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二、勇者たる人

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 歓談の席、なのかしらねぇ……。

 手狭なお部屋に、こじんまりしたテーブル。

 お料理は中途半端。しかも冷めてるし。

 侍女も一人、お茶を淹れてくれるだけ。

 というか、絶妙に離れてて頼みにくい上に、淹れてくれる気配が無いんだけど。

 もうちょっと豪華な……せめて最後の晩餐なんだし、いちおう勇者が居るから……期待しちゃったのになぁ。




 ごはん……不味くもないけど……なんだろう。教会のご飯がすでに恋しい。

 って、このまま即、出発じゃないよね?

 せめて私の、聖女の杖とか宝石とか、とかとか。

 ……だけど、追い出す気なら着の身着のまま、このドレスのまま……ありえるのが怖いなぁ。



「あ、あの。セレーナ。これ、美味しいよ」

 勇者の声は少し低めなのね。さっきはちゃんと聞いてなかった。

 服は……とんでもなくダッサいけど。こんなダサいの稀に見るわね。

 この国にこんな金ぴかスーツあったんだ。

 着せられた感もすごいし。意地悪な侍女に遊ばれたのかしら。



 あー、意外と背は高い……か。

 顔はパッとしないけど、黒髪に黒い瞳って珍しいわね。

 短髪なのは良し。

 食べ方は……まぁ、品はないけど、汚くはないわね。



「そうなんですか? ではそれ、私も頂いてみますね」

 うーん、おい……しくは、ないと思うけど。

 味、うっっすいわよね。

 これ絶対、私への嫌がらせ込みのお料理だよ。

 勇者に巻き込まれたけど、私も巻き込んでしまったかぁ。ごめんね?

 謝らないけど。

 まあ、食べ物に文句言う人よりはいいか。そこはとても良いと思う。




「あ、これも美味しいなあ。こんなに歓迎。してくれるなんて、嬉しいな」

 こんな粗雑な扱いが歓迎……ねぇ。

 何も知らなければ、そう思うのかしら?

 ていうかこっち見てないし、ひとり言?

 でも、こんなに大きなひとり言は無いわよね。

 目を見てくれないから、分かりにくい。



「えっと。勇者様は、旅をしたことが?」

 私は布教のために各地に行ったことがあるけど、何もかも全部司祭達がしてくれたから何も出来ないわよ?

 あなたが旅慣れてないと、食べることも寝ることも出来ないからね?

 あ。そういえば、この人の名前何だっけ。



「ごほっ! ごほごほ!」

 あら、勇者がむせちゃった。

「あぁ、お水をどうぞ」

 頼りない感じ……やだなぁ。

「ごほっ。すみませっっんぐっ」

「あの、落ち着いてからで結構ですよ?」

 変なとこ入っちゃったか。

 治したげようか、話もできないし。

「ちょっと失礼しますね」

 喉の辺りよねぇ……触りたくないから、手はちょっと離してよっと。




「あ。あれ? すっとした! セレーナ、何か、してくれたの?」

 こいつ、最初から呼び捨てで気安いのよ。

 だから何か、カンに障るんだわ。

「えーっと、勇者様。私達ってまだそんなに親しくないのだし……呼び捨てるのは、ちょっと」

 ストレートに言っちゃった。

 けどまぁ、ずっと清楚を演じてるのも辛いし、ね。



「あっ。ああ、ごめんね。ぼ、俺って、人と話すの苦手で……でも、セレーナさんだと、他人過ぎるかなって……ごめん。何て呼べば、いいかな」

 ははーん。

 ……いや、よくわかんないなーこの人。なんかヘンだし。

 ちょっと強めにいっとけば、後々の関係が楽になるかもだから、ハッキリ言っちゃおう。



「えっと……普通に聖女様でいいでしょう? まだお会いしたばかりなんですし」

「あっ。ああ、そ、そうだよね。ごめん。距離の詰め方、おかしいよね、ごめんね?」

 あ~、なんか、私わるい子な感じか。

 でも……うーん……。




 どうしよう、何かイラっとするけど、罪悪感増し~な、この感じ。

「あ~……その、言い過ぎました。旅してる間に、仲良くなったら変わるかもです。よ?」

 調子狂う~。

 司祭達も教皇様も、わりとガッツンと返してくるか、完全に下手に出るかだから。

 こいつ……おほん。この人のナヨっとした感じ、初めてだなぁ。

 大丈夫かな、ほんとに。



「あり、ありがとう。そう、だよね。聖女様……よ、よろし、いやその。改めて、よろしくね」

 カミカミだし……。

 ていうか、目を見ないで胸を見てるのが腹立つのよ。



「勇者様。目を逸らして胸を見られるの、すごく不快なんですけど」

 ナヨナヨカミカミのくせに、性欲だけはいっちょ前かよって思う。

「ご! ごめん! そんなつもりじゃ、なくて! その、目を逸らしちゃうんだ。で、下を向いてしまう。だけど、胸を、見てるわけじゃなくて。でも、ごめ、ごめん!」

 はぁ~?

 見てたのはこっち分かってるのに、言い訳とかだっさ。

 うざいと思っても、仕方がないよね。

 意味わかんないんですけど。



 ていうか、どこから召還されていつ来たのか知らないけど。

 同情とかしないから。

「そんなつもりがなくても、見ていたのは分かってるんです。目を逸らすなら、もっと別のところを見ればいいでしょう」

 なんだこいつ。

 嫌いだ。

 失礼だし、エロくてきもくて、最悪。

 これと二人旅とか、絶対にごめんよ。



「ほ、ほんとに、ごめん。こと、言葉も、うまくなくて。その、性格も、引っ込み思案なんだ。ここに来て、たくさん怒られたから。なおしてて……」

 はー?

「言い訳ですか? ていうか、言葉……って、分からないの? もしかして、召還された人って言葉が分からなくて、それで覚えてる最中なの?」

「えーっと、う、うん。そう。だから、早口はまだ、ちょっと聞き取れないんだ。あと、簡単な言葉しか。まだ」



 そ……そうなんだ。

 それは何か、悪いことしちゃったわ。

「きつく言って、ごめんなさい。事情、知らなくて。……でも、胸を見るのは別よ。言い訳しないで」

 そう、ほんとに見られるのって、嫌なのよ。

 見せたい人も居るみたいだけど、私は違うの。

 このドレスは悪趣味な教会仕様なだけ。

 だから、余計に腹が立つ。



「ごめ、ごめんね。目線は、気をつける。たぶん、集中するのに、下を向いてしまって。気をつける。ごめん」

 ……本当みたいね。

 焦って、余計にカタコトになってるじゃない。

 なんか私、八つ当たりもしてたかも。



「その……言い過ぎました。言葉も、なるべくゆっくり話します。目線も……気を付けてくだされば、それで結構です」

 ……でも、この状態で二人旅かぁ。

 絶望しかない。



 いや……まてよ?

「ねえ、勇者様。どうして二人旅を希望なさったんですか?」

 全部こいつのせいじゃないのよ!



「ああ……それは、皆が、そうした方がいい、からって。優しい人で、大丈夫だから。って」

「えっ? え? ええ?」

 ……国王め、勇者のせいにしたな。

 あいつ……あいつは呪ってやる。

 聖女の祈りは、呪いにも使えるんだから。



「あの何か、ぼ、俺のせいでごめん。俺、一人で行くよ。きっと、邪魔だって、分かってるつもり。だから、大丈夫。聖女様は……家に帰って。ね」

 あー……。

 この人、絶対にお人好しなアレで死んじゃうアレじゃないのよ。

 なんか、憎めないなぁ。



 くそぅ……もっと、事情を聞いてから怒るんだった。

 ほんと罪悪感。

「……いいえ、勇者様。私も捨てられたんです。だから、一緒に旅しましょう。世の中の事は教えて差し上げますから、道中の事はお願いしますね? 私、旅支度とか分からないんで」

 先が思いやられるけど、私が体よく捨てられたのも事実。

 この人と、とりあえず頑張っていくしかないのか……。


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