最強料理人~三ツ星フレンチシェフの異世界料理道~

神城弥生

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報酬

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 暗い路地を歩く。久しぶりに歩いた道だが、迷うことなく足は進んでいく。何度も道を曲がり、いつしか辺りには人っ子一人見当たらない。辺りには自分一人の足音以外物音一つない。そんな道を素早く、誰にも見つからないよう細心の注意を払い進む。

 とある一件の建物の前で止まる。昔は知る人ぞ知る店だったのだろう。日の当たらない建物には、曲がり腐り始めている気の看板が掲げられていた。建物自体も汚くボロボロで、暫く誰も手入れをしていないのだろう。そんな建物で唯一綺麗なドアノブに手をかけ、そしてゆっくり扉を開くと中へと入る。

 外見とは違い、中はそれなりに整理されている。普通の人が見れば、ここは空き家だと思うだろう。だが汚く見える床はしっかち張替えられ、カウンターの奥にある酒も埃一つない。

 静まり返るカウンターの椅子に座り暫くすると、今入ってきた入り口と別の扉が開き誰かが入ってくる音がする。

 その音を聞くと、椅子から立ち上がり、そして膝を付き頭をされて、待ち合わせ相手が部屋に入ってくるのを待った。

「久しいな、アドルフよ。活躍は聞いているぞ」

 アドルフは視線を上げることなく、その男性が話終わるのを待ち、そしてしっかりとした口調で挨拶をする。

「ハッ!お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです。殿下」

 アドルフの前には、その姿を見られてもいいように一般市民にふんした、この国の第一王子「ヘンリー・フォン・スクルス」が立っていた。

「久しぶりの再会で悪いが、俺たちにはあまり時間がない。早速報告を聞こう」

 ヘンリー王子の言葉に、アドルフは頭を上げることなく話始める。それをヘンリー王子は黙って聞き、アドルフが話を終えると「成程」と呟いた。

「そのテツと言う男性と出会えたことは幸運だったな。女神マリアに感謝せねばなるまい」
「はい。ですがこれから起こるであろう戦争には役に立たないかと。何しろ料理の事しか頭のない男です」

 テツを庇っての言葉だろう。アドルフの気持ちを察したヘンリー王子は頷き、今度は情報をアドルフに渡す。

「やはりそれなりの数の貴族が関わっているようだ。まだその全ては分かっていないが、既にその尻尾は掴んでいる。そしてその背景には帝国がいることもな」
「やはり帝国ですか。そしてこちら側のトップは……」
「ああ、間違いなく彼女だろう。全く愚かなことだ。我がギガ大国を乗っ取ろうなど。だが今回お前のおかげで敵の先は潰れ、奴らは慌ててその尻尾を出した。今が潰し時だ。期待してるぞアドルフ」
「ハッ!!」

 ヘンリー王子は「読んだら燃やせ」と言い、アドルフに書類を渡すと裏口から出て行った。もうすぐテツ達が王との謁見を終える頃だ。ヘンリー王子はメアリーに挨拶に行くのだろう。

 アドルフは立ち上がり、近くのカウンターの席に座り書類に目を通す。そこにはこれまでヘンリー王子が調べたであろう組織の詳細が書かれていた。

 書類の最後には、一つのメダルが挟まっていた。そこには「ヘンリー・フォン・スクルス」の名とこの国の象徴である、剣と盾と龍のマークが入っている。それをこのタイミングアドルフ渡したという事は、アドルフがいつでも城に入り自由にたt周れるようにするためだろう。

 今まで避けてきた貴族たちと、これから深くかかわっていかなければならないと思うとため息が出る。決戦が近いので文句は言っていられないが、やはり城にはいらなければならない状況だ。

 アドルフはメダルを書類と共に内ポケットにしまい、そして空き家に見せかけたアジトを後にした。

 謁見の間を後にしたテツ達は、メイドに連れられて、客間に案内されていた。数十人が話し合いができるくらいのソファーが部屋の中心にあり、部屋もそれなりの広さをしていつ。目でも楽しめる様に、様々な装飾品が壁際に並び、床にはきれいな柄をした絨毯が敷かれていた。レトロな感じだが、歴史を感じる気品あふれる部屋だとテツは感じた。

「さぁ座りなさい。改めて遠路はるばるご苦労だったなメアリー王女よ。無事で何よりだった」

 テツ達より早く部屋には国王である「チャーリー・フォン・スクルス」が座り、その隣には宰相であるフランチェスコが座っていた。此処に来る道中にこの部屋は王が客をもてなす為の部屋だと聞いた。テツは「何故こんな所に自分がいるのか」と思いつつメアリー達と共にスクルス王の向かいに腰を下ろす。

「こちらこそ改めてお礼申し上げます。迅速な対応をして頂いたおかげで、部下も私も助かりました。この御恩は一生忘れません」

 メアリー達は頭を下げ、それを見てスクルス王は満足そうに頷く。が、その眼は一瞬テツを見た気がした。お互い当り障りない話をした後、スクルス王から本題を切りだす。

「さてメアリー王女よ。わが国で起きている事は此処に来るまでに大体わかったはずだ。次は改めて王女が自らこの国に来た理由を聞こうか」
「はい。ご存知の通り、魔物の数は周期的に増えたり減ったりします。その周期は不確定な物の為、いつどうなるかは分かっていません。そして現在我が獣国では魔物が大量に発生しています。ただ、それだけならそういう周期だと考え諦めますが……」

 メアリーは一度頭の中を整理させるように一呼吸置いた後、口を開く。

「ですが、その発生の仕方が異常なのです。今まで我々の国では見られなかった魔物が大量に発生。更には、その事に気が付いた時には、すでにそれなりの犠牲を出してしまっているのです」
「気が付いた時には?つまり、現在のわが国の状況と似てると?」
「はい。その魔物達が他国から来たのなら、必ずどこかで情報が入ってくる。ですが、あたかも「初めからそこにいた」かのように、突然魔物は出現しているのです」
 
 メアリーの言葉にスクルス王は「成程」と髭を撫でる。

「そして調査の結果、私達はとある結論に辿り着きました。今回の件、組織的な何者かが我が国を攻撃していると。そしてそれと同時に、王国でも魔物の数が増えているという情報を入手したため、スクルス王に警告と、協力を求め私が来たのですが」
「敵の行動の方が速かった。という事だな?」
「はい。その事に気が付いておきながら警告が遅くなり申し訳ありませんでした」

 再び頭を下げようとするメアリーを手で止め、スクルス王は優しく「良く知らせてくれた。感謝する」と微笑む。これまでのやり取りで、獣国と王国は信頼しあい、友好関係が築けている事が、政治に詳しくないテツでも分かった。

「ところで、獣王は何と言っている?」
「はい。我が王は「警告は必要ない。あの狸オヤジは勝手に何とかするだろう」と。ですがいち早く知らせ、協力しあった方が解決への近道かと思い、私の独断でこの国に来た訳です」

 メアリーは少し困ったような顔をし、スクルス王はくつくつ笑いだす。他国の王にそんな呼び方をして平気なのかとテツは一瞬肝が冷えたが、どうやら平気なようだ。

「まぁ、アイツならそう言うだろうな。兎に角良く知らせてくれた。勿論協力しよう。我が国は獣国への協力は惜しまない」

 スクルス王の言葉にメアリーは安堵し、「よろしくお願いします」と二人は手を握り合った。

「具体的にはどうするか、の話をする前に。確か君はテツと言ったかな?」

 突然スクルス王がこちらを向き、まさか自分の名前が知られているとは思わず、テツは驚き固まってしまう。それを見たスクルス王はくつくつ笑い、そして口を開いた。

「流れ人である君の事は聞いているよ。今回の件でかなり助けられているからな。さすがにその情報は入ってくる。我が国の危機を救ってくれてありがとう。この国を治めるものとして礼を言おう」

 そう言い頭を下げるスクルス王に対し、テツは動揺するが、何とか営業モードに切り替えその頭を上げさせる。

「いえ、目の前で困っている人が居れば手を差し伸べるのは当然の事です。それに私一人の力ではありません。信頼できる仲間や、騎士隊長ケイトといった素晴らしいこの国の騎士達がいたおかげです」

 営業モードに入ったテツの堂々とした答えに、スクルス王は「ほう」と呟き目を細める。普通の冒険者なら、まずこの状況で上手く話せるとは思わない。度胸のあるやつなら口を開けても、自分の手柄を主張するだけだろう。だがテツは仲間や騎士達のおかげだといった。

「そうか。なら騎士ケイトにも何か褒美を与えねばな。もちろん君のも、そしてその仲間にも。ところで仲間はどうした?」
「仲間はこのような場は緊張してしまうとの事で、失礼ながら城下町で体を休めています」

 どうせアドルフの事も知っているのだろうが、とぼけて聞いてくるスクルス王に対し、テツも適当に話しておいた。彼の事は彼に任せて、自分は何も話さないのが吉だろう。

「そうか。ならその仲間にも何か褒美が欲しいか聞いておいてくれ。後日別の形で報酬を与えると」
「分かりました。必ず伝えます。お気遣い感謝いたします」

 頭を下げるテツを見て、スクルス王は満足そうに頷く。そしてテツは同時に安堵の息を漏らす。スクルス王の言葉一つ一つに、テツは試されている様に感じた。どこかその心内を探られているように感じた。確かにこの人は狸オヤジかもしれない。あまり隙を見せない方がいいだろう。

「テツ殿。地竜討伐、クラーケン、サーペント討伐に加え、メアリー王女の救出、警護。その功績を考え、貴殿に爵位を与えたいと考えているのだが、どうだろうか?」

 スクルス王の合図で、宰相が口を開き提案をしてくる。爵位を与えたいという事は、貴族になり、この国で働けという事だ。だが営業モードのテツは慌てることなく冷静に答える。

「宰相様。せっかくの申し出感謝いたします。ですが私は料理人です。前世でも、今世でも、死ぬまでそうありたいと思っています。もし私の功績を認めて頂けるのであれば、私が死ぬまで料理人でいる事を認めて頂けませんか?」

 テツは自身のレストランを持つ前、いや、持ってからも沢山の企業の人に勧誘を受けてきた。それは本当に様々な企業から。店の料理をプロデュースしてほしい、名前を貸してくれるだけでもいい。うちのホテルで働いてほしい。我が国に来てほしい。その内容は様々だ。時にはかなり強引な手段に出てくる人達もいる。有名になるという事は、それだけ様々な人と関わるという事。テツはその経験があるからこそ、国王の前でもしっかり対応できたのだ。

 テツの答えが意外だったのか、スクルス王と宰相はすこし目を見開き固まり思う。上手い返しだ。そんな風に言われて、しかも他国のメアリー王女の前で、ここで強引に貴族に引き込もうものなら自分たちは悪役だ。

「そうか。だが我々も何もしないという訳にはいかない。どうだろうか?この城下町で店でも持ってみるか?当然資金は我々が出そう」

 料理だけでなく、戦闘でも腕が立つ。そしてこうして話してみて頭もきれる。このような者を他国にとられまいと、宰相はテツに新たな提案をした。だがテツは首を横に振り、そして答える。

「もし報酬が頂けるというのでしたら、是非この城の厨房を見せてください。私にはそれが何よりの報酬です」
「「……は?」」

 テツの情報は得ていた。だがまさか爵位を断り、店を持つことも断り、そして厨房を見せてくれ、という要求をされるのは予想外過ぎた。幾度の戦を戦い抜き、国さえも統治してみせたスクルス王とそれを支えてきた宰相は、テツの答えに口を大きく開け呆けることしかできなかった。

 テツを知るメアリー達は、スクルス王達に失礼のないように必死に笑いをこらえるが、結局堪えきれずに声を上げて笑いだしてしまった。
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