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5章 エイリアン・セルフィ―
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「……ということが、今日、学校であったんですけど」
さて、それから数時間後の、いつもの場所。虚間鷹彦カウンセリングルーム。灯美は珍しく、今日の昼休みの出来事をウロマに話していた。普段は学校でのことなど、この男に話すことはないのだが。
「私、やっぱり思うんです。自分の顔写真とか、むやみにネットにアップするもんじゃないって。でも、あかねはそういうの普通だって言うし、他のみんなもやってるみたいだし……。先生はどう思いますか?」
「そりゃあもちろん、灯美さんの言うとおりでしょう。有名人でもなんでもない一般の人が、SNSで自撮りやら個人情報やらばら撒くのは、百害あって一利なしです」
ウロマもまた、今日は珍しく、灯美の意見を全面的に支持した。いつもなら、何かひねくれた比喩やら薀蓄やらで、鼻で笑われてもおかしくないところなのに。
「先生、今日はどうしたんですか? なんだかすごくまともな人間みたいなこと言っちゃって」
「はっは。自分から質問しておいて、何をおっしゃいます、灯美さん。僕は一人の大人として、きわめて常識的な意見を述べたまでですよ」
ようやく、いつものように鼻で笑って答えるウロマだった。
「まあ、おそらく、灯美さんが考えている、それがよくない理由というものは一つしかないのでしょうね。つまり、個人情報をネットでばらまくことで、何かよからぬ人に目をつけられて、犯罪に巻き込まれる可能性がある、と」
「そりゃそうでしょう。最近、そういう事件、ニュースとかでよくやってるじゃないですか。中にはネットで知り合った女の子を何人も殺してる凶悪犯もいたり」
「そうですね。まったく恐ろしい話です。ただ、実は、犯罪に巻き込まれるという以外に、SNSにはもう一つ、大きなリスクがあるんですよ。特に、アプリの機能で大幅に修正した自撮り写真をアップしている人は要注意です」
「え、なんですか、それ?」
「そういうことを繰り返していくうちに、次第に宇宙人になってしまうんですよ」
ウロマは意味深長にニヤリと笑った。宇宙人って、どういう意味なんだろう。よくわからない。
と、そこで、カウンセリングルームに相談者が来た。若い女のようだったが、つばの広い帽子にサングラス、マスクを着用していて、顔はまったく見えない。服装は花柄の七分袖のチュニックにデニムのサブリナパンツ、ミュールという、普通の若者ファッションだ。髪は長く、茶色に染めている。体つきはやや痩せ型という感じだ。
女は部屋に入ってきた直後は、無言で、落ち着かない様子だった。
「ようこそ、おいで下さいました。こちらへどうぞ、おかけ下さい」
と、ウロマが事務机に腰掛けたまま、例によって都合よく目の前に現れたパイプ椅子を指差すと、女はそこに腰掛けた。
「あ、あの、わたし……両親を説得したいんですけど、どうすればいいのか、わからなくて」
と、やっと口を開いたと思えば、いまいち要領を得ない話し方だった。マスク越しのその声は、くぐもって聞こえた。
「なるほど。何かご両親に反対されていて、それでお悩みなのですね?」
「はい。うちの親、超自己中で、全然私の話聞いてくれないんです。お金は私が用意するって言ってるのに」
「お金?」
「バイトして、ためたから」
「はあ、アルバイトを……。失礼ですが、おいくつですか? 相当お若いように見えますが?」
「十七です」
「では、そこにいる、雑用係の彼女と同い年なわけですね」
と、ウロマは自分のすぐ近くに立つ灯美を指差した。女もつられて、顔を上げ、灯美のほうを見て――とたんに、「げ!」と驚きの声を上げた。
「あ、文崎さん? なんで――」
なんと、灯美のことを知っているようだった。
そして、灯美もその声で、ようやくその女が誰なのか気づいた。
「あ、もしかして、椿さん? 中学三年のとき、一緒のクラスだったよね?」
そう、彼女は灯美のかつてのクラスメートだった。今はそれぞれ違う高校に通っているはずだ。
「椿さん? それがあなたのお名前ですか?」
「は、はい……。椿萌花《つばき・もえか》です」
萌花は再びうつむき、気まずそうにウロマに答えた。
「そうですか。では、せっかくお若い二人が運命的な再会を果たしたのです。この際ですから、マスクやサングラスをはずして、灯美さんにお顔を見せてはどうですか?」
「だ、だめです! こんな顔、見せられません!」
萌花はとたんに帽子のつばを両手でつかんで引き下げ、身を萎縮させた。
「こんな顔って……椿さん、どうしたの?」
灯美はその反応に首をかしげた。そう、灯美の記憶だと、萌花はかなり整った顔立ちをしていたはずだった。
「もしかして、顔に傷とか火傷のあととかできちゃったの? それで悩んでるの、椿さん?」
なんだか心配になり、萌花に近づく灯美だったが、萌花は縮こまったまま、無言で体を横に振ってそれを否定した。
「わ、私、超ぶさだから。文崎さんみたいな顔じゃないから」
「え、何言ってるの?」
びっくりした。全然ブサイクじゃないはずなのに。
さて、それから数時間後の、いつもの場所。虚間鷹彦カウンセリングルーム。灯美は珍しく、今日の昼休みの出来事をウロマに話していた。普段は学校でのことなど、この男に話すことはないのだが。
「私、やっぱり思うんです。自分の顔写真とか、むやみにネットにアップするもんじゃないって。でも、あかねはそういうの普通だって言うし、他のみんなもやってるみたいだし……。先生はどう思いますか?」
「そりゃあもちろん、灯美さんの言うとおりでしょう。有名人でもなんでもない一般の人が、SNSで自撮りやら個人情報やらばら撒くのは、百害あって一利なしです」
ウロマもまた、今日は珍しく、灯美の意見を全面的に支持した。いつもなら、何かひねくれた比喩やら薀蓄やらで、鼻で笑われてもおかしくないところなのに。
「先生、今日はどうしたんですか? なんだかすごくまともな人間みたいなこと言っちゃって」
「はっは。自分から質問しておいて、何をおっしゃいます、灯美さん。僕は一人の大人として、きわめて常識的な意見を述べたまでですよ」
ようやく、いつものように鼻で笑って答えるウロマだった。
「まあ、おそらく、灯美さんが考えている、それがよくない理由というものは一つしかないのでしょうね。つまり、個人情報をネットでばらまくことで、何かよからぬ人に目をつけられて、犯罪に巻き込まれる可能性がある、と」
「そりゃそうでしょう。最近、そういう事件、ニュースとかでよくやってるじゃないですか。中にはネットで知り合った女の子を何人も殺してる凶悪犯もいたり」
「そうですね。まったく恐ろしい話です。ただ、実は、犯罪に巻き込まれるという以外に、SNSにはもう一つ、大きなリスクがあるんですよ。特に、アプリの機能で大幅に修正した自撮り写真をアップしている人は要注意です」
「え、なんですか、それ?」
「そういうことを繰り返していくうちに、次第に宇宙人になってしまうんですよ」
ウロマは意味深長にニヤリと笑った。宇宙人って、どういう意味なんだろう。よくわからない。
と、そこで、カウンセリングルームに相談者が来た。若い女のようだったが、つばの広い帽子にサングラス、マスクを着用していて、顔はまったく見えない。服装は花柄の七分袖のチュニックにデニムのサブリナパンツ、ミュールという、普通の若者ファッションだ。髪は長く、茶色に染めている。体つきはやや痩せ型という感じだ。
女は部屋に入ってきた直後は、無言で、落ち着かない様子だった。
「ようこそ、おいで下さいました。こちらへどうぞ、おかけ下さい」
と、ウロマが事務机に腰掛けたまま、例によって都合よく目の前に現れたパイプ椅子を指差すと、女はそこに腰掛けた。
「あ、あの、わたし……両親を説得したいんですけど、どうすればいいのか、わからなくて」
と、やっと口を開いたと思えば、いまいち要領を得ない話し方だった。マスク越しのその声は、くぐもって聞こえた。
「なるほど。何かご両親に反対されていて、それでお悩みなのですね?」
「はい。うちの親、超自己中で、全然私の話聞いてくれないんです。お金は私が用意するって言ってるのに」
「お金?」
「バイトして、ためたから」
「はあ、アルバイトを……。失礼ですが、おいくつですか? 相当お若いように見えますが?」
「十七です」
「では、そこにいる、雑用係の彼女と同い年なわけですね」
と、ウロマは自分のすぐ近くに立つ灯美を指差した。女もつられて、顔を上げ、灯美のほうを見て――とたんに、「げ!」と驚きの声を上げた。
「あ、文崎さん? なんで――」
なんと、灯美のことを知っているようだった。
そして、灯美もその声で、ようやくその女が誰なのか気づいた。
「あ、もしかして、椿さん? 中学三年のとき、一緒のクラスだったよね?」
そう、彼女は灯美のかつてのクラスメートだった。今はそれぞれ違う高校に通っているはずだ。
「椿さん? それがあなたのお名前ですか?」
「は、はい……。椿萌花《つばき・もえか》です」
萌花は再びうつむき、気まずそうにウロマに答えた。
「そうですか。では、せっかくお若い二人が運命的な再会を果たしたのです。この際ですから、マスクやサングラスをはずして、灯美さんにお顔を見せてはどうですか?」
「だ、だめです! こんな顔、見せられません!」
萌花はとたんに帽子のつばを両手でつかんで引き下げ、身を萎縮させた。
「こんな顔って……椿さん、どうしたの?」
灯美はその反応に首をかしげた。そう、灯美の記憶だと、萌花はかなり整った顔立ちをしていたはずだった。
「もしかして、顔に傷とか火傷のあととかできちゃったの? それで悩んでるの、椿さん?」
なんだか心配になり、萌花に近づく灯美だったが、萌花は縮こまったまま、無言で体を横に振ってそれを否定した。
「わ、私、超ぶさだから。文崎さんみたいな顔じゃないから」
「え、何言ってるの?」
びっくりした。全然ブサイクじゃないはずなのに。
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