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最終章 焼きそばパン大戦争
第九十八話 鬼瓦
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四体目の偽玄武も、光の刀で難なく斬り裂いた。
それまでと同じように宙に粉々に散り、消えていく。
これで終わりか――和美はほっと息を吐いた。だが、次に何が起こるのか、胸の奥にかすかな疑問が残る。
花菜の方を振り返り、どうするのかと問おうとした瞬間、花菜が首を横に振った。
待っとけ――そう口を動かしたように見えて、和美は素直に従うしかなかった。
グラウンドでは生徒たちがざわめいている。だが、今さら何を説明したところで理解されるものでもない。和美は釈明を諦め、静かに息を整えた。
耳に入る声から察するに、どうやら英雄扱いされているらしい。
――面倒なことになりそうだ。
そんな思いが胸を過ぎったとき、パン、パン、と拍手の音が響いた。
「おめでとうございます、高城さん。玄武の試練、見事クリアです」
グラウンドの中心へ歩み出たのは、齋藤だった。
「玄武の試練って言うけど、あんな偽物を作ったの、齋藤さんなんでしょ?」
和美は視線を向けた。手に握ったミニチュア錫杖は、まだ何の反応も示さない。
このタイミングで彼が現れたということは、何かしら“処置”が必要なのだろうか。
そう思った瞬間、和美は違和感を覚えた。
――齋藤を見ているのは、私だけ?
正確には、花菜と矢附も視線を向けている。だが、生徒たちはまるでそこに彼が存在しないかのように見ていない。
和美が見る方向に誘導されるように視線を動かしても、彼らの目は校舎をかすめて、再び和美へと戻る。
「ん? 周りの視線が気になるかい?」
齋藤は肩をすくめ、あっけらかんと言った。
「僕はこの騒動が終わった後のことを、まだ何も考えてなくてね。このまま人間としてスクールカウンセラーを続けるにしろ、街を出るにしろ、下手な印象が残らない方が後々楽なんだ。だから、ちょっと認識を外させてもらってる。西生の《無かったこと》に頼るつもりはないしね。……高城さんや矢附さんみたいに鬼の影響を強く受けてる人間からは、なかなか隠せないのが厄介なんだけど」
軽く言うが、《認識を外す》というのは一体どういう力の使い方なのだろう――。
和美は光の刀を収めながら、内心で眉をひそめた。
白鬼の、何かを“かき消す”力とも違う。
その理屈を理解したとき、自分はもう人ではなくなる――そう直感し、疑問を胸の奥に沈めた。
「あの偽物を用意したのは、わかりやすくするためだよ。僕は玄武に囚われちゃいるが、協力的ってわけじゃない。だから、試練ってのはいつも何が出てくるか読めないんだ。わざわざ“みんなが想像する玄武”に寄せたのは、確かに悪ふざけだけど……嫌がらせと思われるのは心外だね」
「囚われるとか、ずっとぼかした言い方をしてるけど――そもそも、四神は何を試してるの?」
「ふーむ……」
珍しく齋藤が言葉を濁した。表情はいつもの貼り付いた微笑みのままだが、その目だけがわずかに迷っている。
「正直、受け入れ難い事実なので、口に出すのも嫌なんだが……高城さん、“鬼瓦”って知ってるかい?」
「鬼瓦? 急に何の話?」
「大抵、鬼ってのは忌み嫌われる存在だろう? 戦の勝者を讃えるために、敗者を“鬼”にしたりもする。けれど、“鬼瓦”ってのは、鬼を家の守護者と見なす考え方なんだ。忌まわしいものだからこそ、他を寄せつけない――その転倒が信仰に変わるわけだ」
――一部の地域では、忌まわしきものを神として祀る。そんな話をどこかで聞いたことがある。
「人の意識から生まれた鬼という存在。ならば、人が“守護者”として求めたら、どうなると思う?」
「それが、四神に囚われたって話?」
「そう。要は、この地域の守護者を“押し付けられてる”状態なんだよ。まったく、町内会長の役回りじゃないんだから、迷惑な話だよ」
齋藤は小さく頭を掻きながら、あーやだやだ、と心底嫌そうに吐き捨てた。
その口元の笑みが、ほんの僅かに歪む。
「覚醒した鬼は、その土地の四方の守護者として選ばれる。ひと鬼のうちはまだ引力が弱く、自由も利く。だが、ふた鬼になるとその力が強まって、その土地から抜け出せないほどの拘束を受けるんだ。だから、覚醒した鬼が二体揃うと――自然と殺し合いが始まる。守護者になど、なりたくないからね。そして、みつ鬼となると互いに殺し合えなくなる。よつ鬼ともなれば、意思に関係なく“守護者”として確定される」
今乃木市にいる覚醒鬼は、齋藤と小早志。
つまり、ふた鬼。
だからこそ小早志は、齋藤を殺してこの束縛から逃れようとしている。
「そんなわけでね。僕がまだ玄武に完全に協力してないから、試練達成の“ご褒美”が届くのに少し時間がかかってる。もう少し待ってれば、錫杖に勝手に力が注がれるはずさ。……その説明をしとかないと、試練の邪魔をしてるって誤解されかねないからね」
齋藤は再び、貼り付けたような笑みを浮かべた。
――結局、待つしかないのか。
和美は小さく息を吐き、手の中のミニチュア錫杖に視線を落とした。
それまでと同じように宙に粉々に散り、消えていく。
これで終わりか――和美はほっと息を吐いた。だが、次に何が起こるのか、胸の奥にかすかな疑問が残る。
花菜の方を振り返り、どうするのかと問おうとした瞬間、花菜が首を横に振った。
待っとけ――そう口を動かしたように見えて、和美は素直に従うしかなかった。
グラウンドでは生徒たちがざわめいている。だが、今さら何を説明したところで理解されるものでもない。和美は釈明を諦め、静かに息を整えた。
耳に入る声から察するに、どうやら英雄扱いされているらしい。
――面倒なことになりそうだ。
そんな思いが胸を過ぎったとき、パン、パン、と拍手の音が響いた。
「おめでとうございます、高城さん。玄武の試練、見事クリアです」
グラウンドの中心へ歩み出たのは、齋藤だった。
「玄武の試練って言うけど、あんな偽物を作ったの、齋藤さんなんでしょ?」
和美は視線を向けた。手に握ったミニチュア錫杖は、まだ何の反応も示さない。
このタイミングで彼が現れたということは、何かしら“処置”が必要なのだろうか。
そう思った瞬間、和美は違和感を覚えた。
――齋藤を見ているのは、私だけ?
正確には、花菜と矢附も視線を向けている。だが、生徒たちはまるでそこに彼が存在しないかのように見ていない。
和美が見る方向に誘導されるように視線を動かしても、彼らの目は校舎をかすめて、再び和美へと戻る。
「ん? 周りの視線が気になるかい?」
齋藤は肩をすくめ、あっけらかんと言った。
「僕はこの騒動が終わった後のことを、まだ何も考えてなくてね。このまま人間としてスクールカウンセラーを続けるにしろ、街を出るにしろ、下手な印象が残らない方が後々楽なんだ。だから、ちょっと認識を外させてもらってる。西生の《無かったこと》に頼るつもりはないしね。……高城さんや矢附さんみたいに鬼の影響を強く受けてる人間からは、なかなか隠せないのが厄介なんだけど」
軽く言うが、《認識を外す》というのは一体どういう力の使い方なのだろう――。
和美は光の刀を収めながら、内心で眉をひそめた。
白鬼の、何かを“かき消す”力とも違う。
その理屈を理解したとき、自分はもう人ではなくなる――そう直感し、疑問を胸の奥に沈めた。
「あの偽物を用意したのは、わかりやすくするためだよ。僕は玄武に囚われちゃいるが、協力的ってわけじゃない。だから、試練ってのはいつも何が出てくるか読めないんだ。わざわざ“みんなが想像する玄武”に寄せたのは、確かに悪ふざけだけど……嫌がらせと思われるのは心外だね」
「囚われるとか、ずっとぼかした言い方をしてるけど――そもそも、四神は何を試してるの?」
「ふーむ……」
珍しく齋藤が言葉を濁した。表情はいつもの貼り付いた微笑みのままだが、その目だけがわずかに迷っている。
「正直、受け入れ難い事実なので、口に出すのも嫌なんだが……高城さん、“鬼瓦”って知ってるかい?」
「鬼瓦? 急に何の話?」
「大抵、鬼ってのは忌み嫌われる存在だろう? 戦の勝者を讃えるために、敗者を“鬼”にしたりもする。けれど、“鬼瓦”ってのは、鬼を家の守護者と見なす考え方なんだ。忌まわしいものだからこそ、他を寄せつけない――その転倒が信仰に変わるわけだ」
――一部の地域では、忌まわしきものを神として祀る。そんな話をどこかで聞いたことがある。
「人の意識から生まれた鬼という存在。ならば、人が“守護者”として求めたら、どうなると思う?」
「それが、四神に囚われたって話?」
「そう。要は、この地域の守護者を“押し付けられてる”状態なんだよ。まったく、町内会長の役回りじゃないんだから、迷惑な話だよ」
齋藤は小さく頭を掻きながら、あーやだやだ、と心底嫌そうに吐き捨てた。
その口元の笑みが、ほんの僅かに歪む。
「覚醒した鬼は、その土地の四方の守護者として選ばれる。ひと鬼のうちはまだ引力が弱く、自由も利く。だが、ふた鬼になるとその力が強まって、その土地から抜け出せないほどの拘束を受けるんだ。だから、覚醒した鬼が二体揃うと――自然と殺し合いが始まる。守護者になど、なりたくないからね。そして、みつ鬼となると互いに殺し合えなくなる。よつ鬼ともなれば、意思に関係なく“守護者”として確定される」
今乃木市にいる覚醒鬼は、齋藤と小早志。
つまり、ふた鬼。
だからこそ小早志は、齋藤を殺してこの束縛から逃れようとしている。
「そんなわけでね。僕がまだ玄武に完全に協力してないから、試練達成の“ご褒美”が届くのに少し時間がかかってる。もう少し待ってれば、錫杖に勝手に力が注がれるはずさ。……その説明をしとかないと、試練の邪魔をしてるって誤解されかねないからね」
齋藤は再び、貼り付けたような笑みを浮かべた。
――結局、待つしかないのか。
和美は小さく息を吐き、手の中のミニチュア錫杖に視線を落とした。
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