【完結】盲目の騎士〜眠りにつく日〜

九時せんり

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盲目の騎士〜眠りにつく日〜

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「ユキさん。昨日の夢に聖人が出てきたんだ。」
病室で高真は楽しそうにそう語った。
「山本さんは元気かい?って聞いたらいつもふたりでいるよって。」
「それは良かったわね。」
幸原はそう言って笑った。その日、医師には高真の心臓が随分弱ってきてる、今日から明日が峠でしょう。そう言われた。それでも幸原は泣かなかった。私と彼は必ずまた巡り会うと信じていたからだ。
「食べたいものはない?買ってくるわよ。」
「ユキさんのロールキャベツが食べたいなぁ。」
「間に合わないわよ。」
「やっぱりそうなんだね。」
高真は笑った。
「ユキさんがいつもよりピリピリしてるからそうなのかと思ったんだ。僕はもうお迎えが来るんだね。」
「武彦、後悔はない?」
「いっぱいあるよ。でも全部自分の肥やしさ。聖人にも話したいことは山程あるんだ。」
高真の病室にバタバタと人が集まってきた。
蒼人は仕事で来られなかったものの、蒼華とソフィア、パウル、珠代、荒井、木内、南が駆けつけた。
パウルは大声で泣いていてソフィアが舌打ちした。
「高真さん…。」
木内はそう言って高真の手を握って、静かに涙を流した。
「高真さんはいつまでも僕の目標です。またいつか一緒に働きましょう。」
「楽しかったねぇ…ギャラリーアオヤナギは。」
高真は微笑んだ。
「ユキさん、ごめんよ。とても眠たくて話が聞こえないんだ。」
「大丈夫よ。良く眠ったらまた話が出来るようになるわ。」
幸原は涙を流した。たぶん今高真が眠ったらもう起きることはないのだろう。そんな予感がした。
「蒼人君に無理しないようにって、荒井君から伝えてもらえるかな。」
「分かってますよ。大丈夫ですよ。」
荒井は微笑む。
木内は泣きながら話した。
「僕はギャラリーアオヤナギが無かったら社会の片隅で不平不満を口にしながら、ただ働いて年をとる人生しか選べなかったと思います。高真さんは神様です。」
「じゃあ木内君は天使なのかな?」
ふたりは笑った。そうして高真は最期の眠りについた。

高真の葬儀は家族葬で行われた。極々親しい友人と身内のみが参列した。
幸原は堂々と葬儀を執り仕切った。
木内とパウルは涙が止まらなかった。
この頃、ギャラリーアオヤナギは世界的に有名な芸術家の登竜門としてその名を馳せていた。ギャラリーアオヤナギで作品を扱ってもらえれば芸術家として認められる。そんな話がまことしやかに語られていた。
「高真さんがいないともう何も残らないね。」
木内は荒井に話しかけた。
「大丈夫さ。青柳先生と高真さん、ふたりの作品はギャラリーアオヤナギだ。今もなおその名は偉大なんだ。」
「僕たちは青柳先生と高真さんから貰ってばっかりで何かを返すことは出来たのかなぁ…?」
「充分よ。」
幸原が後ろから微笑んだ。
この日、ベルリンでは桜の開花がピークを迎えていた。ベルリンで葬儀を行えたら桜吹雪のなかだったでしょうね。そう言って荒井は笑った。

仕事から戻った蒼人は1番に高真の墓に手を合わせに行った。人はいつか死んでいくのだ。その時に自分は何を残せるだろうか。そんな事をぼんやり思った。今まで依頼が入るたびにドイツのみならず世界へと仕事に出掛けた。
しかし作品が常に残っていくかと言えばそういうわけでもない。
家に帰るとパウルが小説に取り掛かっていた。その目からは涙が溢れていた。
「こんなときくらい休めないのかパウル。」
蒼人はそう尋ねた。
「こんな時だからです。僕は小説家です。リアルな体験が作品に生きてくるんです。」
パウルは涙を拭った。
「お父さんはそういう経験は無いんですか?」
蒼人は黙った。
在学中のパウルが出版の話を持ってきた時、どうせ続く訳がない、そう思った。
それでもパウルは作品を書き続けて今ではベストセラー作家の仲間入りを果たしている。
父親としては誇らしい気持ちと複雑な気持ちがあった。ソフィアは蒼華の人生を踏襲するようにパティシエになったのに…。
パウルが書く作品は何がそんなに人を惹きつけるのだろう。そう思った。
「お義父さんお帰りなさい。」
奥から珠代が出てきた。
「お疲れでしょう?お義母さんとお食事のご用意出来てはりますからお食事にしましょう。」
「僕は区切りがついたら食事にするよ。」
パウルはそう言ってパソコンに向かった。

次の日曜日、ギャラリーアオヤナギに新しい作品の応募があった。桜並木が美しい作品だった。日本人の若い娘の応募で、彼女はカタコトのドイツ語で、自分の作品を売り込もうとしていた。蒼人は彼女に近寄って話しかけた。
「日本語で大丈夫ですよ。日本からわざわざ来てくださって本当にありがとうございます。」
そう言って笑った。
彼女は緊張の糸が切れたのか涙目になった。
「ギャラリーアオヤナギで取り扱って貰えなかったら筆を折ろうと思って…。」
そう言って泣き続けた。
蒼人は彼女から経歴を聞き取りながら作品解説を聞いた。
ギャラリーアオヤナギで扱うには今ひとつ足りない感じのする作品だった。蒼人は同業他社の名刺を探した。
そして、その日は作品を預かって事なきを得た。

翌日、日本から来た田沼凛の作品をギャラリーアオヤナギで取り扱うか、会議が開かれた。
日本の城と桜並木は評価が高い。桜並木を活かしつつ城を描くなら取り扱おうとその日は決定が下りた。
その通知を田沼に電話した。
「城ですか…。」
「日本の桜並木と城は人気があるテーマのひとつです。悪い話ではないと思いますよ。」
蒼人はいつものように話す。
「ウチで取り扱えない場合、他社の紹介も出来ますからね。」
田沼は黙った。
「私はギャラリーアオヤナギでしか作品を売りません。盲目の天才、青柳聖人が目標です。」
「そういう方は毎年大勢来るんです。でもギャラリーアオヤナギに採用されると途端にモチベーションを失って失速するんです。」
蒼人は話した。
「そういう方は他社に移ってもらう事もありますが大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ここが入口だと覚悟してきましたから。」
「では作品はお預かりいたします。売上によって給料は歩合制です。できる限り高額で取引出来るように尽力させて頂きます。」
そうして電話を終えた。

それからというもの田沼は日本の城と桜を描き続けた。蒼人が驚いたのはそのペースの早さとクオリティの高さだ。早くても正確で美しい作品を産み出す。彼女は原石だ。そう思った。田沼の作品は入荷待ちが出るようになった。他社に渡さなくて良かったとこの時思った。
日本から届く田沼の作品は、届くたびに成長していく。高真さんが生きていたら何と評価したのだろう。そう思うとワクワクした。

この日はパウルが校了明けで珠代とデートしていた。珠代がお嫁に来てからというものパウルはぱったりと浮気しなくなった。それでも美人がいると目で追ってしまう。それを見ながら珠代はパウルの頬をつねる。珠代はたまに荒井と過ごした夜を思い出す。あの時、間違えていたら今の幸せはないのだ。荒井には頭が上がらない。
「今のギャラリーアオヤナギってどういう作品を扱ってはるの?」
珠代はなんの気無しに尋ねた。
「最近、桜を描く娘が入ったらしいよ。」
パウルも普通に答えた。
「歳は僕らくらいだから会えたら友達になれるね。」
「友達ねぇ…。」
「僕は今は珠代だけだよ。」
「分かってはります。」
そう言って珠代は微笑んだ。

田沼はその後も変わらず早いペースで作品を仕上げてきた。蒼人は田沼に電話した。
「作品が上がるペースが早いのはありがたいのですが体調は大丈夫ですか?」
「大丈夫です!描くほど楽しくなるんです。」
蒼人はこれはまずいなと思った。たぶん、このままいくと田沼は倒れる…。
「作品の取り扱いは月に2点にしましょう。」
蒼人はそう言った。
「大丈夫です、もっと描けます。」
「前にもそういう方がいらしたんですが入院して筆を折ってしまわれたんです。」
蒼人は大袈裟に話した。
田沼はその話を聞いて渋々ながら納得した。

その後も田沼の躍進は続いた。田沼は城の他に龍と桜を描くようになった。見事な作風だった。田沼は少しずつだがギャラリーアオヤナギに新しい風を起こしていった。
地元メディアでは青柳聖人の再来だと噂された。それでも田沼は謙虚なものだった。田沼は青柳と同じ病気だった。それでも青柳からの多額の寄付金で研究は進み、完治する薬が出来上がっていた。
「青柳先生がいなかったら今の私はいないんです。」
そう言って作画に励んだ。

「芸術家はたくさんいます。皆が何を持って芸術家になろうとするのかそれは知りませんが私は青柳先生から光を貰いました。」
田沼は地元新聞のインタビューにそう答えた。
「では青柳聖人が貴女の目標なんですね?」
インタビュアーはそう話した。
「目標どころか神様ですよ。」
そう田沼は笑った。
田沼は母子家庭で小さな娘がひとりいた。父親については何も語らなかった。
「お母さんは芸術家なの?」
田沼の娘、奈々はそう尋ねた。
「そうよ、お母さんは芸術家よ。まだ駆け出しだけどね。」
「カケダシって何?」
「始めたばかりって言うことよ。今の作品が売れたらお人形を買おうって約束したじゃない?日曜日に行きましょう。」
奈々はニコニコと笑った。

それからの田沼は月に2点から3点の作品を日本から送ってくるようになった。この日は荒井が蒼人に用事があってギャラリーアオヤナギに来ていた。机には田沼凛の作品が広げられていた。
「これが桜の精霊、田沼凛かい?」
荒井はそう言って笑った。
「見事なものでしょう。パウルと同世代なんですよ。」
蒼人は誇らしげにそう語る。
「南さんももう筆は取らなくなったし、いいタイミングだね。」
「ウチでは田沼凛を看板作家にしようと思っているんです。」
「プレッシャーは大丈夫なのかい?」
「なんというか作品を仕上げるペースは早いんですが、プライベートではマイペース過ぎるくらいマイペースな子なんです。」
「へー田沼凛ねぇ…。」
そうして荒井は用事を済ませて帰った。

翌年、田沼は打ち合わせのためドイツへ訪れた。奈々は親に預けてきてる。
ドイツは何度来ても美しい。そう思った。ホテルに荷物を預けてギャラリーアオヤナギへと向かった。ギャラリーアオヤナギでは蒼人がニコニコしながら迎えてくれた。
蒼人と田沼は作品の問題点や報酬に対して話をした。特に問題もなく打ち合わせは終わった。
「今日で日本に戻られるんですか?」
「いえ、今回は3日間にしたんです。」
田沼は髪を縛り直しながら語った。
「ドイツが芸術大国だとは聞いていましたがこれほど美しいとは思わなかったんです。」
蒼人は嬉しそうだ。
「いっぱい写真を撮って参考にしたいと思います。」
そうして田沼はギャラリーアオヤナギを後にした。

田沼は翌日、ケルン大聖堂を訪れた。写真でしか見たことが無い現実が目の前に広がっている。感無量だった。田沼はミサが始まると観光客は出ないといけないことを知らなかった。写真を撮りながらひとりの男性から注意を受けた。
荒井だった。
「彫刻家の荒井大輔さんですよね?!」
「僕を知っているんですか?」
荒井は不思議そうに尋ねた。
「大山崎芸術大学卒業生の荒井大輔は神様ですよ。」
荒井は笑った。
「お名前は?」
「田沼凛です。今、駆け出しの芸術家としてギャラリーアオヤナギで作品を扱って貰っているんです。」
「ああ、桜の精霊、田沼凛さん。」
「荒井さんが私を知ってくれているなんて…。私、ドイツに来るのは3回目なんです。よかったらこの辺の観光スポットを教えて貰えませんか?」
「今日は休みだから良いですよ。」
そう言ってふたりは観光に回った。

「パウルはん、お話があるんですが…。」
「急にどうしたの?」
「月の物が来ませんで病院で見てもらいはりましたら男の子だと。」
パウルは珠代の鼓膜が破れるかと思えるくらい大きな声ではしゃいだ。
「珠代ー、ありがとう!!」
珠代はその姿を見ながら、やっぱりパウルを選んで良かったんだと思った。それでもまだ心の何処かに荒井への淡い恋心がチラついていた。

荒井と田沼はホテルに戻りホテルのロビーで話をした。
「私、娘がいるんです。」
「へー娘さんかぁ。可愛いでしょう?」
「そうなんです。今は父と母に預けてきてるんですが大きくなったら一緒にドイツに連れてこようと思っているんです。」
「それはドイツに住むってことですか?」
「ああ、そういう選択肢もあるんですね。」
田沼はハッとした。
「旦那さんは単身赴任か何か?」
「いなくなったんです。」
田沼はうつむいた。
「娘が出来て結婚しようと言った次の日、帰ってこなくなったんです。会社にも辞表が出されていて見つからなかったんです…。」
田沼はうっすら涙を流した。
荒井はその様子を見ながら言葉を探した。
「次の出会いがあるよ。もうそんな旦那さんは忘れたほうが娘さんのためにも良いよ。」
そう言って荒井は田沼の話を聞いた。

次の日、荒井と田沼は待ち合わせをして観光することにした。田沼の希望に合わせて城を巡ることにした。
「日本とはやはり違うんですねぇ。」
田沼はハイデルベルク城に到着して辺りを見渡した。
「ハイデルベルク城は戦争で何度も建て替えられているからね。」
「へーそうなんですね。」
「聖霊教会なんかも面白いと思うよ。」
「荒井さんは昔、雑誌の取材で大学時代色んな国に行って自分の視野を広げたって…。」
「良く知ってるね。」
荒井は笑った。
「荒井さんは独身なんですよね。」
「残念ながら心は既婚者だよ。」
ふたりは笑った。
「もし、よかったら今度ドイツに来る時も連絡していいですか?」
「もちろんだよ。」
荒井は笑った。

荒井は蒼人に電話で田沼の話をした。運悪く珠代がその話を聞いていた。珠代は涙目になりながら食事の支度に取り掛かった。
荒井はんが結婚…その言葉が頭の中で繰り返された。パウルがキッチンに来たので慌てて涙を拭いた。
「どうかしたのかい?珠代?」
「何でもありまへん。」
「つわりは酷くないのかい?調子は大丈夫?」
パウルは随分優しくなった。

ドイツから田沼が帰ってからというもの、荒井は田沼とメールするようになった。メールには時々、娘の奈々の写真が添付されていた。田沼は美しい娘ではなかったが長い黒髪に円縁メガネが印象的な気持ちのいい娘だった。荒井は田沼のメールが楽しみになっていった。

一方で珠代は日に日に塞ぎ込んでいった。パウルに事情を話すわけにもいかないし、荒井を追い掛けるわけにもいかない。しかし、荒井は現実に田沼とメール交換までしているのだ。珠代は泣いた。

その日、珠代は木内と蓮原に会った。木内がトイレで席を立った時、珠代は蓮原に聞いた。
「想い続けるのと想われ続けるのどちらが幸せなんでしょうか?」
蓮原は珠代の様子を見て考え込んだ。
「今、想ってる人がいるのね?」
珠代はコクンと頷いた。
「パウル君は確かに浮気性だったけど今では珠代さん一筋よね。でもそれまで不安にさせてきたパウル君にも責任があると思うわ。」
蓮原は手厳しい。
「それでも今ある幸せを大事にしたほうが良いわ。絶対よ。話ならいつでも聞くから。」
蓮原がそこまで言うと木内が戻ってきた。

それからの珠代は辛くなると蓮原に話を聞いて貰うようになった。珠代のつわりは軽く、家事などに支障をきたす事はなかった。
それでも珠代は蓮原に泣きながら電話した。荒井はんが好きなんです。と口から出そうになるのを必死で止めながら話した。
パウルは珠代のその様子を見ながらマタニティブルーなのかなと深く考えずに見守っていた。

田沼と荒井は順調に仲良くなっていった。荒井の中にはもう蓮原の影はなかった。自分ももう落ち着いてもいいだろう。そう思って日本に渡った。
田沼に聞いていた住所に行くと二世帯住宅が建っていた。呼び鈴を鳴らすと田沼の母親らしき人物が出てきた。
「彫刻家の荒井大輔といいます。田沼凛さんはご在宅でしょうか?」
「荒井さん?!あの彫刻家の?!」
母親はすぐさま田沼を呼んだ。
田沼は上下スエット姿で油絵を描いていた。
「こんな格好で済みません…。」
田沼は恥ずかしそうに笑った。
「奈々ちゃんは元気かい?」
「今、学校なんです。もうじき帰ってきます。」
荒井はニコニコしながらこういった。
「僕は奈々ちゃんの父親になれるかな?」
田沼はポロポロと涙をこぼした。
「冗談だったら止めてください。」
「本気だよ。最も僕と君は親子ほど離れているけどね。」
そう言って荒井は笑った。
「荒井さんは私を選んでくれるんですか?」
「もちろんだよ。」
「心は既婚者だって…。」
「芸術の女神に心は捧げているからね。」
ふたりは笑った。

荒井が日本に渡ったと聞いて珠代は泣き崩れた。パウルはその様子を見ながら只事ではないと思った。その日の夜、パウルと珠代は話した。
「珠代はもしかして荒井さんが好きだったのかい?」
パウルは珠代の顔を覗き込みながら話した。
「私と荒井はんの間には何も無いんです。それでも私は荒井はんとパウルはんを好きになってしまったんです。」
珠代は泣き続けた。パウルはツーっと一筋の涙を流しながら珠代に頭を下げた。
「僕が浮気するたびに珠代はこんな気持ちだったんだね。本当に申し訳ない…。」
パウルは珠代の涙を拭きながら珠代に尋ねた。
「珠代はこれからも僕といてくれるのかい?」
「パウルはんが良いと言ってくれるなら私はパウルはんといます。」
「辛かったでしょう?珠代…。」
そう言ってパウルは珠代を抱きしめた。
「良い父親になれるように頑張るよ。」
そして、パウルはパソコンに向かった。

荒井は田沼と結婚し日本へと戻った。たまに仕事でギャラリーアオヤナギを訪れる以外、珠代との接点もなくなった。それも珠代には辛いことだった。それでも子育てが忙しくなり荒井の存在は日を追うごとに小さくなっていった。
あの時、荒井を選んでいたらどうなっていたんだろう…そう思った。
パウルは優しくて素晴らしい父親になった。博識で教養があり穏やかだった。子どもたちもそんな父親が大好きだった。

そうして数年が過ぎた。

日本の田沼から荒井の訃報が届いた。パウルと珠代は子どもたちを蒼人と母親に預けて慌てて日本に駆けつけた。
珠代は冷たくなった荒井の手を握って涙を流した。パウルは何も言わずその様子を見ていた。
「荒井はんは最期まで私を選んでくれはりませんでしたね…。」
そう言って涙を流しながら微笑んだ。
パウルは珠代の頭を撫でながら、
「荒井さんがいてくれて本当に良かったです。」
そう言って泣いた。
田沼はみんなに挨拶をしに周りながら珠代に封書を差し出した。
「もし自分の葬儀に珠代さんが来ることがあったなら渡して欲しいと。」
珠代は泣きながら封書を開いた。
そこにはパウル君との幸せを祈る。君のような素敵な人に好きでいてもらえたことは今でも感謝している。そんな文面があった。
珠代は生まれ変わったらまたどこかで荒井に会おう。そう願ってひとしきり泣いた。そして珠代は、パウルとドイツに戻った。
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