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お付き合い編 忍の心配

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 王宮のフェリスの執務室にて。

 王族らしい豪華な衣装に身を包み、手元の書類を確認している美形が顔を上げる。

 「なんだ。忍。おれに用事とは。それとも、シルクでなにか頼みごとでもあるのか?」

 先ほど午前中の会議が終わり、その時にケヴィンが耳元に告げてきたのだ。『シルク様がなにか重要なことをプライベートで話をしたいと……』

 だから、時間を指定して執務室に来てもらったのだ。
 このオーク材をたっぷりと使われた重厚な書斎には、男二人しかいない。
 しかも、厳重にこの部屋だけの結界が、どちらの男のものだかはわからないが張られていた。

 「マルトで飛人ひじんが出た噂を聞いたか?」
 
 白装束が似合う男が質問する。

 「ああ、こちらにも僅かだか情報は入っている」

 執務室の書机の前に静かに手を組むフェリス。

 「でも、不可思議だ、忍。お前が、前に俺に説明してくれたじゃないか。舞姫は、一人でしかありえないって」

 「……確かにそうだ。そして、おれが舞姫だ」

 「飛人は、こちらの舞姫伝説と同等に考えられている。福音をもたらすものだ。では、あちらは偽物なのか?」
 「……どうだか」

 忍はその美しい顔をちょっと曇らせた。 

 「ただ、それに関しては調査が必要だと思っている」

 忍がつぶやく。

 じっとお互いに見つめ合う眉目秀麗な男たち。

 「わかった。それでお前はどうしたいんだ」
 「俺は悪いが、ここからちょっと外出する。だから、その間、お前にはカナを守って欲しい。しばらく帰れないかもしれない」
 「おい、忍。お前がそんなことを言うなんて……だいじょうぶなのか?」

 美形のフェリスの顔が心配で歪む。

 「……大丈夫だと思う。フェリス、俺の前の話を覚えているか?」
 「ああ、この前聞いた話か……」

 ある官僚会議の後、忍とこの国の結界の護りについて話し合った。
 忍が、『おれも結界なら張れるから、お前の負担を軽くしてやる』と、唐突に言ってきたのだ。
 俺がこの国の結界を張っているという事は極秘事項中のでも、トップクラスの話だ。
 驚いて目を瞠ったが、忍の瞳はしずかに俺を見つめているだけだった。
 そうだ、こいつは神に近いんだった。
 舞姫なんだから、すべてお見通しか。
 その時、忍に念を押されたのを覚えている。

 『カナは舞姫ではない。だから、あいつがこの世界に居たい限り、俺たちであいつを守る必要がある』と……。

 「もしかして、これはカナの安否に関係あることなのか?」

 忍がちょっとため息をつきながら、ようやく返事をする 。

 「………いや、そうではないような気がするが……舞姫や飛人が二人以上いる世界の存在はありえない」

 「どうしてだ?」
 不安を抑えながら、忍に尋ねる。

 「舞姫と飛人の両立した世界は滅びる。世界は破滅だ」
 「……滅びるだと?」
 「ああ、ないんだ。この世が消滅してしまう」

 結局、忍は事実だけ述べ、詳しい名言は避けた。
 でも、忍がここまで顔を強張らせていうことだ。
 あり得るのだ。そんなことが。

 「わかった。おれが出来る限りの協力をする」

 その後、お互いに少し話しあい、別れた。
 忍はまた最後に一言いった。

 「フェリス。お前にしか、俺を越えらえるものはいない。それほど、お前にはポテンシャルの高い能力と魔力が備わっている。だから、必ず、カナを守れよ。ケヴィンとヴァンと一緒に」

 いつも高慢ちきな魔法師がこんな態度を取るのは初めてだ。
 それがおれを緊張させる。

 「大丈夫だ。俺たちでカナを守る」

 忍はにこりと意味深な微笑を落とすと、しずかにその部屋から立ち去った。


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