死痕

安眠にどね

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 職員室から近い方の、大人用のトイレは、男女に別れていない、共用のものだった。そういう時代に建てられたものなんだろう。大体、そんなに教員の数が多いとは思えないし、仕方のないところか。
 摩耶さんはぶつぶつと文句を言っていたが、そもそも水すら流れない、古い廃墟のトイレに期待する方が無駄である。

 和式が二つと洋式が一つ。さっきまでは全然トイレに行きたいと思っていなかったのに、いざトイレに来たら、なんだかもよおしてきたので、わたしも用を済ませておく。
 ちなみにトイレットペーパーは保健室から、使いかけのものを拝借してきた。あそこを拠点としていたおじさんのものだろう。
 水は飲料として貴重なので、手を洗うことはできなくて、トイレットペーパーで手を拭くしかなかった。

「……だっる」

 トイレットペーパーで手を拭きながら、摩耶さんがぼそっと呟いた。

「二、三日で警察がくるなら、無理して脱出しようとしなくてよくない? アタシあれこれ探したり考えたりするの疲れたんだけど。アンタもそう思わない?」

「それは……」

 助けがくるまで、下手なことをしないで大人しくしている、という意見は理解できる。わたしだって、あんなものを見たら、動き回らないで、じっと助けを待って居たくもなる。
 でも、それと同じくらい、何かしていないと気がすまなかった。じっとしていると、おじさんを助けられなかったときのことを思い出して、息が詰まってしまうのだ。

 それに、早くここから帰りたい。また、夜がきて、あの化け物におびえないといけないのは嫌だ。端島さんの言うことを信じないわけじゃないけれど、もし、あの化け物が教室の中にまで入ってくるかも、と考えただけでぞっとする。

 第一、二、三日で誰かが助けに来てくれるとは限らない。その可能性が高い、というだけ。なにもしないで待って、いざ助けが来なかったら、ただ時間を無駄にするだけだ。
 食料が限られている以上、元気に動ける間に動いておいたほうがいいと思う。

 と、彼女に言う度胸はなかった。質問の体をしているけれど、その実、違う意見は聞かない、という声が、聞こえてくるようだったから。
 それでも、わたしが摩耶さんと違う意見を持っている、ということは伝わったのか、「真面目ちゃんかよ」と不機嫌そうに彼女が言った。

「あーあ、肝試しに来ただけなのに。ホラー映画じゃないんだから、さっさと帰りたいわ」

 そうぼやきながら、摩耶さんは丸めたティッシュを、手洗い場の近くにあったゴミ箱へと投げ捨てた。
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