焼きそばパン大戦争

清泪─せいな

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第二章 カレーパン大闘争

第四十話 カレーパン大闘争

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 奈菜は両手を擦り合わせ、左右に分けて上下に動かした。舞い落ちる木の葉と、舞い上がる木の葉が、ゆらゆらと光をまとって舞い踊る。

 意識と力を、すべて両手に集中させた。光界の維持に使っていた力も解放する。身体が一瞬軽くなり、その分も両手に注ぎ込む。

 和美は矢附をそっと地面に降ろし、伏せさせた。

 顔を上げると、赤い鬼が雄叫びを上げていた。赤い小鬼たちはどろどろと溶けて液状になり、赤い鬼の足元へと集まっていく。液体は水たまりのようになり、そこから黒い光の柱が立ち上った。

「何なんだ……一体、何なんだ、これは。誰か説明してくれ!」

 光の糸から解かれた支店長は辺りを見回し、目を大きく見開いた。目に映るすべてが、現実とは思えなかった。

「今からこの娘が、あの柱を吹き飛ばします。それで終わりです。それで、あなたの夢は終わります」

「終わり? 夢、が?」

 「認識」が鍵なら、そう断言することが一番いい。和美の言葉は支店長への“刷り込み”であり、同時に祈りだった。もう、終わらせよう。

「あなたの怒りが人を傷つけ、狂わせた悪夢が終わるんです」

「そんな、これは私の、私の怒りのせいだと言うのか。そんな……なんてことを」

 地面に伏し、焦げついた人々。不自然に分断された車や標識、鳥、人々。赤に染まった暴力的な光景。それがすべて自分のせいだと告げられる――それはまさしく悪夢だ。

 支店長は首を横に振った。抱いていた怒りは、こんな破壊を望んだものではない。言い返したかっただけだ。見返したかっただけだ。壊したかったわけではない。

「誰だって怒ることってあると思うんです。でも、向け先を間違えたら、あなたの怒りは解決しません」

「知った口で何を!……いや、そうか。そうなのかもしれない。望んじゃいないんだ、こんな事。……こんな事になる前に、これは夢なんだろうか……」

 支店長は和美を茫然と見つめた。彼女が指さす先――黒い光の柱へと視線を移す。あれが、消えるのか。

 奈菜は掌で地面を強く叩いた。叩いた箇所から光の筋が黒い柱まで伸びていく。ひび割れるように地面を走る光が周囲を眩しく照らし、辺り一帯を飲み込んでいった。

「ミコ、オマエハ、オマエハァァァァァァ!!」

 黒い柱の中から赤い腕が伸び、虚空を掴むように足掻く。しかしそれも、白い光に包まれて溶けるように消えていく。

「ほな、さいなら」

 奈菜が全身に力を込めた。大地を叩き込むように踏みしめると、光が地面から脈打ち、膨れ上がり、炸裂する。

 白い光が空間全体を包み込む。黒い光の柱はまるで喰われるように欠けながら、やがて完全に消えていった。

 光がすべて弾け終わったとき、空間を支配していた鬼の気配も、赤の気配も、白い光も、すべてが消えていた。そこには、元の日常の景色が広がっていた。

 半透明の赤い壁も消え、分断されていたものは何事もなかったかのように元通りとなり、倒れていた人々も徐々に意識を取り戻しはじめていた。

 東出入口のガラスも自動ドアも、完全に元通りになっていた。和美は胸を撫で下ろす。

「これ、中も元通りなのかな?」

「んーと、多分大丈夫なんじゃないかと。都合良く整うように、昔の人がそういう仕組みを考えたんだとか」

 気がつけば、奈菜は巫女装束からいつもの私服に戻っていた。丸眼鏡に三つ編み。赤いチェックのワンピースに、ワンサイズ大きめのグレーのパーカー。背中には “Don’t Feed Me” の文字と、エサをねだる黒猫のイラストが揺れている。

「気になるなら見てきたらどうです? 和美、確かまだバイト終わってないでしょ」

「ああ、そういえば、バイトに来たんだった」

 腰のポーチから携帯を取り出し、時間を確認する。終了時間前だった。バイト仲間は散り散りになっており、集まるには少しかかりそうだ。那間良は無事だろうか。センタースペースの作業はどこまで進んでるんだろう?

 和美は矢附に視線を向けた。彼女が「んん」と身体を起こそうとしているのを見て、ひとまず安心する。

「それじゃあ、私、バイトに戻るね」

「んーと、私もちょっと見て回ってから帰ります。お腹も空いたので」

 奈菜はお腹を押さえて、力なく言った。光の力を使うと体力の消耗が激しく、急激に空腹になるらしい。

「あ、それなら持ってきた昼御飯余ってるから食べる?」

「え、良いんですか!」

 奈菜がぱっと瞳を輝かせたのが可愛らしくて、和美は思わず頬を緩める。

「最近よく当たるせいかハマっちゃってて、昨日買い込んどいたんだ。購買部のカレーパン!」

「え、私好きなんですよ、購買部のカレーパン!! やったー!」

 奈菜がはしゃぐのを見て、すぐ渡したくなったが、まずはバイトを終えてからだと和美はエル・プラーザの方へ視線を向けた。

 東出入口の前には、茫然と立ち尽くしている支店長がいた。生気を失ったような顔。その様子が心配になり、和美は声をかけた。

「あの、大丈夫ですか?」

「あ……すみません、えっと、いらっしゃいませ」

 顔の部位がゆっくりと動き、営業スマイルが浮かぶ。記憶と空間は、都合良く整合性を取るように修復されていく。もし奈菜の御先祖様がこの仕組みを作ったのだとしたら、この支店長は、どう着地をつけるのだろう。

 和美は何も言わず、一礼して店内へと歩き出す。そのあとを、奈菜が追いかけた。

 どうなるかは、これから見届けるしかない。関わった以上、その責任がある。もしまた同じことが起きるのなら――私はきっと、また関わるだろう。そう思いながら、和美は奈菜の背を見つめた。
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