虜囚妃のさだめ ~魔王の甘やかな執着~

稲山裕

文字の大きさ
5 / 24

第5話 それぞれの立場(2)

しおりを挟む

「おい、バイデル」

「ははっ!」

 魔王が、他に誰も居ない自室でその名を呼ぶと、即座にタキシード姿が現れた。

 広いが殺風景さっぷうけいなその部屋の、長い毛並けなみの絨毯じゅうたんの上で、彼はひざまずいている。

 視線の先には、魔王の黒いロングブーツを見据えている。つま先から上目に辿ると、いつものゆったりとした黒のスラックス姿が見える。

 ベルトはそれ用の物で、帯剣ベルトはどこかに外しているらしかった。

 そして横目でチラリと、バイデルは辺りを確認するのだ。最近は減ったが、言い寄ってきた女をはべらせている時は、うかつな事を話してはならないから。

 相変わらず、ベッド以外にほとんど何もない、普通の精神ではない部屋だなと思いながら。

 その魔王はソファにもたれかかり、ナイトテーブルに置いていた極上ごくじょうの酒を手に取りながら、「少し聞きたい」と前置まえおきをした。



 めずらしく、回りくどい話し方をする。

 バイデルは、帰城きじょう早々そうそうに呼びつけられるとは何事なにごとであろうと、思い当たる全ての事柄ことがらを頭の中に並べて気を引きめた。

 だがふと、連れ帰ってきた娘の事ではなかろうかと思いいたる。

 こんな事は初めてなだけに、それしかあるまいと。



「あの首輪は……失敗だったろうか。パピーナが俺に口答えするなど、無かったことだしな。少し気になった」

 その真剣な声を聞いたバイデルは、肩を小刻こきざみにらし、笑い転げたいのを必死で耐えた。

「ま……魔王様。僭越せんえつながら申し上げますと、さからえぬ事を示した絶好の一手であったと、私は思います」

「ほう、そうか。やはりそう思うか。せっかく俺が気に入ったんだ。犬猫のように不意に逃げ出して、外で魔獣に喰われてはかなわんからな」



 この絶妙ぜつみょうに楽しい話は、自分ひとりで楽しもうとバイデルは思った。

 他の誰かが気付いてしまっては、早々に実ってしまうか、もしくはこじれてしまいかねない。

 それに、あの娘が本気で嫌がるようなら、上手く逃がしてやる手筈てはずも整える必要がある。

 その辺りの配慮はいりょ諸々もろもろ考えたバイデルは、娘の様子をしっかりと観察かんさつする方向性で決めた。



「その通りでございます。その深い慈愛じあいに満ちたご配慮、小娘ごときには伝わりますまいが、いずれ気付いた時には魔王様のとりことなるでしょう」

「ほう……。さすがはバイデル。そういう手もあるか……。だが、早く俺の物にしたくもある」

 その言葉を聞いたバイデルは、女に不自由しないせいで、おそらくは恋愛など知らないのだろうと、頭が痛くなった。

 魔族の頂点たる魔王は、女に困らない。

 抱きたいと思うまでもなく、向こうからすり寄ってくるからだ。

 その弊害が、まさかこんなに早く顔を出すとは、先が思いやられる事態だった。



「魔王様、それでは威厳いげんある振舞ふるまいからは……かけ離れていましょう。娘の方から懇願こんがんさせるのです。れさせてこそ魔王様ではありませぬか」

 これで意図が届かなければ、もしくは欲を優先させるならば、別の言い回しを考えなくてはならない。

 バイデルは正直なところ、楽しむ以外の事は面倒でしょうがないと考えているクチで、早々に面倒臭めんどうくさい事になったと後悔こうかいしつつあった。



「チッ。そうか、そうだな。俺も嫌がる女を押し倒しては、あの人間どもと同じではないかと思っていたんだ。しかし……れさせるというのは、どうにも難しいな。今までは勝手に女から寄ってくるばかりだった気がする」

 覇者はしゃというものは、色々と無自覚だったりするものである。

 それゆえか、長年従事じゅうじしてきたバイデルとしても、魔王がこっち方面で壁に当たった所を、見た事がないなと考えていた。



「……時間はたっぷりとございましょう。まずは優しさをお見せになると良いかと。さて、他にご用件がなければ、私はこれにて」

 そこまで言うと、バイデルは姿を消した。

「あ、おい! ……くそ。あいつ、この手の話が面倒になりやがったな?」

 意外とその辺りを察したらしい魔王は、手に持ったままのグラスを口に運び、酒をあおった。

「……力ではどうにもならんじゃないか」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

悪役令嬢はヒロイン(♂)に攻略されてます

みおな
恋愛
 略奪系ゲーム『花盗人の夜』に転生してしまった。  しかも、ヒロインに婚約者を奪われ断罪される悪役令嬢役。  これは円満な婚約解消を目指すしかない!

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...