6 / 6
うがい
しおりを挟む「やっぱり、お母さんの言ったこと本当だったんだね」
「ああっ!? あの女、言いやがったのか。祭の真相は言わないのがしきたりなのにな! 恥ずかしげもなく、自分の娘によくもまぁ――」
どすっ、と尾児は音を聞いて言葉を遮られた。
何が起こったのかはわからないが、左脇腹辺りに冷たい何かが入ってきて、そして妙に熱い。
ぐぶっ、と思わず声が漏れた。
「何かしたか、お前……」
「お母さんを辱しめたのは、お前だろうが!!」
翼は叫んだ。
叫び、右手に掴んでいたナイフをもう一度尾児の腹に刺した。
昨晩、全てを打ち明けた母親に持たされた護身用のナイフ。
母親は泣き崩れていたが、翼は到底信じれるものではなかった。
父親のいない翼にとっては、尾児は父親の様な存在だったからだ。
翼は何度も何度もナイフを刺した。
尾児も抵抗して翼の顔を強く殴ったが、翼は怯まなかった。
刺すのも抜くのも力がいったが、無我夢中に尾児を刺した。
やがて、尾児の身体から力が抜けて横に倒れ翼から退いたが今度は翼が上に覆い被り、ナイフを刺した。
神社の扉が開き、長束が駆け込んできた。
血が飛び散る惨状を見て、長束が翼に制止の声をかけるも翼はもう動かなくなった尾児の身体にナイフを突き刺すのを止めようとしない。
長束は飛びかかるようにして翼の動きを止めた。
「嫌、離して!」
「止めろ、もうこの男は死んでる!!」
「それでも、それでも、まだ足りないんだ! 今までの巫女が受けた辱しめには足りないんだ!!」
長束に押さえられた翼は血走った瞳で尾児の死体を睨んでいた。
「君が背負うようなことじゃない。もういい、ナイフから手を離せ」
呼吸をあらげていた翼は長束の言葉にようやくナイフを手離し、仰向けに倒れたまま泣き出した。
「そうだ、泣いて、泣いてしまって、今日の事は忘れろ」
「でも、私、私は人を……」
「人じゃないよ、コイツは鬼だ。伝統が生かし続けた鬼だ」
「鬼……」
「君は鬼退治をしたんだ。この町を救うために。そう思って、そして、忘れろ」
長束は優しくそう言った。
微笑むことはしなかった。
暫くして頼斗が神社に駆け込んできた。
急いできたらしく呼吸が荒々しい。
しかし、入ってきて惨状を見て息を飲み込んだ。
「これ、どういう状況っすか?」
「すまない、扉を開けるのに手間取った」
「そんなの、説明になるかよ……オレはこんなこと頼んでねぇぞ!?」
頼斗は長束の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「違うの、頼斗兄ちゃん。私が――」
「頼斗君、君もある程度予想していた通り、そこの尾児が巫女を襲っていたんでな、助けるために僕が刺した」
違う、と言おうとした翼を長束は手を向けて制止する。
「オ、オレはそんなこと……」
「予想していた、というより気づいてしまったんだろ? 尾児が毎年やっていたことを。だから僕に神社に向かえと願い出た」
頼斗は返事を返せずにいた。
「巫女の話を聞いた時の青ざめた君を見て不思議に思った。尾児の言う通り巫女が生け贄だということにショックを受けたのかと思ったが、違う。鬼、だったんだな」
つまらない当て字だ、と長束は続けた。
「片付けは責任持って僕がしよう。二人は速やかにここから出て何事も無かったように祭を楽しんできてくれ。そして、この事は忘れろ」
無茶苦茶な物言いの長束に押し出される形で頼斗と翼の二人は神社を出ていった。
血だらけの巫女装束の始末は外で待っているだろう母親に任せるとしよう、と長束は思った。
何よりもまずは尾児の死体の処理だ。
そういうのを専門にしている知り合いに電話をかけた。
出前を注文する様な手軽さで死体処理を頼み終わると、それを待っていたかの様に誰かが神社の扉を開けた。
「終わったかね、長束君」
「終わりかけているってところですかね、佐脇さん」
杖をついた白髪の老人が中に入ってきて、扉を締めた。
「すまないな、こんな依頼をしてしまって」
「いえ、こういう依頼を受けるのも僕の仕事ですから」
長束は軽く会釈した。
人懐っこい笑みを浮かべている。
「これで、我が町の忌まわしい伝統も終わる。儂が死ぬまでに果たせて良かったよ」
「悔いは残したくないタイプなんですか?」
そうかもしれんな、と佐脇は笑った。
「この町には鬼の血が薄く残ってるかもしれんが、鬼の名と伝統を受け継ぐものを断てて良かったよ」
「ああ、死体処理まではしますが、後の事はお任せしますよ」
「神隠し、として処理するつもりだ」
「鬼については誰も語りたがらないでしょうからね、神隠しでまかり通るんでしょうね」
変な町ですね、と長束は言う。
否定はしない、と佐脇は答えた。
「それにしても、いつしか尾児はこうして殺されていたんでしょうから、僕に依頼する必要は無かったのでは?」
長束の問いに、ふーむ、と佐脇は唸った。
杖でとんとんと床を叩く。
「儂の死期が迫っていたので急ぎたかったというのもあるが。そうだな、うがい、したかったんだよ」
「うがい?」
長束は首を傾げた。
佐脇はそのまま説明もせずに神社をあとにした。
また死体と取り残された長束は死体処理の知り合いが来るまでの待ち時間で、うがいについて考えてみようと思った。
さて、この町の病気はうがいすることで治るのだろうか?
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる