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Ⅰ
14 後始末と落し前
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まとわりついた怒りが静まると共に冷静に見えてくるものがある。
司馬は自分が超音波で操った患者達の山を見ていた。
糸が切れたように倒れた者たちの体は、折れた四肢を不自然に曲げていた。
音波が止んだからといって、骨折が都合よく治るわけではない。
武志や司馬のように異常な力にまとわりつかれているわけではない彼らにとって、それはただの現実の傷だった。
患者達はあくまで音波で操られただけに過ぎない。
つまり──。
「落ち着いてみたところで、自分のやってしまったことをまじまじと見せられるだけだな」
自分の意思とは違うところから湧いてくる怒りとはいえ、それに簡単に飲み込まれ受け入れたのは事実だ。
武志を殺せば、自分の何かが救われる──そんな曖昧な衝動に身を任せて選んだ手段は、人間の所業とは思えなかった。
「本庄、オレはもう戻れないところに足を踏み出しちまってる。お前の差し出してくれた手を呑気に掴んでる立場じゃない」
司馬はそう言うと頭を横に僅かに振り、掴んでいた武志の手を離した。
夜空に向かい口を大きく開けると、再び音波を発生させる。
先程までの脳を揺さぶるようなものではなく、武志の耳に僅かに甲高い音が聞こえる。
「オイ、何をする気だよ、司馬。もう闘わなくても──」
「ああ、もうオレもやりあう気はねぇよ。ただ、オレは自分のやってしまった落とし前はつけなきゃならない」
地面に倒れ山積みになっていた患者達が再び操り人形のようにのそのそと起き上がる。
起き上がった患者達は折れ曲がった四肢を引き摺りながら病院へと向かっていく。
「傷つけたものはオレの力じゃ治せないけど、痛みを感じないまま操り続けることは出来る。勝手にやらかしたのに無責任な話だけど、病室で寝かせて医者に任せようと思う」
病院へと帰っていく患者達、ここまでの騒音に様子を窺うため窓から顔を出す院内の人々。
「いや、ゾンビ映画のワンシーンみたいになっちゃってるぞ! アレじゃ、病院を襲撃するゾンビ集団だよ、司馬!?」
病院に沸き立つどよめきと悲鳴。
悲鳴が新たな悲鳴を呼び起こし、大パニック。
「あ、そうか、それじゃあ中の人間も一旦──」
司馬は口を更に大きく開けた。
音のない咆哮──あるいは、耳には捉えきれないほど高周波な音の咆哮。
どよめきと悲鳴が一瞬にして静まり返る。
「病院中の人間を全員操ってるのか?」
軽々と成し遂げた異様に武志は驚く。
その気になれば、患者だけでなく院内全員を武志にけしかけることもできたはずだ。
しかもまだ力を使い始めたばかりの段階でだ、これが使いなれた際に能力が強化されていくものであるならばその脅威は計り知れない。
蝙蝠をモチーフにしてそうなのだが、蝙蝠にそんな能力や逸話があるのかはわからない。
「操る対象を増やせばその分操作精度は下がるってのが今わかってるところだな。患者にはそれぞれの病室に戻ることしか指示できないし、他の人間はただ気絶させただけだ」
「だけだ、って操るだけじゃなく気絶もさせれるのかよ」
「そう、まぁ人間業じゃないな」
司馬が自嘲するように鼻で笑う。
蝙蝠のような顔から元の司馬自身の顔に戻ってはいるものの表情は暗く、武志の知るいつもの司馬とは全く別人のようだった。
「本庄、さっきも言った通り患者達はこのまま操り続ける必要がある。痛みを取り戻せば患者達はすぐにでも死んでしまうかもしれないからな。オレの責任だ。だからオレはこの病院から離れるわけにはいかない」
音波の範囲は限られてるんだよ、と司馬は続ける。
「無責任で身勝手な話だが、本庄、お前に託したい。オレ達が救われる可能性が本当にあるのなら、それを見つけてほしい」
「身勝手なもんかよ、お前も巻き込まれた側なんだぞ、司馬。俺の家族が関わってるって言うなら、その方法を見つけるのは俺の役目だろ、皆を救ってみせるさ」
武志は自分の胸を叩いて任せろとジェスチャーをする。
傷はいつの間にか完全に癒えていたが、服はそういうわけにはいかなかった。
ズタボロに破れた服の破片が風に吹かれて流れていった。
「本庄、お前、暫く病院には近づくなよ」
「何だよ、それ? 怪我が勝手に治るからもう病室に戻る必要は確かに無いけど、他の同級生のことも心配だしさ。あ、アレか、怪我の治りがあまりに早いから医学的にモルモットにされるとか心配してるのか?」
「バカか、ちげぇーよ。今さっき自分を殺そうと暴れまわったオレの前でよくも呑気なこと言えるな、お前」
司馬は額に手をやり呆れた様をまざまざと見せるようにため息を吐いた。
患者達は既に病室に戻ったので、大きく音波を発生させる必要はなくなった。
痛覚を麻痺させる程度の操作なら、口からの音波ではなく、脳波だけで行えるようになっていた。
便利で、自分の力でありながら恐ろしい力である。
しかもそれが考えたり試したりせずとも感覚でわかるのだから、やはり自分自身が異様な存在になってるのだと自覚させられる。
「同級生は皆、お前を殺しに来るつもりでいる。そう思って警戒しておけ。この何かわからない意思に抗えるのはお前ぐらいだって想定しても考えすぎじゃない、そう覚悟しろって話だよ」
司馬の言葉に武志はそんな馬鹿なと否定しようと思ったが、それを許さないのは司馬の足を砕いたあの怒りのような衝動だった。
しかし、それならば、バス事故にあった者達が入院してる病院に近づかないということのみが状況の対処というわけではなくなるだろう。
病院という閉ざされた場所でさえ、これほど多くの人間が巻き込まれた。
もし街中で襲撃されていたら、被害は計り知れなかっただろう。
司馬は自分が超音波で操った患者達の山を見ていた。
糸が切れたように倒れた者たちの体は、折れた四肢を不自然に曲げていた。
音波が止んだからといって、骨折が都合よく治るわけではない。
武志や司馬のように異常な力にまとわりつかれているわけではない彼らにとって、それはただの現実の傷だった。
患者達はあくまで音波で操られただけに過ぎない。
つまり──。
「落ち着いてみたところで、自分のやってしまったことをまじまじと見せられるだけだな」
自分の意思とは違うところから湧いてくる怒りとはいえ、それに簡単に飲み込まれ受け入れたのは事実だ。
武志を殺せば、自分の何かが救われる──そんな曖昧な衝動に身を任せて選んだ手段は、人間の所業とは思えなかった。
「本庄、オレはもう戻れないところに足を踏み出しちまってる。お前の差し出してくれた手を呑気に掴んでる立場じゃない」
司馬はそう言うと頭を横に僅かに振り、掴んでいた武志の手を離した。
夜空に向かい口を大きく開けると、再び音波を発生させる。
先程までの脳を揺さぶるようなものではなく、武志の耳に僅かに甲高い音が聞こえる。
「オイ、何をする気だよ、司馬。もう闘わなくても──」
「ああ、もうオレもやりあう気はねぇよ。ただ、オレは自分のやってしまった落とし前はつけなきゃならない」
地面に倒れ山積みになっていた患者達が再び操り人形のようにのそのそと起き上がる。
起き上がった患者達は折れ曲がった四肢を引き摺りながら病院へと向かっていく。
「傷つけたものはオレの力じゃ治せないけど、痛みを感じないまま操り続けることは出来る。勝手にやらかしたのに無責任な話だけど、病室で寝かせて医者に任せようと思う」
病院へと帰っていく患者達、ここまでの騒音に様子を窺うため窓から顔を出す院内の人々。
「いや、ゾンビ映画のワンシーンみたいになっちゃってるぞ! アレじゃ、病院を襲撃するゾンビ集団だよ、司馬!?」
病院に沸き立つどよめきと悲鳴。
悲鳴が新たな悲鳴を呼び起こし、大パニック。
「あ、そうか、それじゃあ中の人間も一旦──」
司馬は口を更に大きく開けた。
音のない咆哮──あるいは、耳には捉えきれないほど高周波な音の咆哮。
どよめきと悲鳴が一瞬にして静まり返る。
「病院中の人間を全員操ってるのか?」
軽々と成し遂げた異様に武志は驚く。
その気になれば、患者だけでなく院内全員を武志にけしかけることもできたはずだ。
しかもまだ力を使い始めたばかりの段階でだ、これが使いなれた際に能力が強化されていくものであるならばその脅威は計り知れない。
蝙蝠をモチーフにしてそうなのだが、蝙蝠にそんな能力や逸話があるのかはわからない。
「操る対象を増やせばその分操作精度は下がるってのが今わかってるところだな。患者にはそれぞれの病室に戻ることしか指示できないし、他の人間はただ気絶させただけだ」
「だけだ、って操るだけじゃなく気絶もさせれるのかよ」
「そう、まぁ人間業じゃないな」
司馬が自嘲するように鼻で笑う。
蝙蝠のような顔から元の司馬自身の顔に戻ってはいるものの表情は暗く、武志の知るいつもの司馬とは全く別人のようだった。
「本庄、さっきも言った通り患者達はこのまま操り続ける必要がある。痛みを取り戻せば患者達はすぐにでも死んでしまうかもしれないからな。オレの責任だ。だからオレはこの病院から離れるわけにはいかない」
音波の範囲は限られてるんだよ、と司馬は続ける。
「無責任で身勝手な話だが、本庄、お前に託したい。オレ達が救われる可能性が本当にあるのなら、それを見つけてほしい」
「身勝手なもんかよ、お前も巻き込まれた側なんだぞ、司馬。俺の家族が関わってるって言うなら、その方法を見つけるのは俺の役目だろ、皆を救ってみせるさ」
武志は自分の胸を叩いて任せろとジェスチャーをする。
傷はいつの間にか完全に癒えていたが、服はそういうわけにはいかなかった。
ズタボロに破れた服の破片が風に吹かれて流れていった。
「本庄、お前、暫く病院には近づくなよ」
「何だよ、それ? 怪我が勝手に治るからもう病室に戻る必要は確かに無いけど、他の同級生のことも心配だしさ。あ、アレか、怪我の治りがあまりに早いから医学的にモルモットにされるとか心配してるのか?」
「バカか、ちげぇーよ。今さっき自分を殺そうと暴れまわったオレの前でよくも呑気なこと言えるな、お前」
司馬は額に手をやり呆れた様をまざまざと見せるようにため息を吐いた。
患者達は既に病室に戻ったので、大きく音波を発生させる必要はなくなった。
痛覚を麻痺させる程度の操作なら、口からの音波ではなく、脳波だけで行えるようになっていた。
便利で、自分の力でありながら恐ろしい力である。
しかもそれが考えたり試したりせずとも感覚でわかるのだから、やはり自分自身が異様な存在になってるのだと自覚させられる。
「同級生は皆、お前を殺しに来るつもりでいる。そう思って警戒しておけ。この何かわからない意思に抗えるのはお前ぐらいだって想定しても考えすぎじゃない、そう覚悟しろって話だよ」
司馬の言葉に武志はそんな馬鹿なと否定しようと思ったが、それを許さないのは司馬の足を砕いたあの怒りのような衝動だった。
しかし、それならば、バス事故にあった者達が入院してる病院に近づかないということのみが状況の対処というわけではなくなるだろう。
病院という閉ざされた場所でさえ、これほど多くの人間が巻き込まれた。
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