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2章 イノセント・ノイズ
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「いまごろ、石川さんはきっと、周囲から聞こえてくる音にとても苦労されているでしょうね」
「……いくらなんでも、ひどくないですか?」
さて、ところかわって、ここは虚間鷹彦カウンセリングルーム。白衣の男の独り言に、灯美はこう言わずにはいられなかった。なんでも、昨日ここに来た老人は、今頃ウロマからもらった薬のせいで、聴覚が鋭敏になりすぎて、周囲からの音が全て騒音レベルで聞こえる状態になっているらしい。灯美としては、それはちょっと、あんまりだと思うのだ。いくら、人の話を全然聞かない性格の、せっかちで、子供嫌いで、ひたすら狭量そうな老人とはいえ、かわいそうな話だというものだ。
だが、そこでウロマはこう言った。
「はは、大丈夫ですよ、灯美さん。昨日石川さんにあげたあの薬の効果は、せいぜい三日ぐらいしか続かないのです。そのあとは、何もかもが、まったく元通りに聞こえるようになるはずですよ」
「あ、そうなんですか」
灯美はほっとした。あんな短気な老人とはいえ、三日ぐらいならなんとかしのげるというものだろう。
「でも、本当にそうなら、なんでちゃんと説明してあげないんですか。あのおじいさん、今頃、カンカンですよ?」
「やだなあ、説明ならちゃんとしたじゃないですか。これは刺激が強い薬だと」
「あれで説明したつもりなんですか」
灯美は呆れてしまう。この男にはやはり、ここに来る人間に対して悪意しかないのだろうか。
「それに、よく考えてもみて下さい、灯美さん。たったの三日間とはいえ、あの石川さんは、全ての音が騒音に聞こえる状態になるわけです。そんな嵐の時間が終わったとき、石川さんの周囲の音に対する感受性は、どう変わっているでしょうか?」
「どうって……あ」
灯美はそこではっと気づいた。もしや、これはウロマなりの荒療治なのでは、と。そう、ひどい騒音にさいなまれる三日間を乗り越えた後ならば、人間、どんな音に対しても、多少は寛容になるものだろう。それが、普通の人ならば騒音に感じないレベルのものなら、なおのことだ。
「まあ、あの薬の効果が切れて、石川さんの聴覚過敏がそのままだったとしても、そのときは引越しをすればいいだけです。あるいは、子供たちへの気持ちを改めるか。そもそも、最初からそういう選択肢が用意されているのに、つまらない意地を張っているのはどうかと思いますね」
「そうですね……」
もしかすると、この目の前のひたすらに胡散くさい、悪意の塊のような男は、あの頑固で短気な老人に対して、もっとも適切な対応をしたのだろうか? 灯美はふと、そう思えた。そして、いったいこの男は何者だろうと、不審に思う気持ちをいっそう強めた。
そう、この男はいつだって用意がよすぎる。ここの事務机の引き出しには、なぜかちょうどここに来た相談者のためだけの薬が入っている。それに、この部屋もおかしい。カウンセリングルームと表のドアの札に書いてあるものの、モノが何もなさ過ぎる。普通は座り心地のよさそうなソファとか、相談者向けの本とかあってもいいはずなのに。
そして、そのくせ、気がつけば、パイプ椅子やらノートパソコンやら求人広告やら、どこからか沸いてきたように存在している。それまではまるで存在を感じなかったものが、ふとした瞬間にそこにある……実におかしな空間だ。
そもそも、自分はなぜアシスタントとして雇われて、ここにいるのだろう? カウンセリングの全てはウロマだけで完結していて、自分は別に必要ないような? 考えれば考えるほどに、よくわからなくなる灯美だった。
「……いくらなんでも、ひどくないですか?」
さて、ところかわって、ここは虚間鷹彦カウンセリングルーム。白衣の男の独り言に、灯美はこう言わずにはいられなかった。なんでも、昨日ここに来た老人は、今頃ウロマからもらった薬のせいで、聴覚が鋭敏になりすぎて、周囲からの音が全て騒音レベルで聞こえる状態になっているらしい。灯美としては、それはちょっと、あんまりだと思うのだ。いくら、人の話を全然聞かない性格の、せっかちで、子供嫌いで、ひたすら狭量そうな老人とはいえ、かわいそうな話だというものだ。
だが、そこでウロマはこう言った。
「はは、大丈夫ですよ、灯美さん。昨日石川さんにあげたあの薬の効果は、せいぜい三日ぐらいしか続かないのです。そのあとは、何もかもが、まったく元通りに聞こえるようになるはずですよ」
「あ、そうなんですか」
灯美はほっとした。あんな短気な老人とはいえ、三日ぐらいならなんとかしのげるというものだろう。
「でも、本当にそうなら、なんでちゃんと説明してあげないんですか。あのおじいさん、今頃、カンカンですよ?」
「やだなあ、説明ならちゃんとしたじゃないですか。これは刺激が強い薬だと」
「あれで説明したつもりなんですか」
灯美は呆れてしまう。この男にはやはり、ここに来る人間に対して悪意しかないのだろうか。
「それに、よく考えてもみて下さい、灯美さん。たったの三日間とはいえ、あの石川さんは、全ての音が騒音に聞こえる状態になるわけです。そんな嵐の時間が終わったとき、石川さんの周囲の音に対する感受性は、どう変わっているでしょうか?」
「どうって……あ」
灯美はそこではっと気づいた。もしや、これはウロマなりの荒療治なのでは、と。そう、ひどい騒音にさいなまれる三日間を乗り越えた後ならば、人間、どんな音に対しても、多少は寛容になるものだろう。それが、普通の人ならば騒音に感じないレベルのものなら、なおのことだ。
「まあ、あの薬の効果が切れて、石川さんの聴覚過敏がそのままだったとしても、そのときは引越しをすればいいだけです。あるいは、子供たちへの気持ちを改めるか。そもそも、最初からそういう選択肢が用意されているのに、つまらない意地を張っているのはどうかと思いますね」
「そうですね……」
もしかすると、この目の前のひたすらに胡散くさい、悪意の塊のような男は、あの頑固で短気な老人に対して、もっとも適切な対応をしたのだろうか? 灯美はふと、そう思えた。そして、いったいこの男は何者だろうと、不審に思う気持ちをいっそう強めた。
そう、この男はいつだって用意がよすぎる。ここの事務机の引き出しには、なぜかちょうどここに来た相談者のためだけの薬が入っている。それに、この部屋もおかしい。カウンセリングルームと表のドアの札に書いてあるものの、モノが何もなさ過ぎる。普通は座り心地のよさそうなソファとか、相談者向けの本とかあってもいいはずなのに。
そして、そのくせ、気がつけば、パイプ椅子やらノートパソコンやら求人広告やら、どこからか沸いてきたように存在している。それまではまるで存在を感じなかったものが、ふとした瞬間にそこにある……実におかしな空間だ。
そもそも、自分はなぜアシスタントとして雇われて、ここにいるのだろう? カウンセリングの全てはウロマだけで完結していて、自分は別に必要ないような? 考えれば考えるほどに、よくわからなくなる灯美だった。
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