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二十五、思惑のはずれ

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 今日は、久しぶりに聖女のドレスを着た。

 真っ白で、、少し胸の開いたシルクのロングワンピース。


 教会が大好きな、植物の蔓をモチーフにした刺繍が見栄えを良くしている。

 サラサラな肌触りだから、旅服よりも着心地がいい。




「セレーナ。それで歩くのか?」

「うん。今日は気分を変えようと思って」

 大人っぽく見えるのは、断然こっちの方だからね。




「それは胸が見えて嫌だと言っていなかったか」

「えっと……ゲンジならジロジロ見ないと思って」

 むしろ、意識させようと思ってるのよ。

 大人の力を見せてやるんだから。




「まあ、行き交う旅人も居ないだろうしな」

 とか言って、見向きもしないわね。


 せっかく着たのに、可愛いのひと言もないし。

 でも……休憩の時ならかがむことも増えるし、少しくらい意識するでしょ。


 それに身長差からして、こっちを見て話す度に胸元が視界に入るはず。

 何度も話しかけていれば余裕よ。

 


 ――と、思っていたのに。

 さすがにやっぱり、ロングワンピースは歩きにくい。

(旅服に着替えたい……)


 お昼になる前に、すでに面倒になってしまった。

 だって、ほんの少し前を行くゲンジは全く意に介さずで、話しかけても軽く横を向くだけ。


 目が辛うじて合うくらい。

 せっかくこれを着た意味が、全くない。

 ただ歩きにくいだけ。




(お昼の休憩で着替えよ)

 それに今思えば、谷間を見せるなら旅服でも出来たはず。

 暑いからとか言って、ボタンを外しておけば良かったのよ。


「はぁ。やっぱり後で着替える。思ってる以上に疲れちゃうみたい」

 そうだ。どうせなら隠れ切らない場所で……。


 ――いや、そういう気の引き方で、合ってるのかな?

 そもそも、子ども扱いが気に入らないだけで……。




 ゲンジには、奥さんも子どもも居たのだし。

(うん?)

 そういう意識の仕方じゃないってのに。


 ああ、でも……味覚が無いの、気になってるんだな、私。

 ご妻子を亡くしてから、味がしないって。

(治してあげたいなって、ずっと思ってる)




 まあ、ゲンジは悪い人じゃなかったし。

 何なら、頼りになるし。


 教皇様以外で、気を許した人は初めてかもしれない。

 この人って、どこかおじさんくさいと言うかお父さんみたいというか。


 お父さんが居たらこんな感じなのかな。って、思わせる。

(……私って、おじさんとかお父さん系が好きなの?)




 いやいやいや。

 単純に、居ない存在への憧れがあるだけ。


 もっとこう、かっこよくてスマートで、女心の分かる人がいいわ。

 その点、ゲンジは鈍いというか……。


 どこか、ずっと遠くばかりを見ていて、寂しげな背中が切ないというか。

(むぅ。なんとなくほっとけない。っていう感じがするのかな?)


 今も、ずっと遠くを見て歩いてる。

 でも、じっと見てると視線に気づくのか、時々……肩越しに私を見る。




 ほら、今みたいに。

「ちゃんと付いて来てるわよ」

 その視線に声をかけたら、口の端だけで笑って、それで返事をした気になってる。


(扱いがぞんざいなのよねぇ)

 だからか、次はもっとリアクションさせてやる。とか。


 少しは思ってみたり、みなかったり。

 構って欲しい子ネコかっ。って、自分で突っ込んでしまうわね。




「はぁ……」

「どうした。そろそろ疲れたか?」

 別に、ずっと疲れてるけど。


「そう思うなら、せめて手を引いて楽をさせてよ」

 そうだ。手を繋いで引っ張ってもらえば、ほんとに少しは楽なのでは?


「ふ。まあ、昼の休憩までの、少しの間だけだぞ」

 あら、言ってみるものね。




「って、きゃあ!」

 手を引くんじゃなくて、抱えられてしまった。

 ――お姫様抱っこに。




「な、何するのよ」

「言っただろ、少しの間だけだ」

「そうじゃなくて」


「その服、歩きにくいんだろう? 後で着替えるんだな」

「……分かってたんだ」


「そりゃあ、文句も言わずに一生懸命歩いてればな」

「どういう意味よ」


「いつもなら、疲れてきたら文句を言うのに。言わないからさ。きっと自分で選んだ手前、何も言えずに我慢してるんだろうってな」

「う。……その通りね」


「ハッハッハ」

 すごく恥ずかしいわ。この抱えられ方って。




 初めてされた。

 ほんとなら、なんかもっと、かっこいい人が良かった……?


 かな?

(ううん。ゲンジでも……まあ。悪くないわ)




「あれ? ゲンジってこんなにゴツい感じだったっけ」

 最初に見た時は、もっと細くて頼りない印象だったのに。


「ああ、まあ。ちょっと体を使えば、戻るのは早いらしい」

「うん?」


「元はな、もっと鍛えた体だったんだ。召還される時に失ったというか……な」

「な。って言われても……。あなたって時々、意味の分からないことを言うわね。もう慣れてきたけど」




「すまない」

 また謝る。


「あなたは謝ってばっかりね。別に責めてないのに。隠し事のことなら、言いにくいこともあるのかなって、少しは気遣ってるつもりよ」

「……すまない」


「もう。謝んなくていいってば。……その代わり、もう少しこのまま居させて」

 なんだか、意外と落ち着くのよね。




「こいつはやられたな。ああ、いいさ。これもトレーニングになりそうだしな」

「ちょっと、重いならいいわよ」


「いや、別に重くは――」

「重くは?」


「ない。軽いもんだ。ずっと抱えていられるくらいにな」

「へぇ~? それじゃ、どのくらい抱えていられるか試しましょう?」




「……おい。まさか誘導尋問じゃないだろうな」

「なんのことかしら」


「……ふ。いいさ。その代わり昼飯は抜きだな」

(う。そう来たか)

「どうしよっかなぁ」


 楽ちんだし、このままお昼寝してやろうかしら。

 そしたら、おなかが減ってるのは忘れられるし。




 ……でもまさか、私がこんなことされて、平気で居るなんてね。

(まさか、私…………)

 ファザコンなのかしら。


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