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第7話
フリルの付いた純白のドレスと、真っ白で高いヒール。
フレアスカートの裾が足元に絡みそうだし、普段の皮靴とも違うせいで、歩きにくかった。
「遅いじゃないか! さっさと来ないか!」
玄関の前で、父が小さく怒鳴った。
父は珍しく正装で、隣の母も豪華な赤いドレスを纏っていた。
「門出だからな。ちゃんと見送りくらいはしてやる」
昨日に続いて、やけに饒舌な父。
隣の母は、普段とは逆に口を閉ざしている。
その冷たい目だけはそのままに、私を値踏みするかのように下から上まで、眉をひそめながらねめつけてきた。
「……あの……今まで、お世話になりました」
「みすぼらしい子。せいぜい、旦那様の気を引くことね」
……その言葉は、普段怒鳴られるよりも、ことさら腸が煮えくり返る気持ちになった。
どんな相手だろうと、その痩せこけて魅力のない体であろうと媚びを売って、股を開いてこい。
この人は、間違いなくそういう意味を込めて言ったのだ。
私の不安と恐怖を、最後まで煽ってウサを晴らそうとしている。
――こんな人に、最後まで負けるわけにはいかない!
「虜にして、いつかまたこちらに、お礼に参ります」
強がりでも何でもかまわない。
出まかせでもいい。
絶対に、この人に負けたような態度を取るわけにはいかない。
いつか……こんな人など忘れてしまうくらい、幸せに生きてやる。
「おい! いつまでごちゃごちゃと言っているんだ! さっさと表に出て挨拶をしろ!」
焦れていた父が、我慢ならずに大きな声を出した。
するとそのすぐ後に、外から扉が開かれた。
「何事か。俺の花嫁に言っていたのではないだろうな?」
がっしりとした体の、白い礼服らしき背の高い人が、父を見下ろして言った。
その顔には、顔の全てを覆う仮面が付けられている。
「……英雄……様……?」
――今日、私を娶ると言っていたのは、この人だったのだろうか?
そう、確かに今、「俺の花嫁」と言った。
「ああ。アニエス嬢……いや、アニエス。迎えに上がった。俺の手を取れ」
その強い言葉とは裏腹に、優しく、無駄のない整った動きでその手を差し出してくれた。
そっとエスコートするような、とても自然でさり気ない姿。
私は無意識に手を伸ばしていた。
「……英雄様」
人間に生まれてから、十四年の間ずっと……この人に出会うために――。
「――行くぞ。俺の屋敷は少し遠いからな。早速だが我慢を強いる事になるが」
だから朝に迎えに来たのだと、馬車に乗せてもらってから聞いた。
ということは、これからの時間と同じだけ、早くから出発してくださったということだ。
「あの…………ありがとう、ございます」
何か話を。と思うものの、何を話せばよいのか分からなくなってしまった。
聞きたいことは、沢山ある。
なぜ私を?
魔力が無いのをご存知で?
痩せた体で体力もないですよ?
それから、呪われたというのは?
その仮面の下を見ても?
――いけない。こんな不躾なことを聞いてはいけない。
そう考え出すと、何を聞いても失礼なような気がして、何も聞けなくなった。
そこからようやくひねり出した言葉が、感謝の気持ちだった。
「礼を言われる身かどうかは、分からんがな。もしかすればお前は、すぐに逃げ出したくなるかもしれんぞ」
そう告げた英雄様の目は、仮面の奥からでも鋭く光っているように見えた。
強さが滲み出ているのは、その体躯からだけではない。
彼の黒い瞳は、仮面の影になっているはずなのに、私の心ごと射貫くような眼光を放っている。
「……逃げも隠れもしません。英雄様……私は、あなたにお会いしたかったのです」
そこまで言ってしまった後で、彼は生まれてすぐ神界から落とされたのだから、女神だ何だのという話は出来なかったのだと思い出した。
「俺に? 噂は知っているだろう? 呪われた化け物だぞ?」
それは興味なのか、訝しがったのかは分からないけれど、彼は向かい合って座る私に身を乗り出した。
そして、馬車が強く揺れた拍子に、後ろの壁にドンと手を突かれた。
ぐっと近くなった仮面姿と、体勢が悪いからか膝をすぐ側に置かれて、私は反射的に身を強張らせてしまった。
「この顔を見て、同じことが言えるか」
英雄様はもう一方の手で、その仮面をがしりと掴む。
私は咄嗟に身構えてしまった言い訳を考える間もなく、その仮面は勢いよく外された。
そこには、およそ人とは思えないような醜悪な顔……らしきものがあった。
皮膚の全てが爛れ、醜く皺の寄った隙間からは絶えず膿汁が滲み出ており、腐臭も漏れ出ている。
――いや、あまりにも凄まじい状態を見て、その臭いを感じただけらしい。
「……臭いは、ないのですね」
うっかりと出てしまった言葉を、なんとか推し戻そうとして手を口に当てた。
が、もう遅い。
「ほお? それで?」
(ああ。いきなり怒らせてしまった)
苛烈だと聞くこの方だから、もしかしたら気に食わないと言って殺されるかもしれない。
――ならもう、やけくそだ。
「膿汁も……垂れているはずなのに、私にはかからないのですね。ドレスに落ちたと思ったのですが」
不思議な事に、ドロリとしたその黄色い汁は、英雄様の顔から滴った後はどこにも見当たらない。
確かに私のドレスに落ちて、黄色く淀んだシミをつくると思ったのに。
「よく見ていられるな。他の者は目を背け、女は悲鳴を上げる事がほとんどだと言うのに」
その声は、怒っているようには感じなかった。
それよりも、その低くて聞き心地の良い声にも、違和感を覚えている。
「……ほとんど閉じてしまった口でも、くぐもったりしないのですね」
爛れが酷く、目も鼻も溶かされたように形を変えてしまっている。
口も同じように、半分腐り落ちたかのように歪んだ上に、上下の唇はいびつに繋がってしまっているのだ。
「そうだ。醜くて恐ろしいだろう。側に居るとお前にもうつるかもしれんぞ、アニエス」
恐ろしい口ぶりだけれど、その声色でわざと私を脅しているのが、逆に分かってしまった。
「フフッ。英雄様。それでは私を脅せませんよ? それに……呪いであるなら、他者にはうつりません」
神々も、ケンカの腹いせに相手を呪うことがあった。
それも本気で。
ここまで酷いものはなかったけれど、頭痛が止まらなくなったり、くしゃみが止まらなくなったりと、地味とも言い難い絶妙な意地悪をする。
参った、悪かったと言えば、その呪いを解いて仲直り……しているかは分からないけれど、呪いをかけた方も溜飲を下げてしつこくはしない。
そして、それは病気のようなものであっても、決して誰か他の神にうつったりはしなかった。
なぜなら、『呪うべき対象』にかけたものだから。
「アニエス。お前は何者だ? その魔力といい……不思議な女だ」
それだけを言うと、英雄様は向かいの席に座り直した。
「私は…………」
魔力が無いと判定されて、両親に憎まれて育った、価値の無い落ちこぼれです。
そう言おうかと思って、やめた。
それよりも、先程言ってしまったことの言い訳が思いつかないので、続けて開き直ってしまおうかと思っていた。
「私は、なんだ」
彼は焦れているように見えるけれど、私の言葉をじっと待ってくれている。
「私は、その……実は、女神というか……その、神界から落ちてきて、あなたを探していたというか…………」
頭のおかしな女だと思われて捨てられるか、逆に面白がってもらえるか。
「……俺は、真面目に聞いていたはずだが?」
「――すみません」
普通に怒られてしまった。
けれど、「お会いしたかった」と最初に言った理由は、これ以外にないのだ。
嘘や建前を言ってしまって、それが気に入らないと捨てられては、後悔しか残らない。
本当のことを伝えて、それでダメならば諦めるしかない。
そう思ったから、そのままを伝えた。
――上手く言えなかったけれど。かと言って、簡単に諦めるつもりもない。
「まぁ、いい。お前も大変だったのだろう。それに、俺にそんな冗談をぶっこんで来る女も珍しい。特別に許そう」
「……上手く言えなくて、すみません。でも本当に――」
「しつこいのは好きじゃない」
「…………すみません」
仮面を外したままの姿で凄まれると、さすがに恐ろしい。
……なのに、浮かんだ疑問を確かめたくて、どうしても食い下がってしまった。
「あの……。そのお顔、触れさせて頂いてもよろしいでしょうか」
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