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記憶
しおりを挟む「どうしてこの庭に来てしまったの?」
海の色とも、空の色とも違う…それより遥かに美しく見える碧い瞳がアベルを優しく見つめる。
「ご…ごめんなさい……ぼく………お花がすごくキレイで……」
───『あのお屋敷の庭には近付いちゃいけないよ。お屋敷に住む魔物に食べられてしまうから……』
祖母から言われ続けている言葉が、まだ幼いアベルの頭を過ぎる。
しかし目の前にいるのは『魔物』ではなく、この庭に咲く薔薇の様に美しい人で……アベルはその美しさに目が離せなくなっていた。
「ここに来てはいけない……。恐ろしい魔物に魅入られてしまうよ」
その人は優しく微笑みアベルの手を引くと、庭の外へと誘った。
「キミは二度とここへ来てはいけない……。解ったね…?」
そう言って優しくアベルの背中を押した。
アベルは慌てて振り返ったが、そこには薔薇が咲き誇るばかりでその人の姿を見つけることは出来なかった。
少し小高くなった丘の上からアベルは崖の上に聳え立つ屋敷の庭を見つめている。
その庭は一年中美しい薔薇が咲き誇っていた。
仮令それが厳しい冬の吹雪の中でも、深く積もった雪の下に鮮やかに美しい薔薇が咲き続けていた。
『あの屋敷の庭には近付いてはいけない。まして、どんなに薔薇が美しく微笑んだとしても決して触れてはいけない』
昔から村で伝わる言葉……。
花は春になれば咲き、時が来れば散っていく。
その自然の摂理にすら従わないあの庭が異常なことは誰の目にも確かで、村の者はアベルを除いて誰一人近付こうとしない。
しかし、時々『屋敷の使い』という若い男が買い物に来るところを見ると、そこには間違いなく“誰か”が住んでいるのだと分かる。
だがその使いの男も一切言葉を交わさず、村の大人達も何も聞かない。
だから、あの異様な屋敷に住むのが魔物なのか、それとももっと恐ろしい何かなのか……真実は誰も知らなかった。
ただ子供たちはその男が何十年も前から歳をとっていないとか、旅の行商人を屋敷に連れていったとか…面白がって噂していた。
「また庭を見に行ってたのか?」
アベルが薪を集めていると親友のジェフが声を掛けてきた。
「………母さん達に言うなよ…」
「言わないよ……。けどいい加減いしとかないと、屋敷の魔物に攫われるぞ」
自分の分を集め終えたジェフがアベルの手伝いをしながら揶揄う様に笑った。
「……本当に……魔物なんていると思うか…?」
真剣に見つめるアベルの眼差しにジェフは困った様に頭を掻いた。
ジェフだって大人にそう言われているだけで、見た事も無いし…まして見たいとも思わない。
「いるんじゃねぇの?大人はみんなそう言ってるし……。それに前…アンの兄さんが“あの男”が旅人を屋敷の方に連れてくの見たって……」
「あんなにキレイな花を咲かせるのに……住んでるのは魔物なのかな……」
アベルは納得いかない、と言いたげに呟いた。
昔…もっと近くであの庭を見たことある様な気がしてならない。
そこで誰かと会った様な………。
しかし思い出そうとすればする程、夢を見た時の様に朧げになっていき思い出せなかった。
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