33 / 68
4章 アフターケア
4 - 2
しおりを挟む
「ウロマ先生、先週はどうもありがとうございました」
さて、ここはいつもの虚間鷹彦カウンセリングルーム。ただ、今日はいつもと違って、客がいた。しかも、いつもと違って、とても満足そうな表情である。パイプ椅子に腰掛けたその男は、年齢は四十代後半くらい。トレーナーに短パン姿の小太りで、頭髪はだいぶ厳しい感じにハゲ散らかしている。
こういう日もあるんだなあと、男の隣で灯美はしんみり思った。まあ、先週この男とウロマの間にどんなやりとりがあったのか、灯美は不在だったのでよく知らないのだが。
「ほほう。その様子から察するに、滝本さんはもう、失恋の痛手からすっかり立ちなおられたようですね?」
「はい! あれから、先生の言われたとおりに、毎日、ニュース番組やら新聞やら週刊誌やらネットのニュースやら、色々見て回りました。主に芸能ニュースを。そして、わかったんです。先生が私に言われたとおり、世の中には私なんかより不幸な人がゴマンといると!」
滝本とやらは目をきらきら輝かせながら、何やら不穏なことを口走っている。
「いやあ、特にあのミュージシャンがクスリで捕まったのは痛快でしたね! もう三度目だって言うじゃないですか。さすがに復帰は無理ですよね」
「今回は逮捕された際に同衾していた女性が不審死していますからねえ。前回までとは事情が違うでしょう」
「そうそう! あいつ人一人殺してるんですよね。昔はアルバムがミリオン売れてたって言うのに、とんだ転落人生です。うけるー」
滝本は楽しそうにゲラゲラ笑っている……。
「あと、あの女優ががんで死んだのもケッサクでした。私より年下なんですよ? 売れてたし、金だってうなるほど持ってたはずなのに」
「彼女の場合は、がんが見つかった初期の段階で、民間療法に頼ったのが命取りでしたね。最初から適切な治療を受けていれば助かった可能性が高い」
「そうそう! いくら金持ってても、美人でチヤホヤされてても、根本的にバカだとどーしようもないってことですよね。まあ、そもそもあの女、整形サイボーグだしなあ。訃報のニュースのまとめ記事で、整形前のブサイク顔さらされてて、うけるー」
滝本はノリノリだ。笑いながら人の死体を蹴る男である。
「他に、昨日の交通事故のニュースもよかったですねえ。ウェーイ系の大学生四人が車ごと法面に突っ込んで崖下にダイブ。全員死亡。そいつらの親は、そんな死に方をさせるためだけに、高い金払って大学に行かせてたんでしょうかねえ。うけるー」
「あの事故は飲酒運転だったそうで、さすがに同情はしづらいですね。彼らのほかに犠牲者が出なくて何よりです」
人の不幸話に、ひたすら花を咲かせる滝本とウロマである。
「いやあ、本当に、世の中にはクソほど悲惨な人がたくさんいるんですねえ。先週、先生の言われたとおり、少しばかり世間のいろんなニュースに目を向けて、それがよくわかりました。自分の不幸がどれだけちっぽけでどうでもよかったってことも」
「そうですね。失恋はつらいことですが、うっかり死んでしまったり、うっかり警察のお世話になることに比べれば、傷は浅いと言えるでしょう」
「ですよねー。考えてみれば、女なんてアイツ以外に腐るほどいますしね」
「滝本さんなら、すぐに新しい女性とご縁があると思いますよ」
「え、マジですか? 自分、けっこういい歳なんですけど、ホントにそう思いますか?」
「はい。近頃の女性は、同年代の若くて頼りない男性よりも、包容力のある年上の男性を好むと聞きます。そうですよね、灯美さん?」
「え」
と、突然流れ弾が飛んできて、思わず硬直した灯美だったが、滝本の脂ぎった視線を感じて、とりあえず適当に「そうですね」と答えた。滝本はとたんに、「マジっすかー」と、ヘラヘラ笑った。
「そっか、まいったなあ。私のモテ期、実はまだ始まったばかりだったんですねえ」
滝本はうれしそうに言うと、やがてウロマに礼を言って、カウンセリングルームを出て行った。
「せ、先生、今の人は……」
「彼は滝本順一さん。年齢は三十三歳。独身で、派遣社員をされている方です」
「三十三歳?」
意外と若かった。見た目よりは。
「彼はここ最近、あるスナックに足しげく通って、そこの従業員の女性を口説いていたそうですが、先日、その女性が、他の常連のお客さんと結婚し、寿退社されたそうなのです。それで先週、失意のどん底でここにいらしたわけなのです」
「え、失恋ってそういう話だったんですか」
そんなの恋でもなんでもない気がする。
さて、ここはいつもの虚間鷹彦カウンセリングルーム。ただ、今日はいつもと違って、客がいた。しかも、いつもと違って、とても満足そうな表情である。パイプ椅子に腰掛けたその男は、年齢は四十代後半くらい。トレーナーに短パン姿の小太りで、頭髪はだいぶ厳しい感じにハゲ散らかしている。
こういう日もあるんだなあと、男の隣で灯美はしんみり思った。まあ、先週この男とウロマの間にどんなやりとりがあったのか、灯美は不在だったのでよく知らないのだが。
「ほほう。その様子から察するに、滝本さんはもう、失恋の痛手からすっかり立ちなおられたようですね?」
「はい! あれから、先生の言われたとおりに、毎日、ニュース番組やら新聞やら週刊誌やらネットのニュースやら、色々見て回りました。主に芸能ニュースを。そして、わかったんです。先生が私に言われたとおり、世の中には私なんかより不幸な人がゴマンといると!」
滝本とやらは目をきらきら輝かせながら、何やら不穏なことを口走っている。
「いやあ、特にあのミュージシャンがクスリで捕まったのは痛快でしたね! もう三度目だって言うじゃないですか。さすがに復帰は無理ですよね」
「今回は逮捕された際に同衾していた女性が不審死していますからねえ。前回までとは事情が違うでしょう」
「そうそう! あいつ人一人殺してるんですよね。昔はアルバムがミリオン売れてたって言うのに、とんだ転落人生です。うけるー」
滝本は楽しそうにゲラゲラ笑っている……。
「あと、あの女優ががんで死んだのもケッサクでした。私より年下なんですよ? 売れてたし、金だってうなるほど持ってたはずなのに」
「彼女の場合は、がんが見つかった初期の段階で、民間療法に頼ったのが命取りでしたね。最初から適切な治療を受けていれば助かった可能性が高い」
「そうそう! いくら金持ってても、美人でチヤホヤされてても、根本的にバカだとどーしようもないってことですよね。まあ、そもそもあの女、整形サイボーグだしなあ。訃報のニュースのまとめ記事で、整形前のブサイク顔さらされてて、うけるー」
滝本はノリノリだ。笑いながら人の死体を蹴る男である。
「他に、昨日の交通事故のニュースもよかったですねえ。ウェーイ系の大学生四人が車ごと法面に突っ込んで崖下にダイブ。全員死亡。そいつらの親は、そんな死に方をさせるためだけに、高い金払って大学に行かせてたんでしょうかねえ。うけるー」
「あの事故は飲酒運転だったそうで、さすがに同情はしづらいですね。彼らのほかに犠牲者が出なくて何よりです」
人の不幸話に、ひたすら花を咲かせる滝本とウロマである。
「いやあ、本当に、世の中にはクソほど悲惨な人がたくさんいるんですねえ。先週、先生の言われたとおり、少しばかり世間のいろんなニュースに目を向けて、それがよくわかりました。自分の不幸がどれだけちっぽけでどうでもよかったってことも」
「そうですね。失恋はつらいことですが、うっかり死んでしまったり、うっかり警察のお世話になることに比べれば、傷は浅いと言えるでしょう」
「ですよねー。考えてみれば、女なんてアイツ以外に腐るほどいますしね」
「滝本さんなら、すぐに新しい女性とご縁があると思いますよ」
「え、マジですか? 自分、けっこういい歳なんですけど、ホントにそう思いますか?」
「はい。近頃の女性は、同年代の若くて頼りない男性よりも、包容力のある年上の男性を好むと聞きます。そうですよね、灯美さん?」
「え」
と、突然流れ弾が飛んできて、思わず硬直した灯美だったが、滝本の脂ぎった視線を感じて、とりあえず適当に「そうですね」と答えた。滝本はとたんに、「マジっすかー」と、ヘラヘラ笑った。
「そっか、まいったなあ。私のモテ期、実はまだ始まったばかりだったんですねえ」
滝本はうれしそうに言うと、やがてウロマに礼を言って、カウンセリングルームを出て行った。
「せ、先生、今の人は……」
「彼は滝本順一さん。年齢は三十三歳。独身で、派遣社員をされている方です」
「三十三歳?」
意外と若かった。見た目よりは。
「彼はここ最近、あるスナックに足しげく通って、そこの従業員の女性を口説いていたそうですが、先日、その女性が、他の常連のお客さんと結婚し、寿退社されたそうなのです。それで先週、失意のどん底でここにいらしたわけなのです」
「え、失恋ってそういう話だったんですか」
そんなの恋でもなんでもない気がする。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる