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サラマンダー編
第34話 帰還
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精霊石が紅く染まると、わたしは気が抜けたように地面にへたり込んだ。
「うそ。わたし、生きている……」
歌ってはみたものの、目の前で炎を吐かれて死ぬんじゃないかと思っていた。だけど、サラマンダーは耳を傾けてくれた。
それだけじゃない。エルメラが耳元で興奮した声を出す。
「すごい! すごいよ、ユメノ! どこにいても飛んでいくってことは、どこでもサラマンダーを呼び出せるってことだよね!」
いや、エルメラだけじゃない。
「ユメノ!!」「まさか、本当に!?」
ビューロさんやオリビアさん、カカが文字通り飛んで来た。さっきまで戦っていたサラマンダーは、近づいても攻撃する素振りは見せない。
ビューロさんが恭しく頭を下げて言う。
「火の精霊の王、サラマンダー。もう戦わなくていいのですね」
敬意を払った行動にサラマンダーも満更じゃなさそうだ。
「ああ。吾輩と吾輩の配下の精霊たちはもう戦わない。虚しき時間を随分と過ごしてしまったようだ」
低い重厚な声だけど、戦っていた時のようなビリビリと響く怒号ではない。
「ねえ、サラマンダー。麓まで送って行ってくれないかな? 怪我人もいるし」
試しに聞いてみた。
「ユ、ユメノ」「いくら何でも、そんなこと」
ビューロさんたちは驚いているけれど、そんなにおかしなこととは思わない。言ってみるだけならタダだ。サラマンダーはその長い首を上下に振る。
「よかろう。全員、同時には無理だろうから、二回に分けて運ぼう」
「やった! 言ってみるものね!」
その後、ロザ王国の怪我をしている人ともう一人、イオ、わたしとシュルカさんを背中に乗せて、サラマンダーは空へと飛び立つ。もちろんエルメラとカカも一緒だ。サラマンダーが羽を二回、三回と羽ばたかせただけで、もうシュウマ山の火口の上に来た。
「うわあっ!」
思わず歓声が出てしまう。空は満点の星空。山の下には雲海が広がっていて、夜の向こう側まで見渡すことが出来た。熱いマグマの傍にいたから、冷たい風が気持ちいい。
「すごいね、ユメノ。世界にわたしたちしかいないみたい」
「みたいじゃなくて、そうだよ、エルメラ!」
いまこの瞬間、この美しい世界にはわたしたちしか存在していなかった。
「では、降りるぞ」
サラマンダーがそう言うのに少しがっかりする。もう少し景色を堪能したかった。でも、ビューロさんたちをあまり待たせるのも悪い。と、思ったのも束の間のことだ。
「ん?」
わたしはその感覚を知っていた。ジェットコースターが一番高い所から落ちるのに、ふわっと一瞬浮遊感を感じる。あの感覚だ。
ガッとイオの手がわたしの腕を掴む。シュルカさんがすぐにクロキカゼを呼んだ。
そして――。
「ぎいぃぃぃやあぁぁぁぁ!」
サラマンダーは一気に急降下。山の山頂から麓まで、ほとんど自然に物が落下するような速度で落ちていく。し、死ぬ――。
でも、地面に激突する前に、サラマンダーは羽を羽ばたかせて、無事に着地した。
目を回しながら、声を掛ける。
「よ、よかった。エルメラ、カカ無事?」
「「なんとかー……」」
二人はわたしの髪にしがみついていた。日頃飛んでいる二人でも、この有様だ。わたしが叫んだのも仕方ない。
「イオ、押さえてくれて、ありが……」
お礼を言おうとしたら、イオはわたしの腕を掴んだままガタガタと震えていた。どうやら押さえるために掴んでくれたわけじゃないみたい。自分が怖かったようだ。
「クロキカゼ、もういいぞ」
本当に押さえてくれたのは、シュルカさんのクロキカゼだった。風を操って、わたしたちが落ちないようにしてくれていたみたいだ。
「ありがとうございます、シュルカさん」
「いや。大したことじゃない」
クールな反応が返ってきた。
「では、他の者たちもここに連れてくる」
サラマンダーはまた羽ばたかせて、山頂に飛んでいく。
「あ! 今度はゆっくり降りてきてねー! ……聞こえたかな?」
改めて周りを見てみると、シュウマ山とゲーズの平原の境目辺りだった。怪我をした人を寝かせていると、十分ぐらい経ち、ビューロさんたちもサラマンダーに乗って山から下りて来た。
ビューロさんやオリビアさんはやっぱりフラフラしている。オリビアさんのラファが居たから、身体を固定できたのだろうけれど、あの急降下は誰にとっても乗り心地が良いとは言いづらかった。
とはいえ、行きは丸一日かけていたのに、ほんの数分で降りられたのはありがたい。
みんな、戦いで疲弊して下山どころじゃなかっただろう。
「ありがとう、サラマンダー」「うむ」
お礼を言われるのも久しぶりなのだろう。サラマンダーは目を細めて頷いた。
「ロザ王国の精霊使いの方たちも、一度ゲーズに……」
ビューロさんがみんなを振り返って、そう言いだしたときだ。
「すまない」
誰かが静かに謝る。
「すまなかった。みんな」
イオだ。イオが地面に手をついて頭を下げている。そういえばイオが暴走してサラマンダーを倒しに行ったから、みんな逃げられなくなってしまったのだ。
オリビアさんがため息混じりに言う。
「本当、いい声のいい男かと思ったけれど、飛んだ世間知らずなお坊ちゃまだったわ」
「ああ。ユメノがいなければ全滅していただろう」
シュルカさんも、目をそらした。
「何のためのチームか。イオには分かっていなかったみたいだな」
ビューロさんは厳しい声で、イオの傍に腰を下ろす。
「心配した。もう二度と、一人で強敵に突撃していくようなことはするなよ」
そう言うビューロさんの声は優しかった。
「……ありがとう」
なんだかわたしもホッとする。だから、胸を張って言う。
「無事に帰れたのは、わたしのおかげよ! これからはもう子供扱いしないでよね!」
「ああ」
イオは静かに微笑んだ。
めでたし、めでたしだ。
なんと言っても、これでわたしはサラマンダーに元の世界に帰る方法を聞くことが出来るのだ。
――つまりやっと帰って、声優の仕事ができる!
「うそ。わたし、生きている……」
歌ってはみたものの、目の前で炎を吐かれて死ぬんじゃないかと思っていた。だけど、サラマンダーは耳を傾けてくれた。
それだけじゃない。エルメラが耳元で興奮した声を出す。
「すごい! すごいよ、ユメノ! どこにいても飛んでいくってことは、どこでもサラマンダーを呼び出せるってことだよね!」
いや、エルメラだけじゃない。
「ユメノ!!」「まさか、本当に!?」
ビューロさんやオリビアさん、カカが文字通り飛んで来た。さっきまで戦っていたサラマンダーは、近づいても攻撃する素振りは見せない。
ビューロさんが恭しく頭を下げて言う。
「火の精霊の王、サラマンダー。もう戦わなくていいのですね」
敬意を払った行動にサラマンダーも満更じゃなさそうだ。
「ああ。吾輩と吾輩の配下の精霊たちはもう戦わない。虚しき時間を随分と過ごしてしまったようだ」
低い重厚な声だけど、戦っていた時のようなビリビリと響く怒号ではない。
「ねえ、サラマンダー。麓まで送って行ってくれないかな? 怪我人もいるし」
試しに聞いてみた。
「ユ、ユメノ」「いくら何でも、そんなこと」
ビューロさんたちは驚いているけれど、そんなにおかしなこととは思わない。言ってみるだけならタダだ。サラマンダーはその長い首を上下に振る。
「よかろう。全員、同時には無理だろうから、二回に分けて運ぼう」
「やった! 言ってみるものね!」
その後、ロザ王国の怪我をしている人ともう一人、イオ、わたしとシュルカさんを背中に乗せて、サラマンダーは空へと飛び立つ。もちろんエルメラとカカも一緒だ。サラマンダーが羽を二回、三回と羽ばたかせただけで、もうシュウマ山の火口の上に来た。
「うわあっ!」
思わず歓声が出てしまう。空は満点の星空。山の下には雲海が広がっていて、夜の向こう側まで見渡すことが出来た。熱いマグマの傍にいたから、冷たい風が気持ちいい。
「すごいね、ユメノ。世界にわたしたちしかいないみたい」
「みたいじゃなくて、そうだよ、エルメラ!」
いまこの瞬間、この美しい世界にはわたしたちしか存在していなかった。
「では、降りるぞ」
サラマンダーがそう言うのに少しがっかりする。もう少し景色を堪能したかった。でも、ビューロさんたちをあまり待たせるのも悪い。と、思ったのも束の間のことだ。
「ん?」
わたしはその感覚を知っていた。ジェットコースターが一番高い所から落ちるのに、ふわっと一瞬浮遊感を感じる。あの感覚だ。
ガッとイオの手がわたしの腕を掴む。シュルカさんがすぐにクロキカゼを呼んだ。
そして――。
「ぎいぃぃぃやあぁぁぁぁ!」
サラマンダーは一気に急降下。山の山頂から麓まで、ほとんど自然に物が落下するような速度で落ちていく。し、死ぬ――。
でも、地面に激突する前に、サラマンダーは羽を羽ばたかせて、無事に着地した。
目を回しながら、声を掛ける。
「よ、よかった。エルメラ、カカ無事?」
「「なんとかー……」」
二人はわたしの髪にしがみついていた。日頃飛んでいる二人でも、この有様だ。わたしが叫んだのも仕方ない。
「イオ、押さえてくれて、ありが……」
お礼を言おうとしたら、イオはわたしの腕を掴んだままガタガタと震えていた。どうやら押さえるために掴んでくれたわけじゃないみたい。自分が怖かったようだ。
「クロキカゼ、もういいぞ」
本当に押さえてくれたのは、シュルカさんのクロキカゼだった。風を操って、わたしたちが落ちないようにしてくれていたみたいだ。
「ありがとうございます、シュルカさん」
「いや。大したことじゃない」
クールな反応が返ってきた。
「では、他の者たちもここに連れてくる」
サラマンダーはまた羽ばたかせて、山頂に飛んでいく。
「あ! 今度はゆっくり降りてきてねー! ……聞こえたかな?」
改めて周りを見てみると、シュウマ山とゲーズの平原の境目辺りだった。怪我をした人を寝かせていると、十分ぐらい経ち、ビューロさんたちもサラマンダーに乗って山から下りて来た。
ビューロさんやオリビアさんはやっぱりフラフラしている。オリビアさんのラファが居たから、身体を固定できたのだろうけれど、あの急降下は誰にとっても乗り心地が良いとは言いづらかった。
とはいえ、行きは丸一日かけていたのに、ほんの数分で降りられたのはありがたい。
みんな、戦いで疲弊して下山どころじゃなかっただろう。
「ありがとう、サラマンダー」「うむ」
お礼を言われるのも久しぶりなのだろう。サラマンダーは目を細めて頷いた。
「ロザ王国の精霊使いの方たちも、一度ゲーズに……」
ビューロさんがみんなを振り返って、そう言いだしたときだ。
「すまない」
誰かが静かに謝る。
「すまなかった。みんな」
イオだ。イオが地面に手をついて頭を下げている。そういえばイオが暴走してサラマンダーを倒しに行ったから、みんな逃げられなくなってしまったのだ。
オリビアさんがため息混じりに言う。
「本当、いい声のいい男かと思ったけれど、飛んだ世間知らずなお坊ちゃまだったわ」
「ああ。ユメノがいなければ全滅していただろう」
シュルカさんも、目をそらした。
「何のためのチームか。イオには分かっていなかったみたいだな」
ビューロさんは厳しい声で、イオの傍に腰を下ろす。
「心配した。もう二度と、一人で強敵に突撃していくようなことはするなよ」
そう言うビューロさんの声は優しかった。
「……ありがとう」
なんだかわたしもホッとする。だから、胸を張って言う。
「無事に帰れたのは、わたしのおかげよ! これからはもう子供扱いしないでよね!」
「ああ」
イオは静かに微笑んだ。
めでたし、めでたしだ。
なんと言っても、これでわたしはサラマンダーに元の世界に帰る方法を聞くことが出来るのだ。
――つまりやっと帰って、声優の仕事ができる!
応援ありがとうございます!
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