私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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セレブの買い物はラック買いが基本らしい

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 どんどんと嵐のようにドレスやら、ラックごと洋服が持ち込まれる。

 着せ替え人形ごっこが続けられて、見ている七瀬も、最初は「おお!すげぇっ」とか、「まあ、ちょっとそれやり過ぎだろ」とか言っていたのに、10枚目辺りから、うたた寝をしている。

 美代は正直怒れなかった。
 まるで借り物競争のようだ。

 そこでジャスティンが声をかけた。
 歩美になにか話している。そして、それに同調したようだった。

 試着室から見えないが繋がっている豪華な部屋には、美代が試着したものと、それに似た洋服がドンドンとラックに掛けられていく。
 かなりの数の洋服がかけてあった。
 それをジャスティンが指で指し示す。

 『ミス 小松原、決めました。その一連のシリーズいただきます。彼女によく似合っている。小物も合うものがあったら入れてね……』

 『ありがとうございます。直ちにお包みします』

 ジャスティンが自分のブラックカードを財布から取り出そうとした。
 それを歩美が止める。

 『アユミ? ここは僕からミヨにプレゼントだよ……』
 『……あんたは全くわかってないわね。違う男からのプレゼントの洋服をあいつが許すわけないでしょ……。男のプレゼントを、タダでほど怖いもんないわ!』

 歩美が小松原と呼ばれる人に耳打ちをした。
 彼女が驚愕の顔をして、歩美を見つめる。

 口元に人差し指を当て、静かにという動作をした。

 「か、畏まりました……今聞いて参ります」
 「お願いね……」

 「大丈夫なの? 歩美ちゃん!」
 「心配しないで……まあちょっといざこざあるかもしれないけど、まあ気にしないで!」

 「「え? いざこざ?」」

 ちょっと起きた七瀬と美代が当惑している。
 もう警察の世話になるとか、困るのだと美代は思う。



****

更衣室での出来事 ~ 美代の気持ち

 皆から見えない更衣室では小松原と美代のバトルが始まっていた。
 さっきからとんでもない金額の洋服を着ろと、この美しいお姉さま、もとい、小松原さんがにっこりとした笑顔で脅迫してくる。
 もちろん、言葉遣いも綺麗だ。
 「ぜひ、お似合いになりますから! どうぞご試着下さいませ」

 うーーん、未だも1980イチキュッパのものでも、試着しないで、ダラダラときこなしている美代にとっては、拷問だった。本当は、ちょっと小洒落たところまでとは言わないが、庶民的なモールで、なにかアドバイスをもらって洋服を揃えられたら、いいとは思っていたのだけど、なぜ、こんな、値段が自分の月給に近い、いやそれ以上のものを試着をしないといけないのだと思う。

 こっそり恥を忍んで、この小松原さんに試着室のドアを少し開けて話す。

 「……あの……小松原さん、実はですね…………」
 「なんでしょうか? おサイズがお合いになりませんでしたか?」
 「いえいえ、違います。本当に残念なんですが、私、ここの服を買えるお金……持ってないんです……すみません……」
 「…………」
 「あの、おかしな友人に乗せられて来ちゃったんですけど……もう帰ります」
 「!!! いえいえ、そんな土屋さま、とんでもないです。ご購入されなくても、全くいいんですよ……」

 だってあの世界的スターが、後ろについているんだから、この金ヅル、いやもとい、シンデレラ少女をこのまま何も変身させて帰らす訳にはいかなかった。それに、段々とこの美代と呼ばれている子と話していると可笑しくてたまらない。

 基本、このお店に入ってくる時点で、かなりのお金持ちということが前提にある。
 なぜなら、扱っている物の平均金額が普通ではない。
 拝金主義の象徴と比喩される我がブランドのロゴマークだが、本来は伝統工芸を守りながら時代を先取りする服装、最先端かつ、ファッショナブルという理念を元に、その職人の歴史や技術を後世に残す為に、開始されたものであった。それを小松原は、お手伝いしたいという気持ちで接客をしている。だが、この少女は、まあ面白いほど、その商品に食いついてくるのだ。

 「な、なんですか? このジャ、ジャケット様は!! ひぃーーー! なんという値段なんですか? 小松原さん、もしかして、け、警察呼んでます? 自首します!!」

 「…土屋様、落ち着いて下さい。試着だけで、捕まるようなことはございません……」
 「……着たら解放してくれます?」
 「……もう少しだけ、お願いします」

 美代は悩んだ。
 ど、どうしようか。
 食い逃げで、よくお慈悲で皿洗いとかして代金を返す昔の漫画を思い出す。
 ないな……。
 確実に警察様にご厄介になる、今の時代では……。

 でもこんな高級店で、試着逃げっていいのか? 
 泥棒はもちろんする気もないが、こんな着させていただいて、何もお返しが出来ないとは、結構、美代には辛いものだった。
 うー、金なし、洗える皿なんてないし………。

 あ、一個だけあった。

 「小松原さん! ありました!」

 「え、お気に入りの品がございましたか?」
 「お、お掃除です!」

 (え、今年の春夏コレクションに掃除のテーマなんてあったかしら)
と小松原は考えた。

 キラキラと目を輝かして、美代は答えた。
 「あの、こんな高級店で申し訳ありませんが、私、かなり床ふきとか、ポリッシャーがけとか得意なんです! ですから、お掃除という体を使ったご奉仕して、このお礼をします!」

 小松原が唖然としながら、ようやく美代の意図を理解したようだ。
 苦笑いとともに、なんだか、本当にこの少女を変身させてみたくなった。
 きっと二十歳そこそこなのに、床拭きが自慢って、まるで本当の灰かぶり姫シンデレラみたいなのだ。この子は……。

 「……いえ、いいんですよ。きっと土屋様のお友達はとても貴方の変身を見てみたいと思っているんですよ。もう一度だけ、私、小松原に付き合って下さい……」

 小松原は、プロとして、いや、単に普通の女性として、この若い女性の手助けをしたくなってきていた。正直、そんなピュアな心は、結構前になくなっていたと思っていたが、意外にも自分には、まだそんな気持ちがあるんだと驚かされた。

 ジャスティンからリクエストのあった、甘めの感じの春から夏用のワンピースを着させた。
 大きめのフリルが女の子らしさを、そして、ちょっとぴったりした腰回りが大人の女を表現していた。
 意外にも、髪型とお化粧はともかく、眼鏡っ娘によく似合っていた。
 流石、ジャスティン、女を見る目があるわねと、小松原も感心する。

 「……すごい、このワンピ、なんか魔法みたいですね。素材が悪いものでも、なんだかすごい偉い人になった気がします!」
 「……とてもよくお似合いですね……」
 「小松原さん、これってどうやってこんなすごい物が作れちゃうんですか?」

 今まで生地や素材の話はした事があったが、製造過程まで聞かれたことなんて初めてだった。

 わかる範囲で、どのような工程を踏んでいるか教えると、美代と呼ばれる子はいたく感動していたようだった。

 「この生地の製造過程からデザインなんて………、すごい。きっと物凄いやり手の職人さんがいるんでしょうね……」などと感心している。

 それから、仕方なく、ジャスティン達の元に行き、仕方なく見せるという感じだった。

 そのうちに、本人が見てみたいという洋服を持ち込み、着ないで、ふむふむとか言って、感心しているだけだった。だから、たかが10着程度の試着でも、えらい時間がかかってしまう。
 でも、小松原は、嫌ではなかった。なにか今までちょっと忘れていたメゾンの誇りのようなものをこの、ひたすら、お金がないので、買えませんと言い張るおかしな少女が教えてくれたような気がしたのだ。

 「す、すごいです!! 小松原さん!!」
 「な、どうされましたか!」
 「こ、こんなズボンの形、ど、どんな裁断してんですかね。すごいですよ。このカーブ。ああ、元の形見てみたい! きっと物凄い斬新なパターンなのかな……! ちょっと、小松原さん、着てみて下さい! 私じゃー、足の長さが足りない!」
 よくわからないが、自社のズボンとジャケット着させられた。

 「うわーー、すごい。今まで小さなものしかお裁縫してこなかったけど、このシルエット、まるで……」
 「……まるで、なんですか?」
 「靴ベラのような美しい曲線です!」

 ガクッと肩を落としながらも、小松原は姿勢を正した。
 もうちょっとで試着は終わりそうだった。

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