焼きそばパン大戦争

清泪─せいな

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最終章 焼きそばパン大戦争

第百四十四話 それぞれの覚悟

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 夕陽が落ち気温が下がったからか、それとも鬼の邪気によるものか、深い霧が山を覆い始めた。木々が影のように立ち並ぶ。湿った土は柔らかく、不用意に踏み込めば足を取られる。

 うつ伏せで機会を窺う和美。そのすぐ側で起き上がるのを待ち構えている那間良。殴られ飛ばされた小早志真理亜はまた木にもたれかかって立っていて、小早志真理亜に蹴り飛ばされた奈菜は木にぶつけた頭を手で押さえていた。

 誰が最初に動くか——その均衡を破ったのは、レインコートの女だった。

 湿った落ち葉を蹴散らしながら、彼女は低く跳ぶ。霧が彼女の動きをぼやかすが、狙うは那間良。

「いい加減邪魔なのは、アンタなのよ!」

 木々の間を緑色の影が飛び、月明かりに銀閃が煌めく。
 しかし──
 小早志真理亜の身体に光の紐がまとわりついて、強引に引っ張る。

「人のこと蹴飛ばしといて、違う相手いってんちゃうで!」

 小早志真理亜を引っ張りつつ、奈菜も向かって飛びかかる。木々の隙間、接近する二人。小早志真理亜は光の紐をナイフで断ち切ると、引っ張られた力を利用しそのまま身体を錐揉み状に捻った。回転した小早志真理亜は、器用にナイフを振り下ろす。
 シャンッ、と金属音と共に、ナイフが錫杖先端の金飾りに引っかかる。ナイフを取り上げるように、奈菜は錫杖を振り上げると持ち手部分で小早志真理亜の身体を叩いた。

 小早志真理亜は錫杖に弾かれながらも、着地後勢いを止めずそのまま地面を蹴った。湿った根の上を滑るように回り込み、手のひらにもう一本のナイフを生成する。

「しまっ——」

 奈菜が身を引こうとした瞬間、足が土に沈んだ。地面が緩い。根の隙間に足を取られた。

「ざぁんねんっ!」

 小早志真理亜が口角を上げ、ナイフが迫る——だが、寸前で光の壁がそれを遮る。響く、金属音。 

「──なんてな。舐めるのもいい加減しいや」

 小早志真理亜の一撃を、宙に形成した光の壁が完全に阻止する。その出現に、手をかざす必要も無かった。
 四神の力を授かった錫杖による補助効果、祓い師の力を円滑に行使するサポートアイテム。
 東塚とうづか西生にしお南雲なぐも北條ほうじょう
 四方本家しほうほんけと呼ばれる者たちよりも才が劣る分家の者たちが用いる道具。
 その道具をわざわざ渡された意味を、奈菜は少しばかり理解し始めていた。
 ピンチに授かるパワーアップアイテム、なんて軽々しく喜べる代物では無い。
 西生の力──祓い師の力を行使するには、命を削る必要がある。円滑の力の行使とは、円滑な命の削りでもある。
 覚悟を決めろ。優しい姉が、厳しくそう告げているように、奈菜は錫杖の意味を理解し始めていた。
 
「やるね、あの巫女の子。高城さんを倒したら、あの子にも挑戦しようかな」

 南図書館での小早志真理亜との対戦を思い出し、那間良は奈菜の健闘ぶりに笑みを浮かべていた。
 強くなりたいという一心の那間良にとって、強い相手がいることは望ましい。ただ鬼の力を使う化け物なだけの小早志真理亜の存在は面白いものでは無いが、それに抗える祓い師という存在なら戦う相手として不足ない。
 しかし、第一目標はあくまで高城和美。足元にうつ伏せたままの彼女であることに変わりはなかった。

「いつまでそうしてるつもり? 濡れた土でどろどろになるんじゃない?」

「今さら、そういうの気にします?」

 おどける那間良に応えるように、和美は身体を起こす──それを待っていた那間良は間髪入れず、拳を振り下ろした。
 背中に迫る拳。那間良の行動を予想していた和美は、身体を前へと滑らした。霧でぬかるんだとはいえ、小石散らばる土の上を滑るのは痛い。
 奈菜の母親に渡されたジャンパーが傷ついてしまうことに申し訳なさを感じながら、和美は那間良の拳を避けた。

「ほら、どろどろになった」

「気を遣うなら、立ち上がるの待ってもらえません?」

 土に汚れたジャンパーを気にしながら、立ち上がる和美。軽口をたたく那間良は、またしても和美の構えを待たずして、一歩踏み込んだ。
 まともにやりあって二回、逃げつつ対峙したのが数回。那間良の動きにある程度予想が出来るようになっていた和美は、その踏み込みの一歩を待っていた。
 手に光の白刃──いや、それはこれまでの日本刀の形とは違う光。言わば竹刀のように先端が丸みを帯びていた。

 覚悟は、してきた。四神の試練を受ける最中、幾度と問われ、試されたのだ。だから、和美も覚悟はしていた。鬼を斬る覚悟を、小早志真理亜を斬る覚悟を。
 だから、赤鬼の力を行使する那間良のことも斬る覚悟はしてるつもりであった。
 南図書館で対峙した際も、先ほど那間良の攻撃を退けようとした際も、覚悟した上で光の白刃を振り下ろした。

 だけど、振り下ろした刃は那間良を斬り殺すには至らなかった。
 それは那間良が耐えたから、避けたから、という理由だけでは無かった。
 やはり、足りないのだ。高城和美には、人を殺す、という覚悟が足りないのだ。

 ならば──殺さず、倒せばいい。
 習ってきた剣道の技は、人殺しの技ではない。

 覚悟を、決めた。和美が作り出した光の白刃が、竹刀のような形状になったのはその表れ。斬撃ではなく打撃となったそれが、迫りくる那間良の喉元を突き、押し飛ばした。
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