私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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元旦から知りたくないことが増えました。

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 元旦の朝がそれぞれの心の想いとは関係なくやってきた。美代は早くに起床し、身支度だけきっちりと整えた。朝九時に本館のダイニングルームへと向かった。そこには、シェフの松田さんが待ち構えていた。重厚感溢れるテーブルに新年にふさわしい鮮やかなお正月らしい飾りがテーブルの上にしてあった。
 そのお正月の飾りを眺めながら、美代はまた自分自身に気合いを入れる。もう昨日までは去年のことだ。全て流そうと決めた。新しい気持ちで新年を迎えなければいけない!と美代は自分自身に言い聞かせる。
 いくつかの人生の試練を美代は、受け流すっという行為で自分の心を守ってきた。もちろん、悲しくて息さえすることすら、苦痛の時もあった。真夜中に眠れないときに、世界が自分だけをこの暗闇のベッドの中に置いて、時間だけが過ぎていく。
 朝日など見えない。カーテンを開ける勇気さえもてない。しかも、終わりのみえない闇が繰り返される。しかし、それが変化する。正直、何かきっかけなのか自分では記憶が曖昧すぎてよく覚えていない。たぶん、過ぎた時間とその泥沼から手助けしてくれた人達に支えられたのだ。知らないうちにカーテンの隙間から外を覗く勇気が持てたと思っている。

 いまでも、覚えていることがある。そのときにお世話になった弁護士の人が教えてくれたこと。
 ときに悲しい気持ちや絶望は、なにをしても変わらない石のように心に残る。それは仕方がない。でも、それを時間とともに心の中で流す作業をしないとね。忘れることじゃないよ。嫌な感情や悲しみをそれこそ心の川に流すんだ。
 だから、昨日の不可解なムカつきを水に流すことにした。昔の大変だったときの事を考えれば、今の感情なんて屁のカッパだ。別に蓮司会長が誰を連れ込もうが、あちらのご勝手。ただ、わたしを巻き込まないで欲しい。自分はただ仕事をしたいだけなのだ。あんな素敵なプレゼントをもらったから、ちょっとほっこりさせられた。気をつけなくてはいけない。
 そんなことを考えていたら、声をかけられる。

 「美代ちゃん あけましておめでとう」
 「松田さん あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
 横から伊勢崎さんも部屋に入ってきた。
 「あー、皆様。あけましておめでとうございます。今日は元旦からこんな素晴らしいお祝いを一緒にいただけるなんて、本当にめでたいですね。美代様のお陰です」
 「え、伊勢崎さん。私は何もしていないですよ」

 伊勢崎はふくみ笑いをしながら、ここに不在の主人とその補佐の席に目をやる。

 「はて、遅いですね。お二人とも。いい歳をして夜ふかしでもしたのでしょうか?」

 そこにいままで七三分けの髪型しか見たことがなかった真田が、なぜかボッサボサの頭で部屋に入ってきた。
 服装も何処と無く乱れている。
 ざわつく室内。

 「真田さん!大丈夫ですか?」

 美代が真田に駆け寄った。

 「す、すみません。声をもうちょっと静かにお願いします。み、美代様! あ、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
 「どうされましたか?真田さん。貴方らしくない装いですね。何かありましたか?」

 伊勢崎さんが真田に怪訝そうに質問する。

 「で、出たんです。久しぶりにあの大原の怪物がです。やられました。でも、ギリギリで逃げ切りました」
 「え!あの都市伝説、本当なの?」

 美代は真田の言葉に唖然とする。
 美代以外の二人の男は、その怪物には心当たりがあった。なぜか気合いが入った蓮司は酒が底なしに飲めるのだ。つまり、この真田、昨日のチェスで酒を飲みながら、モンスター化した蓮司と対決していたらしい。かなりの二日酔いで今、死んでいるのだが、補佐としての誇りだけを頼りに死にそうな頭痛を抱えてこの席にやってきたようだ。
 伊勢崎も松田も詳細はわからないが、この真田が身体を張って、モンスター化した豪酒の蓮司とやりあったということだけ、その真田の言葉から察した。
 そして、その原因となりそうなメガネちゃんをじっと見る。

「え?みんなどうかしました?」

 美代が次の疑問を口に出そうかとする瞬間、爽やかな笑顔でライトブルーのワイシャツに紺色のカシミアのセーター、チノパンを着こなした蓮司が颯爽と入ってきた。

 「おはよう。みんな待たせたな。すまない。」

 それぞれが違う思いで蓮司を見たはずだか、なぜか心に浮んだ言葉は一つで同じだった。

 「「「バケモノ!」」」

 まさしく元旦の朝にふさわしいような笑顔の蓮司は美代に視線を落とすが、美代はさっとその視線を外した。蓮司は何か美代に言いたげだったが、何か諦めたように席のほうへ向かった。
 蓮司は徐ろに主人が座るべき席に腰を下ろし、皆が着席するのを見守った。

 「あけましておめでとう。去年も皆には大変お世話になった。今年もよろしく頼む。さあ乾杯しよう。」

 顔が青い真田が主人の爽快な笑顔を見て、亡霊を見たような表情をしている。
 力強い主人の言葉に、それぞれがおめでとうございますと述べる。皆にお屠蘇が配られた。松田は配膳もする為、座らないが一応、伊勢崎の前に膳は用意してあった。どうやら配膳が全て終われば、一緒に食べるらしい。
 美代は内輪とは聞いていたが、たった五人なことに驚いたし、出てきた御節も美代にとって大変豪華であったが、量的にもその種類的にも家庭的な感じがして、また、美代を驚かした。
 それを察したか、隣の伊勢崎さんが美代に話しかける。
 「この日以降、蓮司様は祝賀会の嵐ですから、量も味も家庭的で少なめにしているんですよ。あとから、お雑煮も出るはずですよ。」

 色とりどりの食材に目を奪われていた美代は、先ほどから蓮司が美代を盗み見ていたことには全く気がつかなかった。触りのない話が交わされ、死んでいる真田は胃が一切ものを受け付けないでいた。いささかベットに戻ればいいのに……。
 なぜかそこだけは言うことを聞かないのも、まあ真田さんらしいなと美代は思う。
 食事も終わりに近づき、松田も一緒に食事をしおえたころ、蓮司は美代を見つめる。

 「どうだ?身体の調子は元に戻ったか?必要なら医師を呼ぶぞ」

 急に自分に話を振られ、驚いて美代はなぜか視線を蓮司に合わすことが出来ないでいた。

 「大丈夫です。もうすっかり治りました」
 「では、初詣には行くのか?」

 美代はその質問にどう返事をしてよいか迷った。真田の前の言葉を思い出す。

 「さ、真田さんは行かれますか?」

 ボサボサ頭の真田が、ビクっと反応する。
 「み、美代様、かなり難しいです。申し訳ありません。二日酔いがまだ酷くて、自分の未熟さを感じます。」
 冷徹な視線が蓮司から真田に注がれる。真田は、蓮司会長自身が美代が蓮司よりも真田を初詣に誘ったのではないかと勘違いしているのを感じた。猛烈なやきもちの視線を感じる。ただそのやきもちが殺気となってしまうところが、御曹司、蓮司という人間だと真田は感じる。

「美代は、いつもどこの神社に初詣に行くんだ?」

 そんな真田を横目に蓮司は美代に言葉をかけた。
 自分の上司ながらこの憎たらしいくらいの甘い微笑がムカつく。なぜこの男は私が行く神社を聞くかわからない。
 水に全て流せない自分の甘さを悔やむ。
 美代は以前家族と住んでいた土地のある有名神社の名前を挙げた。なぜなら、ある意味牽制だ。ここから一時間かかるところだし、毎年初詣客の為に市内全体に車両規制がかかるところだ。電車かバスでしかいけないのだ。ここには。御曹司が人にまみれて行くようなところには行くとは思えなかった。よくわからないけど、本能がなぜか遠いところをあげよといっている。

 「わかった。準備させよう」
 「な、なんですか?準備って? あ、いや会長。たしか私!! 友達と約束しているんです!!!初詣!」
 「誰だ……そいつは?」
 怖いってその微笑みだか睨みだかわからない表情。
 「え? なんでそんなこと申告しないといけないのですか?」
 「美代。忘れたか? 契約書の内容を?」

ーーええ? また契約書?

 恐ろしいことにこの男、自らのポケットからなにやら紙を出す。
 「お前、ここ読んでいないだろ?」

ーーええ? なになに?

 『株式会社大原 (以下 「甲」 という)と 土屋美代(以下 「乙」 という)は以下の条件に 基づき雇用契約 (以下 「本契約」 という)を締結する。』 
 下の方の文章のことを指で示される。

ーーえええええ、こんな特約事項のところに小さい字読まないよ。これって、よくテレビコマーシャルとかで下に小さくみんなが読めないぐらいの注意書きだよね。なにサイズなの、このフォント!!
 
 その細いアリのような字を読み解く。
 『乙の直属の上司は、大原蓮司のみとする』
はいはい、知っているよ。うんざりするくらい……
『乙は、己の業務についての守秘義務があり、それを守る必要がある』
そーだよね。それはあるね。もちろん、ティッシュとかペンとか色々あったからね。わかりますよ。
『乙は、その友人関係をすべて上司に随時報告する義務がある』

ーーおい! なんだ? それは!!

『それに違反した場合、上司の判断で罰則を与えられる』
なっ なんと!!!罰則ってもしかしてパンツ事件とか?よくわからない……

「すみません。あのこの罰則って何ですか?」

視線を上げると、そのキレ長い目を光らせて、その問題がありありの契約書に記名してある上司、大原蓮司がニヤッとその美しい口角を上げる。

「知りたいか?」

ーーひぃ!!本能が訴える。危険人物。回避せよっと。

「い、いえ!!!知りたくないです」

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