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二十一、その仲間 神格と為りて今は亡き

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「はい。ちゃんと着たわよ」

「本当だろうな……」


 淫靡な雰囲気の部屋で、下着姿でも襲って来ないのは……やっぱり、信じてもいいのかな。

 魔力が切れかかっているのもバレてるはず。


 本当に、教皇様みたいに、信じてもいい人なの?

(……疲れてるのね。短期間で人を見抜くなんて、出来もしないことを考えても無駄なのに)




「お料理、冷めちゃう前に頂きましょ」

 食事を摂って、少しだけ仮眠して、それから……。

 もしも、仮眠中に襲ってきたら光線魔法で……。




「セレーナ。俺の魔力を分け与える事は出来ないのか? 吸い取るでも何でもいい。枯渇状態で朦朧としてるじゃないか」


「……出来ないわ。それに、人の魔力を吸い上げるなんて危険なことよ? よほど長けた人でも、分けたり分けてもらったりは難しいの。波長やら何やらを同調させずに行ったら、お互いに拒絶反応で体の組織が……破壊されるの。間違えても私にそんなことしないでよ?」


 どんなに強くても、魔力や魔法の知識は少ないのかしら。攻撃特化というやつ?

「ああ。出来ない事はしないさ」




「……おいしいけど、食欲がないわ。少し寝る」

 なんだろう。急激に眠く……。

 会話をするのも億劫で、喋るのも苦痛なくらい。



「ああ。ゆっくり眠るんだ」

 まさか……お料理に、眠り薬…………。





   ××





「こんなに疲れているのに。安心させてやれなくて、すまない」

 ゲンジは、十日ほど一緒に旅した少女に、そっと毛布を掛けた。

 そうして自分は、入り口のドアに背を預けて床に座する。




「敵意の探知魔法は、この世界には無いんだろうか」

 一人ごちると、ゲンジも仮眠を取るべく目を閉じた。

 ……しかし、しばらくするとうめき声が聞こえ出す。



 助けて。やめて。そんな言葉を、絞り出すように苦悶する少女の声。

「セレーナ?」

 ゲンジは飛び起きた。そして少女の顔を覗き込むと、眠ってはいるが酷くうなされている。




「……可哀想に」

 椅子を寄せ、ゲンジは少女を見守るように腰を下ろした。

「……起きてくれるなよ?」

 そう言うと、彼は拳を自らの額に当て、強く祈るように何かの言葉を紡いだ。

 それは隣に居ても、聞き取れないほどの小さな声。




「幻神招来」

 最後に少し、はっきりと唱えた。

 すると、そこに居なかったはずの男が、ゲンジの隣に立っていた。




 それは聖職者のような衣を纏っている。

 漆黒と金の装飾糸で紡がれた物で、高位の何者かだった。

 顔は、まるで頭巾か何かを被っているようにも見えるが、闇が覆っていると形容したほうがしっくりとくる。

 鋭い双眸だけが、しかし優しく光る。




「……宗善ムネヨシ、この子の悪夢を払ってやってくれ」

「おう、珍しいな。悪夢ごときで俺を呼び出すとは」

 物々しい姿の割に軽快な口調の男は、ムネヨシと呼ばれた。

 声は少し高い部類で、どこか飄々とした印象に変わる。




「ああ。ストレスと……魔力枯渇でうなされている。せめて夢くらいはと思ってな」

「ほほう? 源次もそろそろ……。いや、無粋であったな」

 ムネヨシは、ゲンジをからかおうとして止めたようだった。

 雰囲気を察する方を優先したらしい。




「構わないさ。だがこれは、友の頼みを聞いているだけだ」

「またか。お前は他人のためにばかりで、自分の事をもっと考えればよかろう」

 そして、ゲンジの言葉に呆れたかと思えば、おもんぱかり説教じみた事を言った。




「確かにな……だからこれを最後に、一人静かに暮らそうと思っている」

「いや、そうではなくてだなぁ……」

 お互いを知っているからこそ、言い難い事があるのだろう。踏み込もうとして、ムネヨシはまた言葉を思い止まった。




「言いたい事は分かっているさ。だが、俺は妻と子を忘れられんのだ」

「かぁぁ。それを言われると何も返せん。だが、忘れろとは言わんが……背負い過ぎてはご妻子も天で心配しておろうよ」



「言うな言うな。側に居てやれなかった俺が、一人だけ気楽に生きるなど出来ない」

「はぁ。お前は真面目過ぎるのだ。お前の状況では、誰であっても防げなかっただろう? それを悔やむなとも言わんが、いい加減に……」



 ムネヨシは、心底からゲンジを心配している様子だった。

 その声に力が籠っていく。





「大きな声を出すな。この子が目を覚ましてしまう」

「ぬぅ……。だが、お前が俺を呼び出す回数が少なすぎるのだ。言える時に言っておかねば、お前はどんどん苦難の道を行く。見ておれんのだ」



「そんな事より、この子に俺の魔力を分けてやってくれ。得意だろう?」

「あぁ、あぁとも。何だって出来る事はやってやるさ。だが、俺の言葉も聞いてもらうぞ?」



「静かに。小声でなら聞いてやるから」

 二人が旧知の仲である事が、十分に知れる会話が交わされていく。

 そして少なくとも、二人が少女を見守ろうとしている事も。




「……それより、この娘は何だ? 年の割に酷い目に遭っているぞ」

「ああ。小さな頃から男の欲望に晒されたのだろう。幸い、汚されてはいないようだが」


「そのようだな。この教皇のような男が親か? 色々と実戦的な事を教えたようだな」

 ムネヨシは、少女の額をじっと見つめては、その過去を見ているかのような事を言う。




「宗善の力は便利だな。どうすればこの子に信用してもらえるかも教えてくれ。今のままでは、俺を信じられずに無駄に警戒していてな。そのせいで疲れさせてしまっている」


「クックックッ! 相変わらず言葉少なくて誤解されておるのだろう。顔立ちも、優しさよりも武人そのままの、厳めしい成りだからなぁ。モテていたのは年端のいかぬ幼子からばかりで、年頃の娘からは嫌われておったな! ハッハッハ!」

 ムネヨシは、ゲンジの言葉を半ば無視して笑い飛ばした。




「声が大きいぞ」

「ああ、すまんすまん。だが、魔力の譲与も終わったぞ。えらく魔力量の多い娘だな。人間か?」

「さあな」

「またややこしい事の上に、さらにややこしい事に首を突っ込んだのではあるまいな?」



「そこまでではないだろう」

「お前のその言葉はアテにならん。困ったらすぐに俺を呼べ。人前だろうと隠す必要もなかろう」



 ゲンジを想う気持ちは本物で、冗談じみた言葉の裏にも、必ず彼を気遣う心があった。

 真剣な言葉でも受け取ってもらえないと分かっていて尚、彼の苦悩を何とかしてやりたいと考えている。

 そういう態度が分かるからこそ、ゲンジも素の部分を見せている。

 そう見える間柄だった。




「お前は話が長いから嫌だ」

「誰のせいで長くなると思っておるのだ」

 そのやり取りは、長年の友だからこそ。




「もういいぞ。用は済んだから帰れ」

「――のう、源次よ。良いから女の一人や二人囲っておけ。そうすれば、お前の傷もいつか癒えよう」

「……そんな気にならんと言っているだろう」

「頑固なやつだ……護るものを持てといつも――」



 最後に残す言葉は、いつも同じらしかった。

 言い切る前に、ムネヨシの姿は輪郭だけを残し、そして次の瞬間には何も無くなっていた。




「相変わらず、小うるさいやつだ……」

 ゲンジが返す言葉も、決まり文句らしい。

 彼が消えてから、一人ごちて少しだけ、微笑んでいるようだった。


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