魔法使いの少年と学園の女神様

龍 翠玉

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17.女神様の過去と雷

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 12月に入って、昼間も冷え込む日が増えてきた。
 まだまだ雪が降るような気温ではないが、外出時はしっかり着込んでから出かけたいくらいだ。
 最近は雨も少なく、乾燥気味の日が続いていたが、今夜は久しぶりの悪天候で外は大雨。とりわけ雷が激しい。

 穂香が自室へ帰り、俺ももう寝るだけとなった。
 だが、布団に入ってしばらくすると、玄関の方から「カチャ」という音が聞こえた。
 聞き間違えでなければ、誰かが鍵を開けて入ってきたはずだ。だが、合い鍵は穂香しか持っていないので、入ってきたのはおそらく穂香だ。
 何か忘れものか?それなら電気点ければいいだろうに。

 そのまま待っていると、寝室のドアが開いた。薄暗いがわかる、やっぱり穂香だ。

「ユウ君……」

 普段からは考えられないくらいか細い声で俺の名前を呼んだ。

「穂香?どうした、何かあったのか?」
「お願い……今夜だけでいいから、一緒にいさせてほしいの……」

 どうして?
 そう聞こうとした時だった。
 強烈な稲光に続いて、凄まじい音が鳴り響く。近くに雷が落ちたのだろう。
 それに合わせて、穂香の身体がビクッと震えた。
 雷が怖いのか?いや、今まで雷が鳴っているときに、こんな風になることはなかったはずだ。

「わかったよ、こっちにおいで」

 穂香のパジャマ姿は初めて見る。ピンク色のフリース素材の温かいものだ。
 俺のベッドはセミダブルなので、小柄な女の子なら並んで寝てもさほど不自由はない。
 布団の中に侵入してきた穂香は俺の横に並んで寝転んだ。こうして穂香と一緒の布団に入るのは初めてだ。
 これから何かしようというわけではないが、自分でも緊張しているのがわかる。

「ごめんね、突然やってきて……普通に鳴ってるくらいの雷なら大丈夫なんだけど……」

 そこまで言ったとき、先ほどよりも大きな轟音が響いた。
 それと同時に、俺の腕を抱き枕にするかのようにガシッとしがみ付いてくる。
 身体が小刻みに震えているのがわかる。
 しがみ付かれるのはいいのだが、俺の腕を軟らかい感触が襲う。これって下着着けてないのではないだろうか?俺の理性をガンガン刺激するが、震えている穂香を振りほどく訳にもいかない。

「あのね……私の家族の事って、話したことないでしょ?」

 そう言えば、何も聞いたことないな。おばあちゃんが話題に出てきたくらいか。

「ああ、そうだな、おばあちゃんがいる事くらいしか」
「うん、私が五歳の時、家族で旅行に行こうとしていたの……お父さんとお母さんと私の三人で、飛行機に乗って海外に行く予定だった。
でも、出発してすぐに、天候が急変して……雷雨の中を進むことになって……そのあと墜落したの。その中で奇跡的に五人だけ生き残った……その内の一人が私。
お父さんもお母さんも亡くなったから、私の家族は、今はおばあちゃんだけなの。事故の事は、小さい時の事だから、ほとんど何も覚えてなくて、後で聞いた話だけどね……」
「穂香……」
「でも……でもね……今日みたいな雷雨の日は、ほとんど覚えてないはずの……あの時の……墜落前の光景が蘇ってきて……怖くて、いつも震えていたの……」

 そこまで言うと、また思い出したのか、穂香の身体が震えているのがわかった。
 こういう時、どんな言葉をかければいいのか、俺にはわからない。ただ、自然と穂香に掴まれてない方の手で、頭を撫でていた。

「……ん……すぅ……すぅ……」

 どのくらいの時間そうしていただろうか?穂香の方から規則正しい寝息が聞こえてきた。
 ただ、抱き枕にされている俺は、腕に伝わる軟らかい感触と、すぐ側にある天使のような寝顔のせいで、なかなか眠ることができなかった。


 翌朝、何か頬を啄まれるような感じがして、目が覚めた。一定の感覚で行われるそれは、穂香が何かしているのだろう。
 このまま寝た振りをしていても終わらなさそうなので、タイミングを合わせてそっと目を開けてみると、超至近距離に穂香の顔があった。

「ん!……」

 穂香が俺の頬に唇を付けていた。目が合うと、みるみるうちに穂香の顔が赤く染まっていった。

「あ、あの……これは……その……ユウ君の寝顔が可愛くて……つい……」

 俺と穂香の今の関係は説明するのがややこしい。
 お互いに好きなのはわかっている。
 キスまではするが、それ以上はない。
 穂香が普段から俺の部屋にいること関しては、浩介達から通い妻だの新婚夫婦だの言いたいように言われるような状態だ。
 だが、付き合ってはいない。そこに関してはまだ、というのが現実だ。

 そして、穂香からは恥ずかしがってキスをしてくることはないのだが、俺が寝ていたのでしてみた、という感じなのだろう。

「……何回くらいした?」
「……ん~……たくさん?」
「そうか……穂香、しっかり眠れたか?」

 そう言って、穂香の頭を撫でる。気持ちよさそうに俺の手の方に寄って来るのを見てると、猫みたいな印象を受ける。

「うん、ユウ君のおかげよ。また、お泊りしてもいい?」
「いいけど……腕にしがみ付くのは禁止な」
「え~っ……何で?」
「……冷静になってやってみればわかる……俺の精神力が削られる」

 そう言うと穂香は昨夜みたいに俺の腕をギュッと抱きしめた。俺の腕を包むように穂香の胸元が変形する。

「……あ……あ~……」
「お、おい、穂香?」

 穂香は俺の腕を、胸に押し付けたり離したりを繰り返している。あれ?恥ずかしくないのか?俺のそんな視線に気付いたのか、

「腕組んで歩く時も当たってるでしょ?えへへ……ユウ君は意識してくれてるんだ?」

 穂香が小悪魔みたいに見える。恥ずかしがって逃げる時と、こういう時の基準がわからないんだが。

「いや、遊園地の時は間に布が何枚もあっただろ?あんまりそんなことしてると、俺も男だ。抑えがきかなくなるかもしれないぞ?」

 そう言うと、穂香の動きがピタッと止まった。やはり、それは困るのだろう。
 そのまま少し考えた後、予想外の答えが返ってきた。

「……いいよ……今はダメだけど……近いうちに……」
「え?今なんて?」
「あ……あはは……じゃ、じゃあ私は着替えてくるね」

 穂香は素早く立ち上がると、逃げ帰るように部屋を出て行った。
 あとに残された俺は、しばらくボーっとしたままベッドに座っていた。
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