焼きそばパン大戦争

清泪─せいな

文字の大きさ
49 / 146
第三章 メロンパン大逃走

第四十八話 ご近所付き合い

しおりを挟む
 笠沼正太かさぬま しょうた、小学五年生、十歳。

 母・笠沼芽衣かさぬま めいに女手一つで育てられた一人っ子。 温厚で人懐っこく、学校生活にも特に問題はない。クラスの人気者というわけではないが、浮くこともなく、数人の友達と穏やかな関係を築いていた。ゲームも外遊びも好きな、平均的な、しかし健やかさを感じさせる少年。 勉強もそこそこ。塾に通う予定もなく、難関校を目指すわけでもない。

「私は正太くんのお隣さんでね。芽衣さんと仲良くしてたら、いつの間にか正太くんのことまで任されちゃって」

 小早志は窓の外を見つめながら、静かに語り始めた。和美がここにいたなら話すはずだったことを、今はその代わりに現れた奈菜に向けて。少し距離を取った位置で、奈菜はメロンパンを頬張りながら話を聞いていた。

「芽衣さん、仕事頑張ってるからさ。ちょっと帰りが遅くなる日が多いんだよね。でも、それでも夜の十時までには絶対帰るようにしてるんだって。正太くんを寂しくさせたくないからって」

 その努力を知っているからこそ、小早志は苦しかった。けれど──やっぱり、子どもを一人で待たせる時間ができてしまうのは否めなかった。そこで自然と、隣人である小早志家が頼られるようになった。

「私が芽衣さんと仲良くなって、うちのお母さんも一緒に話すようになって……なんとなく家族ぐるみの付き合い、って感じになったんだよね。長い時間が経つうちに、芽衣さんも正太くんも、私にとってはもう“家族”みたいに思えてきてさ」

 深く息を吸う。その先にある話は、口に出すことに躊躇いがあった。けれど、それでも言葉にしなければならない。

「だからさ、変化に気づいちゃうんだよ。正太くん、最近さ……学校から帰ってこないの。芽衣さんが帰ってくる直前まで、家に戻ってないの」

「んーと、それは……友達と遊んでて帰りが遅くなってるだけ、ってことはないんですか? 確かに小学生にしては遅いかもしれないけど、“無い話”ってわけでも……例えば、年上の友達に誘われて、ちょっとした夜遊びとか」

 口に含んだメロンパンを一度飲み込みながら、奈菜は否定のための可能性を並べた。わかっている。そんなことではないと。姉──花菜が実際に対峙した報告もある。和美が命懸けでぶつかった事実もある。
 それでも、自分自身に言い聞かせるように──面倒な真実から目を逸らしたくて。目の前の後輩が、かつての“家族同然”の少年が、殺人鬼だなどという面倒に巻き込まれたくなくて。

「先輩は、この流れでそういうオチだと思うんですか?」

 小早志の声が、感情を押し込めきれずに滲む。和美の代役。伝言係。そんな役割を果たすために現れた奈菜に、正直、失望しかけていた。この人も、結局は傍観者なのか、と。

「……違うと思ってる。私も。正太くんが、ただの夜遊び少年だなんて──思いたくても、思えない。残念ながら」

 奈菜の瞳が揺れていた。その胸の奥底でざわめく嫌な予感が、はっきりと形を成してしまった事実が、彼女の声を震わせた。

「──悲惨。きっと、それが“結末”なんだと思う」

 その言葉に、小早志が息を呑んで奈菜を見た。

「小早志さん。もう、正太くんを追うのはやめてください。……彼は、もう三人を殺した殺人鬼です。おそらく、それも……快楽殺人。彼は、人を殺すことに快感を覚えている」

 さっきまでメロンパンをかじっていた少女とは思えない口調。 奈菜は、悲痛な顔で言葉を継いだ。

「そんな彼を止めるなんて、もう“知り合い”の言葉じゃ無理なんです」

「……警察に通報するんですか? でも、証拠は? 私は……勘で言ってるだけで……正太くんが殺人鬼だなんて、証明できない……」

 小早志は、思わず口を閉ざした。証拠がない。それは事実だった。通り魔事件が続いたあと、自分なりに探ったことがある。笠沼家を訪ね、正太の部屋も覗いた。だが──決定的なものは見つからなかった。白でも黒でもない、どちらつかずのまま。それでも、何かが引っかかって離れなかった。三件目の事件が起きたとき、小早志は思った。
 ──ああ、まただ。

「警察には通報しません。もう、その段階は過ぎてしまってます。彼のことは──祓うしかないんです」

「祓う……?」

 奈菜の言葉は小早志にはすんなりと頭に入るものではなかった。
 通報を越える段階、祓うしかない。何を言っているのだろうか。

「笠沼正太は──鬼と化そうとしています」

 聞き返そうとしたが、小早志の中で、どこか“納得”している自分に気づいてしまった。 正太が“鬼”になる。それは、空想のようで、どこか現実のような響きを持っていた。
 心のどこかで──にこやかに笑っていた、あの正太はもう“いない”のだと、理解してしまっていた。

 あの少年の面影は、笑顔の残像ごと、黒く染まって消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。

神崎あら
青春
 10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。  それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。  そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...