アサシンとよばれた公爵令嬢エルの物語

たまる

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アデリアのアサシン

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 「お前、私の娘にならないか?」

 この黒い外套を慇懃な振る舞いで横にやり、わざわざ自分の格好がよく見えるかように脚を組んで座る男を見た時、囚人番号三十八、エルはイラっとした感情を抑えられなかった。
 だが両腕は腰の後ろでチェーンで巻かれ、五人の物々しい刑務官達が横に付いていたから、まあ少しは大人しくしていた方が得策かも知れないと感じる。ただでさえまずい食事が独房では人が食えるもの以前の物体に変わっているのだ。それだけは、よほどのことがない限り勘弁して欲しかった。
 
 今朝いきなり面会を要求するヤツがいると言われ、檻の中から叩き起こされたのだ。
 考えろよ。早朝すぎる。
 その原因になった男を睨んだ。

 「ここから出たくはないのか?」

 その男の顔は見えないが、低音のボイスで話し掛けてくる。男は深いフードを被っているために、その表情さえ見えない。

 「……ふんっ、人と話す時は普通、顔ぐらい見せるもんじゃないの?」

 言った瞬間、後ろからぐっと後頭部を押された。

 「お前、公爵様にそんな口の聞き方はないだろう!」

 刑務官の一人がその囚人の顔を床に叩きつけた。
 頭蓋骨に鈍い音が響く。

 「お前達、余計なことはするな……。お前が、エルか?」

 フードの中の黒い瞳が光る。

 「……」

  どうせろくでもない話なんだろうと思って無視した。もう何回も、何千回も同じ質問をされたのだ。

 『白状しろ、あの時、何が起こってお前が生き残ったんだ!』

 聞き飽きたとはこの事だ。
 煩くて堪らない。
 ふざけた甘い話で自分の気を引こうだなんて百年気が早いんだよと言いたくなる。
 誰がこの極寒の罪人の死に場所からなるものを見つけようとするのだ。それなら場所が完全に間違っていると思う。また同じような質問が繰り返されるのかと思い、意識を飛ばそうとした。
 また拷問と質問なら、意識がないほうがいい。
 そんな私を見透かしたのか、この公爵と呼ばれる男は話を始める。

 「信じないかもしれないが、お前があの本当のエル、いや、エメラルド・ミューゼなら、私はお前をここから出して引き取りたい……」

 久しぶりの名前を言われて口が開いてしまう。

 「何、言ってんだよ。お前の狙いはなんだ?」

 馬鹿馬鹿しいやりとりだが、この男から感じる殺気のようなものに惹かれた。自分でも笑ってしまう。男の殺気に惹かれる女など他にいるのだろうか?

 「エル、お前の容疑は眉唾ものだ。誰もお前が反国家分子の一員とは思っていない。実証も目撃もないのだ。しかも、あのとき、自分は村人ではないと証言したが、無視された。そして、お前はわずか十三歳……。それを何を恐ろしく思ったか、我が国王は、お前をこのダッカ島にまで追いやった。あの王は何かに囚われているんだ……それから、三年の月日がたった」

 「……」

 ただこの男の話を黙って聞く。内容よりもその落ち着き方に目がいく。公爵というぐらいだ。貴族なのだ。やわ男かと思いきや、この刑務官達も決してお上品とは言えないような輩だ。中には虫ケラ以下のやつもいる。でも、そんな中にいようが全くその口調さえも崩さない。

 面白い。

 なぜだか、これから国家機密の話しだからと言って刑務官達を下げさせる。
 不安そうに、心配と警告を繰り返す刑務官達に自分は大丈夫だと説明する。
 もう一人、影武者のような付き人が、これもまたフード付きで私の後方に待機していた。
 しかも、左側の下方にいる。

 なかなか使えるやつだと感じた。

 私の動作から右利きと悟ったのだろう。
 後方の左側だと、一旦ターンをして体制を整えるので、数コンマ時間がかかる。奴はそれでさえも計算しているかのような絶妙な距離感で構えていた。
 まあこれは足が自由に動けないものを想定してだろう。
 刑務官が全員出た後で、公爵は話し出す。

 「ただ、お前が只者でないことも知っている。……アデリアのアサシン……」
 
 久しぶりに聞いた名前に眼を見張った。

 
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