愛を込めて花束を

清泪─せいな

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大袈裟だけど受け取って

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 友人にドタキャンされ、独りで聴く好みじゃないバンドの演奏にいまいち盛り上がらないライブ会場で、彼と初めて出逢った。

 日頃聞かないジャンルの音楽だって生で聴けばテンションも上がるかと思ったけれど、私にはそれほど感受性の高い情熱というのが無いみたいで周りから浮いてしまうぐらいに冷めていた。せめて、高かったチケット代ぐらいは楽しもうと思っていたけどそれすら叶わず、終始頭にはキャンセルして払い戻しすれば良かったと浮かんでいた。

 そうした冷めた気持ちのまま終演後の客たちの肩にぶつかりよろけていると支えてくれたのが、彼だった。

「何だか・・・・・・つまらなそうですね」

 大丈夫か? と、問われる前にそう呟かれたので警戒する。気分最高潮のファンの中でつまらなそうな顔をしているなんて完全なアウェーだし、下手すれば敵だ。何だコイツ楽しんでやがらねぇ、等と周りに知られればどんな言葉が飛び交うかわかったもんじゃない。罵倒か、叱責か、布教か。

「ああ、いや、僕もその、あんまりだったんで。一緒なのかな、と」

 自分の呟きが下手を打ったのだと苦笑いを浮かべながら彼は私の警戒を解こうとする。私の警戒は解けることはなかったが、彼と少し話をしようと思った。大勢の中で馴染めない孤立を三時間と味わった後だ、人恋しくなったのかもしれない。

 彼は私と違い初めから一人で来たのだという。流行りの音楽に興味があった、とかで動画配信とかでタダで聴けばいいものをわざわざ競争率の高いチケットを取ったのだそうだ。

 変な人だ。私はそんな単純な感想を抱いた。ドタキャンした友人が私に布教するためにチケットを取ったと言ってきたときもそう思ったが、行動力が一段飛びしてる人というのはよくわからない。否定していいのかもわからないので、私にはうやむやに賛同するしかなかった。わー、すごいですねー。

 退場客の流れが遅々として進まないので、騒がしい周りの音に度々欠き消されながら私と彼は会話を続けた。それほど盛り上がらない会話だったが大勢の中の孤独よりはマシかと、拙い会話は間が空きながら繋ぎ止めるように続く。

 会場の最寄りの駅は混雑していて乗れたもんじゃない、と彼が隣駅まで時間潰しに徒歩で行こうと提案したので私は頷いた。例えこれがナンパ目的でも、それもアリかとこの数分の彼への印象で思っていた。隣駅でも混雑していたなら近くでゴハンでも食べようかと提案するかで悩んでいた。

 結局その日は、ゴハンも食べに行って彼とは数時間会話を楽しみ連絡先も交換した。次の日にはすぐに連絡を取り合い、食事を共にして、仲を深め、あっという間に身体を重ねた。

 出逢いなんて唐突なんだな、と私はホテルの窓から朝日を見ながら思ったものだ。


 朝日が昇っていく。あの日、ホテルで眩しさに目を細めながら見ていた朝日と同じように、昇っていく。

 半壊した基地に差す光がこの場の凄惨さを照らす。あの日、ドタキャンした友人の亡骸を抱き上げる。冷たく重たい。戦闘用パワードスーツはズタボロに破けていて、半壊したフェイスマスクから焼けただれた友人の顔が見える。

 涙は流れなかった。もう泣きすぎて枯れてしまったのだろうか。知り合いの死体をこうして抱き上げるのは何回目だろうか。せめて、皆揃っての墓を作ってあげたい。

 足音が聞こえた。警戒する気力も無い。何十体目の怪人だろうか。仲間は殺され、私は殺すのだ。

 正義のヒーローを名乗った私達は、謎の怪人どもが悪事を働く度に撃退していたがそれで調子に乗っていたのだ。個別に来る怪人をバイト気分のグループで迎撃していただけだ。怪人どもが本気になって徒党を組んで襲撃したら、簡単に壊滅してしまった。

「何だか──つまらなそうですね」

 聞き慣れた声に私は安堵を浮かべて、そして、吐き気がした。

「ああ、いや、僕は楽しめたので、残念だなと。君は楽しんでくれるかと思ったんですが」

 何度も言葉を重ね、何度も口唇を重ね、何度も身体を重ねた彼を、私は一緒なのだと思っていた。私達は一緒、身体も心も繋がった 存在なのだと。

 あれほど優しいと思い込んでいた笑みを浮かべながら彼は、横たわる私の仲間を踏みつけていた。人とは思えぬ灰色の石のような肌の足で、踏みつけていた。踏まれた仲間には最早反応も無い、生き絶えているのだ。死体なのだ。

「何も言ってくれないんだね」

 彼の笑みは崩れない。そもそも仮初めのモノなのだろう。仮面の様な、私達が付ける仮面の様な、身を隠すための笑顔。

「じゃあ、仕方ない。別れの言葉も聞けないのは悲しいが、殺し合うとしようじゃないか。バイバイ、好きだったよ」

 私は抱き抱えた友人を静かに下ろすと、変身用ウォッチを構えた。何度と繰り返したキーワードを言えばたちまち私はヒーローに変身出来る。

「どうした、ほら、始めようよ?」

 彼の言葉に応えるように私は一歩踏み込んだが、やはり止めることにした。

 仲間の敵討ちとして復讐に彼を殺してしまえばもうヒーローとして生きていけなくなる、愛した彼を殺してしまえば私は怪人と区別のつかない存在だ──などと、倫理観が私を引き止めたのではない。私はもう戻れないほど、沢山の怪人を殺してしまったのだ。退治ではなく殺戮をしたのだ。今さら愛がどうだとか、足止めになるわけがない。

「ねぇ、貴方のそのお腹に空いた風穴は誰が開けたの?」

 私の好みに合わせたいと一緒に買った服と共にズタズタに割かれた腹部。よくもそんな状態でも笑顔の仮面は崩れないものだ。きっと、不良品だ。

「さぁ、君達皆同じ格好してるからさ、誰だったかな? 赤だったか、黒だったか。ピンクじゃなかったのは確かだね」

 私は頷いた。よくよく考えたら誰が彼を殺したのかなどどうでも良かった。いや、致命傷か。彼はまだ死んでいない。これから死ぬのだ。

「死ぬなら独りで死んでね。私は貴方を殺せるほど強くはないの」

「はは、嫌な別れの言葉だなぁ」

 私は友人をもう一度抱き抱え、彼に背を向けた。背中には何も感じなかった。殺気も生気も、感情も。

 友人を抱え歩く。半壊した基地の中に仲間と怪人の死体が無数に横たわる。誰も生きていない、私以外誰も生きていない。

 仲間達との記憶や怪人達との戦いが走馬灯の様に甦る。私はまだ死にはしないのに、死が蔓延するこの場所に飲み込まれていくのだろうか。走馬灯が私を襲う。仲間、怪人、彼──。

 ああ、私は彼に何も告げずにいたのだ。彼は私に何も告げずにいたのだ。一緒なのだと、そう感じた相手に本当の自分を隠していたのだ。私はヒーローで、彼は怪人で。互いにその事を知らず、互いにその姿を知らず。こんなことになってしまった。

 何が一緒なのだろう、何を重ねたのだろう。私達は何もかも重なることなく個々だった。繋ぎ止めたものなど何もなかった。

 涙は流れない。悲しさなんて無い。虚しさだけがある。私は何も知らなかった、私は彼を知らなかったのだ──

 何も知らなかった?

 私は何も知らなかった。それは彼も同じだ。彼も知らなかった、そのはずだ。

 じゃあ、何故ピンクと言ったんだ?

 私のパワードスーツがピンクであることを知っていたのか?

 いつ? どこで?

 そんなのわかりきってることじゃないか。

 ああ、私は何も知らなかったのだ。彼の怪人としての姿を。知らなかったのだ。

 私は息を飲んで振り返った。走馬灯を遡るように走り出した。

 枯れたはずの涙が溢れた。
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