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盲目の騎士〜第二章〜
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「青柳先生、子供が欲しいです。」
ある日の午後、山本美智香はそう宣言した。
青柳は飲みかけのペットボトルを床に落とし、咳き込んだ。
「美智香さん、なに言ってるか分かってる?」
青柳は屈んでペットボトルを探したが見つけられない。
美智香はペットボトルを拾い、青柳に手渡して床を拭いた。
「だって結婚してから一度も共に夜を過ごしたことがないじゃないですか…。」
青柳は戸惑った。
「昼間はアトリエで制作活動して夜は爆睡して、私達結婚したけど一緒にいる時間殆どないじゃないですか!」
私は高真がいない時間帯を見計らってアトリエに来ていた。この時間帯は高真はネット販売の更新を行っていて、青柳はフリーだ。
「自分がなに言ってるか分かってる?」
青柳は小さい声でそう言った。
「私の気持ちを汲んでくれたのかと最初は思ってたんです。私、女子高育ちだし。」
「ほうほう。」
「でも違うんです。青柳先生は単純に疲れてるから私としないんです。それに気付いたのがつい最近です。」
「いや、まぁ、あの、ね。」
「今日の夜、私起きて待ってますから。」
プロポーズをしてからの私は自分でも驚くほど大胆になった。今を大事にしないと未来の自分は後悔する。
青柳と式をあげて尚更その思いは強くなった。
「高真ー。助けてー。」
青柳は杖をカンカンと鳴らした。別室から高真が出てきた。
「ああ、山本さん。どうしたんです?絵ばっかり描いてる聖人に嫌気が差してとうとう離婚話でもしにきたんですか?」
私が思うに高真は意外と毒舌だ。
「子供が欲しいんです。」
「あーなるほど。聖人は凄く奥手なんです。」
「女子高校生相手にはデレデレするのに。」
私は嫉妬した。
青柳は飲みかけのペットボトルを口にして黙った。
「まぁ聞こえてましたけど、昼間ですしね~はははー。」
「青柳先生は今しか時間がないでしょう?私だって半日有給取って待ち構えていたんです。」
「山本さん、女の人がそんなにガッチリ構えていたら男は出来るものも出来ないです。」
高真はそう言って笑った。
「それに聖人のことだから身体中触りながら絵画のインスピレーションでも浮かべてるんじゃないですか?」
「ちょっ、高真ハードル上げないでよー。」
「裸婦とか良いですね~。」
「高真さん!!」
「まあ聖人は童貞ですからね。」
「高真ー!!」
私達は2人して高真を責め立てた。高真は余裕綽々といった様子で作業に戻った。
「青柳先生…。」
私は青柳にゆっくり抱きついた。
しかし青柳は私を引き剥がした。
「私のどこがダメですか?」
「まだこの後制作が残っていて浮かれるわけにはいかないんだよ…。」
「浮かれてるんですか?」
私はパーッと明るくなった。それが伝わったのか青柳は私の顔に触れた。
筆で指にタコが出来ていた。
「美智香さん、俺は男としての役目は果たせないかもしれない。結婚式でそう言ったよね。」
「EDですか?」
私は真面目な顔でそう聞いた。青柳は私をペチンと叩き、恥ずかしそうに話した。
「そうじゃなくて…。」
青柳は咳払いをした。
「夜話すから取り敢えず今は帰って。」
そう言うと青柳は私をアトリエから閉め出した。
私は翌日使う書類を取りに会社に戻った。神林がニヤニヤしながら近づいてくる。
「青柳さん、うまく行ったんですか?」
「会社では山本で良いから…。」
そう言いつつも私は嬉しかった。
「五分五分かなぁ…。」
「産休、育休、お待ちしております。」
「なにそれ?」
私は笑った。
「これも明日使う書類だぞー。」
政岡は書類を丸めて私を叩いた。
「正直不妊かと思ってたぞ。」
「また立ち聞きですか?!」
いつの間に背後に来ていたのか…。
「政岡先輩、完!全!なる!セクハラですよ。」
そう言って、神林はバツ印を作った。
「明日の午前中も有給取っとけよ。」
「え?」
「絶対寝不足になるからな。」
政岡は高らかに笑って、その場を去った。
人生は何があるかわからない。
盲目の画家を追いかけはじめた頃は自分の人生がこんなにも愛おしくなるとは思っても見なかった。
仕事に明け暮れて寝る時間もろくに無い、そんな一生が続くものだとばかり思っていた。
こんなにも幸せなのにそれ以上の幸せを望んでも良いのか私は不安だった。
私はスーパーによって家に帰った。自宅は都内の一等地のマンションだ。物件を決める前はお互いに中野辺りを希望していた。しかし、高真から、周囲の干渉がほぼ無いと、この物件を勧められた。自宅には寝室と別にアトリエもあった。夜にインスピレーションが浮かんだら書きとめる部屋だ。絵の具などは何も置いてない。
私は青柳が好きなオムライスを作り、シャワーを済ませて帰りを待った。
「ただいまー。」
9時に青柳は帰宅した。アトリエからは高真が送り届けてくれる。
「高真ー今日もありがとうな。」
「へいへい。」
そうして高真は帰った。
私は帰ってきた青柳の荷物を受け取り、手洗いに付き合って食卓に向かわせた。
食事用エプロンをつけながら青柳は匂いを嗅いでいた。
「オムライス?」
「そうでーす。正解。」
私達は笑った。
「昼間の話ですけど。」
青柳は手を止めた。
「あれって何だったんですか?」
「この病気は遺伝する可能性があるんだ…。」
青柳は口を開いた。
「だから子供は作らない。」
私は呆然とした。
「それに俺は君より先に死ぬかもしれない。再婚するなら子供は作らない方が良い。」
私は話が頭に入ってこなかった。
「君を抱く資格が俺にはない。なら一緒に居られる時間を楽しんだほうが良い。」
青柳はうつむいた。それからのことはあまり覚えていない。
次の日の朝、いつものように青柳を高真が迎えに来た。私はそれを見送って半日取った有給を何もしないまま使い終えた。
午後から出社すると神林が近づいてきた。
「なんかハッピーオーラが出てない気がするんですけど…。」
「後で話すね。」
私は仕事に集中した。
それでも昨日の青柳の言葉が頭から離れなかった。途中、トイレに行って涙を流した。
人生は欲張るとろくなことがない。私は反省した。
アトリエについた青柳はキャンバスを前に止まったままだった。
「今日は止めとくか?」
高真は少し肌寒い時期だからと青柳に羽織りをかけた。
「あの話したのか?」
青柳はコクンと頷いた。
「そうか…。」
「抱くだけ抱いて死ねたら楽さ。」
青柳は話した。
「でも俺が死んで何が残る。世間がちやほやしてくれるのだって今だけかもしれない。俺自身なんでこんなにも自分の絵に高い評価がついたか分からない。」
青柳はキャンバスにそっと触れた。
「人生は等価交換だ。余分なものは一切ない。」
青柳は塗ったばかりの絵の具をビュッと伸ばした。
「お前は良くやってきた。これからもずっとだ。」
高真は青柳の頭をポンポンと叩いた。青柳は静かに涙を流した。
私はあれからずっと考えていた。何を捨てて何を取るか。2週間がたった時、私は青柳に提案した。
「養子縁組しましょう。」
青柳は私がなにを言っているのか飲み込めないといった感じだった。
「思い出を作るならたくさんの方が良いです。それとは別に私を抱いてください。避妊は必ずします。」
「君は何を考えているんだ。俺が死んだら何も残らないかもしれないんだぞ。子供だって育てるのに20年かかる。簡単な時間じゃない。」
「だからです。簡単に育つ人間はいません。」
青柳は泣いた。
「美智香さん…。」
私はゆっくりと青柳に触れてキスをした。結婚式以来のキスだった。
「お互い初めて同士で何も分かりませんね。」
私は笑った。
だが、それ以上のことに及ぶことはなかった。
私と青柳はそれからは2人の時間を楽しんだ。お互い仕事は山のようにあったがなんとか都合をつけてコンサートに行ったり、カフェに行ったりした。
そうして結婚してから初めてのクリスマスが来た。
青柳は人が多いから家で過ごそうと言ってきた。私はそれに従った。
ジャズを聞きながらチキンとケーキを食べてソファでゆっくりとしていた。
「美智香さん…。」
青柳は私の顔に触れた。そうしてキスをした。
「今日はクリスマスだから…。」
私は青柳に触れた。
「俺は君の服を脱がすこともできない。」
「それは…。」
「だから抱いて欲しい。」
そう言うと青柳は私の腕を掴んだ。そしてまたキスをした。
私は彼のシャツのボタンを1つずつ外しながら自分でもなんて大胆なことをしているんだろう、そう思った。
そしてその晩、私は青柳を抱いた。
その後はお互いに平行線だった。青柳は私とするのは最初で最後だから、と言った。私は生きてる間に貴方の感触を覚えていたい。そう言って喚き散らした。
次の個展が迫ってくるたびに青柳はピリピリとした空気を出す。それすらも愛おしかった。
青柳は作画風景がスクープされてからというもの、美大生、芸大生には見学を許した。
高真はあまりいい顔をしなかったが、青柳の希望を尊重した。私はもう充分だ、そう思った。
会社では海外赴任の希望者を募っていた。私はそれに応募した。
「何考えてるんですか?!」
神林は怒って私に説教した。だが私は自宅に改装工事をいれ完全なバリアフリーにして青柳に告げた。
「私はライターです。またそれを忘れてあなたの夢と私の夢を混在させていました。あなたの子供を産めば満たされる。そう思ってました。でも違いました。私は私の人生がある。そこにクロスしたのが青柳先生だったんです。」
「俺は…。」
「次の個展までには一旗あげてきます。」
私は涙を流した。強がりだったかもしれない。でも違うのだ。
私と青柳はそういう世界でしか生きていけないのだ。そうしなければ何かに縋ってしまう。
「自分がもっと無責任な人間だったら良かったです…。青柳先生に依存して世話を焼いてそれを全て青柳先生の責任にするような…。」
私が出国するまでの間、青柳はアトリエにこもった。寝袋を使って深夜まで毎日のように絵を描き続けた。高真のストップが無ければまた病院送りになっていただろう。
青柳は叩きつけるように撫で回すように絵を描き続けた。
「描いてて楽しいか?」
高真は青柳にそう聞いた。
「半々かなぁ。描き始めた頃が懐かしいよ。」
「俺は生まれ変わってもお前の親友になりたいよ。」
「は?」
「奇跡を見ている気分になる。」
「高真…。」
「山本さんも格好いいな。まさか一旗上げに行くなんてな…。」
「俺が生涯ただひとり愛した女性だ。」
「その内自伝を出しませんか?って依頼が来るな。」
高真は笑った。
青柳は青を使って空を描いた。見渡す限りの空だ。
「青は広がる色だから。」
青柳は祈りを込めて絵を描いた。そしてこの年から私達は個展の時期だけ一緒にいると約束した。養子縁組はしなかった。彼の子供は作品だ。いつかまた日本で働ける日まで私は夢を見るのだ。
ある日の午後、山本美智香はそう宣言した。
青柳は飲みかけのペットボトルを床に落とし、咳き込んだ。
「美智香さん、なに言ってるか分かってる?」
青柳は屈んでペットボトルを探したが見つけられない。
美智香はペットボトルを拾い、青柳に手渡して床を拭いた。
「だって結婚してから一度も共に夜を過ごしたことがないじゃないですか…。」
青柳は戸惑った。
「昼間はアトリエで制作活動して夜は爆睡して、私達結婚したけど一緒にいる時間殆どないじゃないですか!」
私は高真がいない時間帯を見計らってアトリエに来ていた。この時間帯は高真はネット販売の更新を行っていて、青柳はフリーだ。
「自分がなに言ってるか分かってる?」
青柳は小さい声でそう言った。
「私の気持ちを汲んでくれたのかと最初は思ってたんです。私、女子高育ちだし。」
「ほうほう。」
「でも違うんです。青柳先生は単純に疲れてるから私としないんです。それに気付いたのがつい最近です。」
「いや、まぁ、あの、ね。」
「今日の夜、私起きて待ってますから。」
プロポーズをしてからの私は自分でも驚くほど大胆になった。今を大事にしないと未来の自分は後悔する。
青柳と式をあげて尚更その思いは強くなった。
「高真ー。助けてー。」
青柳は杖をカンカンと鳴らした。別室から高真が出てきた。
「ああ、山本さん。どうしたんです?絵ばっかり描いてる聖人に嫌気が差してとうとう離婚話でもしにきたんですか?」
私が思うに高真は意外と毒舌だ。
「子供が欲しいんです。」
「あーなるほど。聖人は凄く奥手なんです。」
「女子高校生相手にはデレデレするのに。」
私は嫉妬した。
青柳は飲みかけのペットボトルを口にして黙った。
「まぁ聞こえてましたけど、昼間ですしね~はははー。」
「青柳先生は今しか時間がないでしょう?私だって半日有給取って待ち構えていたんです。」
「山本さん、女の人がそんなにガッチリ構えていたら男は出来るものも出来ないです。」
高真はそう言って笑った。
「それに聖人のことだから身体中触りながら絵画のインスピレーションでも浮かべてるんじゃないですか?」
「ちょっ、高真ハードル上げないでよー。」
「裸婦とか良いですね~。」
「高真さん!!」
「まあ聖人は童貞ですからね。」
「高真ー!!」
私達は2人して高真を責め立てた。高真は余裕綽々といった様子で作業に戻った。
「青柳先生…。」
私は青柳にゆっくり抱きついた。
しかし青柳は私を引き剥がした。
「私のどこがダメですか?」
「まだこの後制作が残っていて浮かれるわけにはいかないんだよ…。」
「浮かれてるんですか?」
私はパーッと明るくなった。それが伝わったのか青柳は私の顔に触れた。
筆で指にタコが出来ていた。
「美智香さん、俺は男としての役目は果たせないかもしれない。結婚式でそう言ったよね。」
「EDですか?」
私は真面目な顔でそう聞いた。青柳は私をペチンと叩き、恥ずかしそうに話した。
「そうじゃなくて…。」
青柳は咳払いをした。
「夜話すから取り敢えず今は帰って。」
そう言うと青柳は私をアトリエから閉め出した。
私は翌日使う書類を取りに会社に戻った。神林がニヤニヤしながら近づいてくる。
「青柳さん、うまく行ったんですか?」
「会社では山本で良いから…。」
そう言いつつも私は嬉しかった。
「五分五分かなぁ…。」
「産休、育休、お待ちしております。」
「なにそれ?」
私は笑った。
「これも明日使う書類だぞー。」
政岡は書類を丸めて私を叩いた。
「正直不妊かと思ってたぞ。」
「また立ち聞きですか?!」
いつの間に背後に来ていたのか…。
「政岡先輩、完!全!なる!セクハラですよ。」
そう言って、神林はバツ印を作った。
「明日の午前中も有給取っとけよ。」
「え?」
「絶対寝不足になるからな。」
政岡は高らかに笑って、その場を去った。
人生は何があるかわからない。
盲目の画家を追いかけはじめた頃は自分の人生がこんなにも愛おしくなるとは思っても見なかった。
仕事に明け暮れて寝る時間もろくに無い、そんな一生が続くものだとばかり思っていた。
こんなにも幸せなのにそれ以上の幸せを望んでも良いのか私は不安だった。
私はスーパーによって家に帰った。自宅は都内の一等地のマンションだ。物件を決める前はお互いに中野辺りを希望していた。しかし、高真から、周囲の干渉がほぼ無いと、この物件を勧められた。自宅には寝室と別にアトリエもあった。夜にインスピレーションが浮かんだら書きとめる部屋だ。絵の具などは何も置いてない。
私は青柳が好きなオムライスを作り、シャワーを済ませて帰りを待った。
「ただいまー。」
9時に青柳は帰宅した。アトリエからは高真が送り届けてくれる。
「高真ー今日もありがとうな。」
「へいへい。」
そうして高真は帰った。
私は帰ってきた青柳の荷物を受け取り、手洗いに付き合って食卓に向かわせた。
食事用エプロンをつけながら青柳は匂いを嗅いでいた。
「オムライス?」
「そうでーす。正解。」
私達は笑った。
「昼間の話ですけど。」
青柳は手を止めた。
「あれって何だったんですか?」
「この病気は遺伝する可能性があるんだ…。」
青柳は口を開いた。
「だから子供は作らない。」
私は呆然とした。
「それに俺は君より先に死ぬかもしれない。再婚するなら子供は作らない方が良い。」
私は話が頭に入ってこなかった。
「君を抱く資格が俺にはない。なら一緒に居られる時間を楽しんだほうが良い。」
青柳はうつむいた。それからのことはあまり覚えていない。
次の日の朝、いつものように青柳を高真が迎えに来た。私はそれを見送って半日取った有給を何もしないまま使い終えた。
午後から出社すると神林が近づいてきた。
「なんかハッピーオーラが出てない気がするんですけど…。」
「後で話すね。」
私は仕事に集中した。
それでも昨日の青柳の言葉が頭から離れなかった。途中、トイレに行って涙を流した。
人生は欲張るとろくなことがない。私は反省した。
アトリエについた青柳はキャンバスを前に止まったままだった。
「今日は止めとくか?」
高真は少し肌寒い時期だからと青柳に羽織りをかけた。
「あの話したのか?」
青柳はコクンと頷いた。
「そうか…。」
「抱くだけ抱いて死ねたら楽さ。」
青柳は話した。
「でも俺が死んで何が残る。世間がちやほやしてくれるのだって今だけかもしれない。俺自身なんでこんなにも自分の絵に高い評価がついたか分からない。」
青柳はキャンバスにそっと触れた。
「人生は等価交換だ。余分なものは一切ない。」
青柳は塗ったばかりの絵の具をビュッと伸ばした。
「お前は良くやってきた。これからもずっとだ。」
高真は青柳の頭をポンポンと叩いた。青柳は静かに涙を流した。
私はあれからずっと考えていた。何を捨てて何を取るか。2週間がたった時、私は青柳に提案した。
「養子縁組しましょう。」
青柳は私がなにを言っているのか飲み込めないといった感じだった。
「思い出を作るならたくさんの方が良いです。それとは別に私を抱いてください。避妊は必ずします。」
「君は何を考えているんだ。俺が死んだら何も残らないかもしれないんだぞ。子供だって育てるのに20年かかる。簡単な時間じゃない。」
「だからです。簡単に育つ人間はいません。」
青柳は泣いた。
「美智香さん…。」
私はゆっくりと青柳に触れてキスをした。結婚式以来のキスだった。
「お互い初めて同士で何も分かりませんね。」
私は笑った。
だが、それ以上のことに及ぶことはなかった。
私と青柳はそれからは2人の時間を楽しんだ。お互い仕事は山のようにあったがなんとか都合をつけてコンサートに行ったり、カフェに行ったりした。
そうして結婚してから初めてのクリスマスが来た。
青柳は人が多いから家で過ごそうと言ってきた。私はそれに従った。
ジャズを聞きながらチキンとケーキを食べてソファでゆっくりとしていた。
「美智香さん…。」
青柳は私の顔に触れた。そうしてキスをした。
「今日はクリスマスだから…。」
私は青柳に触れた。
「俺は君の服を脱がすこともできない。」
「それは…。」
「だから抱いて欲しい。」
そう言うと青柳は私の腕を掴んだ。そしてまたキスをした。
私は彼のシャツのボタンを1つずつ外しながら自分でもなんて大胆なことをしているんだろう、そう思った。
そしてその晩、私は青柳を抱いた。
その後はお互いに平行線だった。青柳は私とするのは最初で最後だから、と言った。私は生きてる間に貴方の感触を覚えていたい。そう言って喚き散らした。
次の個展が迫ってくるたびに青柳はピリピリとした空気を出す。それすらも愛おしかった。
青柳は作画風景がスクープされてからというもの、美大生、芸大生には見学を許した。
高真はあまりいい顔をしなかったが、青柳の希望を尊重した。私はもう充分だ、そう思った。
会社では海外赴任の希望者を募っていた。私はそれに応募した。
「何考えてるんですか?!」
神林は怒って私に説教した。だが私は自宅に改装工事をいれ完全なバリアフリーにして青柳に告げた。
「私はライターです。またそれを忘れてあなたの夢と私の夢を混在させていました。あなたの子供を産めば満たされる。そう思ってました。でも違いました。私は私の人生がある。そこにクロスしたのが青柳先生だったんです。」
「俺は…。」
「次の個展までには一旗あげてきます。」
私は涙を流した。強がりだったかもしれない。でも違うのだ。
私と青柳はそういう世界でしか生きていけないのだ。そうしなければ何かに縋ってしまう。
「自分がもっと無責任な人間だったら良かったです…。青柳先生に依存して世話を焼いてそれを全て青柳先生の責任にするような…。」
私が出国するまでの間、青柳はアトリエにこもった。寝袋を使って深夜まで毎日のように絵を描き続けた。高真のストップが無ければまた病院送りになっていただろう。
青柳は叩きつけるように撫で回すように絵を描き続けた。
「描いてて楽しいか?」
高真は青柳にそう聞いた。
「半々かなぁ。描き始めた頃が懐かしいよ。」
「俺は生まれ変わってもお前の親友になりたいよ。」
「は?」
「奇跡を見ている気分になる。」
「高真…。」
「山本さんも格好いいな。まさか一旗上げに行くなんてな…。」
「俺が生涯ただひとり愛した女性だ。」
「その内自伝を出しませんか?って依頼が来るな。」
高真は笑った。
青柳は青を使って空を描いた。見渡す限りの空だ。
「青は広がる色だから。」
青柳は祈りを込めて絵を描いた。そしてこの年から私達は個展の時期だけ一緒にいると約束した。養子縁組はしなかった。彼の子供は作品だ。いつかまた日本で働ける日まで私は夢を見るのだ。
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