広くて狭いQの上で

白川ちさと

文字の大きさ
1 / 89
第一章 学園転入編

第一話 突然の訪問者

しおりを挟む

 この日も、僕は学校からの帰り道を全速力で駆けていた。散髪に行きそびれて長くなってしまった前髪が汗で額に張り付く。それでも、構わずに目的地を目指した。

 頭の中では、夕方から寝るまでの計画を思い描いている。

 家に着くまで十分ほど。帰ったらすぐに自転車に乗って、末っ子を保育園に迎えに行かなければならない。

 帰りがけら、スーパーに寄って食材を購入。洗濯物を取り込んでいる内に、小学生の弟妹たちが帰ってくるはずだから、末っ子の面倒は任せてその間に夕食の準備をして。

 自分の時間が取れるかは分からない。

 その上、計画通りに行ったら上手くいった方だ。

「透兄ちゃん、おやつある?」

 幼い弟と妹、三人。暴れるだけ暴れて、命じたはずの洗濯物をたたもうとはしない。

 ただ、怒ったらさらに暴れることは目に見えていた。台所に行って、上の棚から箱を取り出す。

「ほら、クッキー。それ食ったら、洗濯物を……こら! カスを洗濯物の上にこぼすな!」

 早く中学生の妹が帰ってきて欲しい。それまでは、家事をしようにも片手間でこなさなければならなかった。

 これが僕の日常だ。七人家族、五人兄妹の長男。

 父さんも母さんも働いているため、高校生の僕はおのずと弟妹たちの面倒をみることになる。狭い貸家暮らしで、プライベートな空間も全くなかった。

 大変といえば大変だけど、大家族の第一子に生まれたものの定めだ。高校卒業まではこの生活が続くと、観念している。

 玄関がバタンと勢いよく閉まる音がした。妹が帰って来たみたいだ。

 さっそく、チビたちの面倒を見てもらおう。

 そう思ったが、いきなり中学生の妹が僕の腕をつかんできた。

「おっ! お兄ちゃん、大変!」

 どうやら、そそっかしい妹は学校でなにやら問題を抱えて帰ってきたようだ。これにもまたかと思いつつ、肩を下してゆっくりと諭す。

「なんだよ。こっちも、忙しいんだぞ。自分のことは自分で……」

「違う、違う! 本当に大変なの! 知らない人がお兄ちゃんを訪ねてきたんだから!」

「僕を?」

 誰だろうか。妹が知らないというからには、僕の担任の先生かもしれない。

「いま、玄関の前で待ってる! 本当に大変だから!」

 同級生が訪ねてきたぐらいでは、こう騒ぐ必要はないだろう。

「はい。どちら様ですか」

 炊事で濡れていた手をタオルで拭いて、僕は玄関を開ける。

 開けた途端に、硬直してしまった。

「……どちら様?」

 僕の担任の先生ではなかった。

 かっちりとした黒いスーツを着ている見知らぬ男性。黒い髪を後ろになでつけ、鋭い目にグッと口元を閉じ、近寄りがたいほどの強面だった。

 さらに眉間にしわを寄せている。不機嫌なオーラまで背負っていれば、自然と身体も後ろに引いてしまう。背後では、中学生の妹が身構えていた。

「若狭透。君の名前だな」

「は、はいっ」

 だみ声の低い声まで聞こえて、背筋がシャキッと伸びる。

 もしかしたら、ヤのつく稼業の人なのかもしれない。父さんと母さんが借金でも作り、僕を保証人にしたのだろうか。

 そんな妄想が頭をかすめる。父さんと母さんを信じていないわけではない。

 ただ本当に僕の家は、毎日が火の車だ。子供が五人もいるわけだから、いくら出費を削っても出ていくものは自然と出ていく。

 父さんと母さんも、特別高給取りというわけでもない。何かの弾みで借金をしていても、なにも不思議ではなかった。

「う、うちに金目のものはないですよ」

 何とか出てきた言葉は、威嚇というには程遠いほど震えていた。

 一瞬間を開けて男性は、はぁと息をつく。ため息一つで、こうも人を震え上がらせる人もなかなかいないだろう。

「なにを言っているんだ。こんなボロい家に住んでいる人間から何を取ろうという」

「あ、え。あ、すみません。か、勘違いを……」

 どうやら見た目だけで決めつけてしまったようだ。簡単に人を疑ったことに、顔が熱くなっていく。

「逆だ。俺は、いや、俺じゃない」

「は、はぁ」

 何を言いたいのか分からなくて、生返事が出て来る。

「俺からではないが、君に伝言を言付かっている」

「伝言?」

 一体、誰からだろう。この男性は知らないが、知っている人物からだろうか。

「これだ」

 胸ポケットから一通の手紙を取り出して、僕に押し付けて来た。

 仕方なく受け取り、恐る恐る中を開く。



『はじめまして、若狭透くん。

 私は私立従慈学園の理事長、坂東和泉です。

 突然ですが、病に犯された私の命はあとわずかのようです。

 ただ、私には子供も親類も居ません。

 ここ数年、どなたかに学園を譲らなければと考えていました。

 そんなとき若狭透くんを見つけました。あなたに私の学園の全てを遺贈します。

 あなたのものになるからには、なにをするにも自由です。

 経営を続けてもいいですし、売却しても構いません。

 ただ、何かを決める前に、残りの高校生活を学園で過ごしてみてください。

 よろしくお願いいたします』
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...