久しぶりに街なかで弾き語りをした。
三嶋の歌う歌は世界を呪うような歌が多い。孤児として育った自分たちにお似合いの曲だと思っているからだ。
両親が生きていたら何と言ってくれるのだろう…三嶋はそう思った。
そうして三嶋は芸能事務所のオーディションを受けにいった。

ちえみは変わらずに親切だった。オーディションに合格した際はシャンパンを飲ませてくれた。自分の人生にこんな事が起きるなんて思いもしなかった。店の女の子たちは三嶋を応援してくれた。インスタのストーリーに三嶋との動画をアップした。
三嶋は徐々にだがアーティストとして有名になっていった。

ある日、野上がやってきた。
「今、どれくらい給料貰ってるんだ?」
「クラブテマリは50万くらいで芸能事務所からはまだ7万とかだよ。」
「へー。」
三嶋はトイレに立った。
トイレから戻ると野上は居なかった。そして通帳と印鑑がなくなっていた。
三嶋は泣いた。

それからも三嶋はクラブテマリで歌いながら芸能活動をこなした。この頃にはほとんどパン屋の仕事には行けなくなっていた。野上のことは気になったが警察沙汰にはしたくない。野上の電話番号はもう使われていなかった。

この一件があってから、皮肉にも三嶋は少しずつテレビなどにも出始めた。孤児として見てきた世界を歌にした。リアルな歌に人々は涙した。
それでもこんなに幸せな事が長く続く訳がない。三嶋はそう思った。

その日は歌番組の収録があった。
三嶋は手にじっとり汗をかきながら、MCと会話をしてステージに立った。少しのお客さんと撮影機材、スタッフが目に入る。
それでも精一杯、三嶋は歌いきった。この日の出演がきっかけで沢山の人に自分を知ってもらえた。
クラブテマリでは三嶋目当ての女の子が男の人に付いて入店してくるようになった。

ちえみはそれをあまり良く思わなかった。
「三嶋君はもううちで歌わないでいいわ。」
そう言われた。それでもこの頃には、三嶋の楽曲は有線などで流れるレベルになっていた。

久しぶりに働いていたパン屋に行った。クリームパンを1つ買うとレジで門倉に会った。
門倉は仏頂面でレジをしていた。
いつも弾き語りをしていた道に来て、パーカーのフードを被ってクリームパンを食べた。
変わらずに美味しい味だった。
三嶋はこのまま大きな渦に巻き込まれるような運命に自分が入り込む予感がした。
それでももう進むしか無い。そう思った。

人は支え合って生きている。それでも自分の運命と戦うのは自分しかいない。
三嶋は覚悟した。
駄目なら駄目でまたここから踏み出せば良い。そう思いながら芸能事務所へと打ち合わせに向かった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...