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お付き合い編 ヴァン団長 試練その3 事件発生

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 今日はカナと待ちにまったデートの日だ。
 なぜだかその日だけ、フェリスがカナの印を外してくれるといった。
 ありがたい。
 俺に身を任せてくれる気になったらしい。
 フェリス曰く『……これは俺の身のためでもある』と呟いていたっけ。
 そうだよな。
 いちいち他の男が接触するのを気にしたくないよな。

 だが、こうも言われた。
 『カナがおまえを選んだからって調子にのるなよ』っとも。
 ちょっと待て、フェリスは知っているのか? 
 あのカナの『初めての人お願い』発言を?!
 そうすると、もしかして、全てが理にかなう。
 あの非道なまでの仕打ち。休みなし3週間……。
 この日だけを楽しみにおれは頑張ってきた。
 いま忍が不在な中、ここでちょっと他の奴からリードを奪いたい。

 今日はカナをつれて市井のマーケットへ行く。
 俺のうちはもともと貴族だが、まあ俺自体は平民の出身といっても変わらないぐらい粗末な少年時代を送った。
 だから、市井の庶民的な賑わいは大好きだ。
 カナは、一応まだ辺境の伯爵令嬢であるからにして、一応、王宮の小型箱型馬車で市井の中まで一緒に出向いた。
 まあ、大して距離はないが……買い物とかして荷物がいっぱいになったときのことを考えた。

 質素ではあるが、可愛らしい瑠璃色のドレスを着こなした彼女が馬車から降りる。
 もちろん、俺がそのエスコートだ。
 目をきらきら輝かせながら、マーケットに溢れるお店の品々を手にとって見る。

 「すごいね。フルーツだけでもこんなにあるんだ。知らなかった」
 「本当に、初めてなんだな。ここにくるの……」
 「そうなの。行きたいってお願いしていたんだけど……ね」

 意外と自由に歩き回っていたのかと思っていたので、今日は本当に特別な日になりそうだと思い、なんだかホクホクした気分になる。

 「わ、なんだろ、この果物? 毒々しい紫色の塊!」
 「あ、それはな……この辺の森にある“あまつり”って花の実をつけるんだ。それだ。その紫の皮をむくと、中が食べられるぞ」
 「ああ、これがあまつりね。なるほど」

 俺はお店の人にお金を渡し、その皮をおもむろに剥き始めた。
 中にはその外観から想像できないほどのオレンジ色のみずみずしい果実が入っていた。
 それを一房とって、自分で味見した後、もう一つをカナの口に放り込んだ。

 「お、美味しい!なんか桃とオレンジの味が混じったみたい」
 「そっか。おまえはまだこれを食べたことがなかったんだな。よかったな。新しい味に出会えて」
 「うん。ヴァン。ありがとう」

 「じゃー、これ少しお土産で買っていくか?」と言ったので、うなずいたら、なんとヴァンは、店にあるあまつりの果実を全部買い占めた。
 もちろん、馬車には入らないので、あとでお店の方が王宮まで届けてくれることになった。

 「ヴァン!買いすぎ!」とカナはちょっと注意をしたが、このデートに浮かれた三十路の筋肉男を止めるものは誰もいなかった。

 とにかく、カナがちょっと『あ、これおもしろい』とか『あ、かわいい!』と言ったものすべて買い占めた。
 どんどん買い占めて、一応、ヴァン以外にもお付きのガードが何人か影武者のようについているのだが、その人たちが、もう馬車に荷物を置きに、行ったり来たりの大騒ぎ。
 とうとう、その護衛の一人がヴァン団長に囁く。

 「団長……申し訳ありません。馬車がもういっぱいで入りきれません。お荷物はあとすべて配送にしていただかないと……」
 「なに!そうか……しまったな。大型馬車にすればよかったな……」
なんて言っている。

 「ヴァン! さっきから言っているけど、もう買わないで! わたしがちょっとでも、いいっていうと買っちゃうだから……もう、うかうか可愛いって言えないじゃん」

 頬をふくらませて怒る彼女さえ、本当に愛おしいが、まあ、彼女の言いたいことはわかった。

「まあそうだな。もうちょっと抑える。でも、そろそろお腹空かないか?」
「うん、空いた。なにか美味しいところ、ヴァン、知っているの?」
「ああ、今日はもうすでに予約してあるから、そこに行かないか?」
「わぁ、楽しみ」

 今日予約したところは、若い騎士たちに聞いたレストランだ。
 本当はもうちょっと個室とかがある高級レストランに連れて行きたかったのだが、若い奴らが、『いやー、若い女の子なら、ここの方が好きですよ』と勧めてくるのだ。

 そこは今流行りのカフェレストランっというやつで、女性好みの野菜とデザートの種類が多いところらしい。
 騎士団の団長の名前を使い、本当は予約できないところを無理やり入れさせた。
 しかも、席は一番奥でプライベートな空間がありながらも、外の景色も堪能できる席だった。

 「わー、素敵なところだね。ありがとう。ヴァン」

 彼女がレストランに入ってから、お礼を言われる。
 それだけで、おれの心は心拍数が上がる。
 まるで、十代のやりたい盛りの少年に戻ったみたいだ。

 「ああ、カナが気に入ってくれて、よかった。食事も気にいると嬉しいが……」

 ふたりそれぞれおすすめを頼んだ。
 カナが迷うものは全部頼みたかったが、カナに『食べ物は大切にしないと! 食べきれない量は頼まないよ!』と注意される。

 ああ、こんなカミさん。ほしい。
 毎日、おれを注意してくれ。

 ふたりで料理を楽しんだ。
 ちょっとお互いに食べさせ合いなんかをしてしまい、ちょっとおじさんの俺としては、かなり恥ずかしいかったが……まあ嬉しさのほうが勝ってしまい、レストランの脇から見ている護衛のやつが、口を開けたまま、こちらをみていた。

 うるさい。見るな! と睨み返す。

 デザートもカナのすきなものを頼んで、ふたりで半分こする。
 ああ、なんて幸せなんだ。カナもこのデザートが気に入ったみたいだ。

 「ヴァン。ここのお店すごい美味しい。デザートもなんていうの。あまり甘すぎず、フルーツがたくさん載っているこのタルト、最高。ヴァンも食べてみなよ」
と言って俺の口にタルトを持ってくる。

 ああ、その手ごと食べて舐め尽くしたいが、まあ我慢だ。

 ようやく、食事も終わり、会計をすませようとしている間にカナが、
「ヴァン。ごちそうさまでした。わたしちょっと先に新鮮な空気すってくるね」と言ったので、わかったといって、彼女を先に出させた。もちろん、護衛の奴に目線を送り、二人の騎士が彼女の後をついていく。

 そして、多分、時間にしたら、たぶん、二、三分もなかったであろう。
 なぜその時、おれがいなかったのが、いまをもって悔やまれてならない。

 おれがレストランを出たら、状況が一変していた。

 護衛をしてたであろう二人の男が完全に道端で倒れている。
 そして、もう一人、近くにいた護衛が、走ってこちらにやってきた。

「ヴァン団長……申し訳ありません。カナ様が……さらわれました!」
「なにぃぃいいいい!どういうことだ」
「カナ様が出てきた瞬間、 スモークダストが舞い上がり、灰色の装束を着た者に囚われて……なにか魔法術でカナ様を取り押さえ、そのまま転移してしまったようです」

 カナが消えた?
 魔法師と一緒に?

 なんだそれ。

 今、カナにはフェリスの印がついていない。

 心臓が爆発して、痛くなる。

 「それは、マズいでは、ないか……行き先が不明だ。至急、この辺りを捜索。お前、詰所に言って、フェリス殿下に報告しろ。緊急事態だ!」

 一人のものをすぐに伝達のために近くの衛兵の詰所へ送る。
 そこには、伝達ためのものがいるはずだ。
 フェリスへすぐに伝えなければ……あいつが怒涛のように怒る姿が想像できるが……そんなことを心配している場合ではない。

 カナ、すぐに助けに行く。

 でも、なぜ彼女が魔法師に狙われる? 舞姫目的か? まだ発表はしていないのに……おかしい。



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