嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ

文字の大きさ
58 / 68
6章 左目のプルートー

6 - 4

しおりを挟む
「とりあえず、あなたのことをもっと教えていただけませんか。何気ないことでも、話していくうちに原因が見えてくるかもしれません」
「あ、はい、そうですね。そういえば自己紹介もまだでした」

 男はスーツの胸ポケットから名詞を出し、ウロマに差し出した。灯美が首を伸ばして見るとそこには安芸山隆一《あきやま・りゅういち》とあった。会社の名前はこじゃれたフォントの横文字でよく読み取れなかったが、肩書きは「代表取締役」とあった。

「ほほう、安芸山さんは社長さんなんですね。お若いのにご立派なことです」
「いやいや、そんなに大きな会社ではないので」
「はは、ご謙遜を。実を言うと、僕は最初からなんとなく安芸山さんの顔には見覚えがあったのですよ。今、その既視感の正体がわかりました。安芸山さんは、今から半年ほど前に、テレビに出演されていたことがあったでしょう?」
「あ、もしかして視聴されてたんですか、あれ」
「はい。ばっちり見てましたよ、わりと好きなほうの番組なのです。確か、安芸山さんは新進気鋭のベンチャー企業のイケメン社長として一時間出ずっぱりでしたねえ。まさに成功者、人生の勝ち組という紹介のされ方でした」
「いやあ、それほどでも」

 さっきまでの重苦しい表情はどこへやら。ウロマに持ち上げられてニヤニヤしはじめる隆一であった。

「番組によると、安芸山さんの会社は、介護事業者向けのクラウドサービスを提供する、いわゆるIT企業でしたね。介護業界は現在人手不足が深刻ですし、システムの合理化が期待できる安芸山さんの会社のサービスは、実に重宝されることでしょう。業績がうなぎのぼりなのも大いに納得できるものです」
「ありがとうございます。おかげさまで順調です」

 なんだかビジネストークじみてきた……。

「しかし、僕のような門外漢が想像するに、IT企業というと、どうしても残業地獄というイメージがわいてくるのです。SEたちが目を真っ赤にしてパソコンの前に終日張り付いているような?」
「ああ、よそではそうかもしれませんが、うちではそういうのはあまりないですね」
「あまり?」
「そりゃあ、忙しいときもありますので。帰宅という概念が消失する期間とでも言うような」

 はっはっはと、隆一社長は爽やかに笑った。なんとなくIT企業の闇を見たような気がした灯美であった。

「では、安芸山さんは日常の業務で、特別大きなストレスを感じることはなかったのですね?」
「ええ、そうですね。少なくとも、事故の前と後で、特に何かが変わったということはありません」
「なるほど。では、ここ最近のライフスタイルに変化はありましたか? 例えば、急に、たくさん飲んでいたお酒をやめたり、LSDのような薬物を使い始めたり、何やら怪しい健康食品に手を出したりといったことは?」
「ないです。というか、いきなり健康食品ってなんですか」
「世の中には幻覚作用のあるアルカロイドを含んだ、危ないキノコや秘密のサボテンがありますからね。海外から取り寄せた健康食品などからそういうものを知らず知らずに口に入れるとあら大変。もしかしたら、それで黒猫の幻を見ることだってあるかもしれません」
「はあ、そういうことですか。しかし、口に入れるものは、特に何も変えてないですよ。お酒だって元々そんなに飲んでないです。変なクスリにも手を出していません」
「では、アルコールの離脱症状や薬物による幻視ではないことは間違いなさそうですね」
「ゲンシ?」
「幻覚の中で、現実には存在しない像を見てしまうものをそう呼ぶのですよ。多くは、目や脳の何らかの器質的な異常、もしくはアルコールや薬物によって引き起こされます。心因性の視覚異常だと、鬱による視力低下が多いでしょう。他に、心因性視力障害なんてものもありますが、これはほぼ子供にしか見られません。また、子供に多いといえば、不思議の国のアリス症候群もそうですね。これは、安芸山さんの感じている症状に少し似ているかもしれません」
「不思議の国のアリス? 童話の?」
「はい。その童話の主人公アリスの体が大きくなったり小さくなったりすることからきているもので、目の前のものが大きく見えたり、小さく見えたりする症状です。これは何らかのウィルス感染によるもので、ほとんどが一時的なものです。すぐ自然治癒するものなのです」
「それは大人で発症することはあるのですか。私のような?」
「ありますが、その場合は偏頭痛などの症状を伴うことが多いですね。あとは脳炎とか」
「そういうのはないですね。病院で一通り検査してもらいましたし……」

 隆一はため息をついた。あてが外れて、がっかりしたようだった。

「他にゲンシとやらが考えられる病気はないのですか?」
「そうですね……。他には、失明した人が幻を見る、シャルル・ボネ症候群なんてものもありますよ」
「失明した人が幻を見るんですか?」

 お前は何を言っているんだ、という顔をする隆一だった。確かにおかしな日本語だ。

「人間の脳というものは不思議なもので、急に視力を失っても、脳の感覚野の視覚情報を司る部分は、しばらくは視覚があったときと同じように活動するのです。詳しくはペンフィールドの小人さんに訊くしかありませんが、その感覚野の一方的な暴走とも言っていい活動が、シャルル・ボネ症候群の失明者が見る幻影の正体です」
「なるほど。急にリモートホストからの応答が途絶えても、ローカルのデバイスは生きてるわけで、そこからのデータの送信はいつもどおり行われるというわけですね」

 と、IT企業の人間らしいよくわからん例えで納得する隆一だった。果たしてその理解であってるのか。

「実は、このような異常は視覚に限らず、他の感覚でも起こりうることです。例えば、幻肢痛というものがあります。幻の四肢の痛みと書きます。事故などで後天的に手足を失った人が、あたかもそれが存在するかのように錯覚し、痛みを感じることです」
「まるでさっきのシャルルなんとかみたいですね」
「そうですね。急にできた大きな情報の空白に、人間の脳は時としてバグを発生させてしまうのでしょう。まあ、飛蚊症程度のごくわずかな視覚の欠落に、脳が何かの誤作動を起こすとは非常に考えづらいところですが」
「……ですよね」

 隆一はまたしてもため息をついた。この話も自分には関係なさそうで、再びがっかりしたようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...