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少年と少女と

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「なぁ、なんでそんなにあの子に必死になれるんだ?」

 夜を待つ間、俺は少年に何となく聞いてみたいことがあった。何故そんなに見知らぬ少女の為に頑張れるのか。その力の源は何なのか。

「わからない……。だが何となくあの子を見た瞬間思ったんだ。この子の為なら俺は何だってできるって。ずっと一緒にいたいって」
「それが例え犯罪だとしてもか?」
「ああ、あの子を失うより怖いものなんかあるはずない。それに行動しなきゃあの子は死んでしまうんだ。なら何とかしなきゃ」

 少年はまっすぐと俺の目を見ながら答える。なんだか真っ直ぐすぎてこっちまで恥ずかしくなってくるな。

「そう言うお前はなんで俺にこんなに付き合ってくれるんだ?これから俺達は犯罪を犯すんだぜ?」
「さぁ、何でだろうな」

 何となくだがその答えは分かっている。少しでも救われたいんだ。あの子を無くした俺はこの少年と自分を照らし合わせて救われようとしている。もし女の子を無事助けられたら、俺が助けられなかったあの子を助けた気にでもなって報われる気がするんだ。たとえそれが嘘でも今の俺には何かしら報われないともう立ってられない気がする。要は自己満足だ。

「まぁいいか。とにかくありがとう。こんな俺の力になってくれて」
「気にすんな。それより盗賊になってからどんな生活をしてたんだ?」
「盗賊になってからか、あまりいい記憶はないな。兎に角盗んで、人を攫って、出来ることはなんでもやった。やらないと殴られるしご飯が食べられないからな。この街ではないが西の街ではよく食べ物を盗んだり武器を盗んだり金をスったり色々したな。」

 生きていくためには仕方のない事だ。少年はそう言いきり窓の外を睨む。確かに生きていくためには仕方のない事なのかもしれない。だが疑問が生まれる。こいつは本当にその道しかなかったのか?もっと他に何かできたのではないか?

「死んだ両親の仕事は何してたんだ?」
「お前結構おしゃべりなんだな。まぁいいが。死んだ両親は旅商人だったよ。その道中で魔物に殺されたが。おかげで俺は荷物を運べなかった罰として借金を背負わされてな。そのせいで普通の生活が出来なくなったんだ。もしギルドカードなんか作ったら居場所がばれて奴隷にされちまう。金が払えない代償としてな」
「良く街に入って盗みなんか出来てたな」
「それにはいくつか方法があるんだよ。トロそうな商人の荷台に隠れたり、奴隷商に対価を払って奴隷のふりをさせてもらって中に入ったりさ。案外簡単に入れるもんだぜ?」

 そんな方法があるのか、と感心し覚えておくことにしよう。

 この世界では平民にお金を貸してくれるところなんかない。借金を作り返せなかったら即奴隷落ちだ。といっても奴隷の全てが悪いわけではない。

 奴隷は本来救済措置として機能していた。お金がなく生活できないものが裕福な家庭に入り仕事や食事を貰うという仕組みだ。だがそれがいつの間にか奴隷に人権がなくなり今では道具として扱われるようになっている。

「チッ。腐ってんなこの世界は……」

 思わず声に出してしまう。地球ではこんなことなかった……。いや、知らなかっただけかもしれないな。実際他の国で奴隷精度がある国もあった。日本はないけどでも「奴隷のように働かされている」なんて話は聞いたことある。本来は自分達の生活を、より良い未来のために働くべきなのに……。

「この国か……。確かに腐ってると思うよ。でも人々が全員腐ってるとは思わないな。実際に俺の両親が生きていたころは幸せだった。楽しい毎日だった。出会う人たちも皆いい人だったし。「国はあくまでも人々の集合体でしかない。それを作り上げてるのは結局は人だ。噂に惑わされるな、集団で人を見るな。ちゃんと個人を見てみろ。ちゃんと話して、ちゃんとその人を知ってから判断しろ。」俺の父ちゃんがよく言ってた言葉だ」
「……時間だな」
「ああ、そうだな」

 いつの間にか月が真上まで来ていた。これから俺と少年は子爵邸に忍びこむ。貴族の館に
忍び込むのはバレればその時点で死刑だ。

 それでも俺には自信があった。貴族の館はこれで3件目だ。だんだん造りも分かってきてどこに地下質への入り口があってどこに脱出経路を設けているのかは大体わかる。

 そのことを事前に少雨年には話し屋敷の裏から忍び込んで少女を助ける。それが今回の任務だ。

「行くぞ」
「ああ」

 俺たちは黒いローブを着て闇に紛れ込む。伯爵邸の裏までは路地裏を通ってきたので誰に会わずにたどり着くことが出来た。

 土魔法を使い屋敷の周りにある柵にの下に空洞を造り屋敷の敷地内に潜り込む。屋敷の見張りは2人。やはり伯爵邸と違って階級が下がると見張りの数も少ないな……。

 見張りが正面玄関の方へ歩いていった所で俺たちは目で合図をして走り出す。裏口までたどり着くと「水魔法」でドアのカギ穴に水を流すと「氷魔法」でそれを固めてカギを造る。ドアを開け中に入ると通路に一人の衛兵が巡回していた。

「ば、馬鹿!!」
「誰だ貴様!!どこか、ら……」

 屋敷の中に入れたことで少年は自分を抑えきれなくなったのだろう。一気に駆けだし衛兵に見つかるが、衛兵がしゃべり切る前に俺が「アイスショッット」を頭に放ち気絶させる。だが今の声ですぐに衛兵は集まってしまうだろう……。

「あった!!地下への道だ!!」

 少年はすぐに地下への道を見つけたようだ。どうやら伯爵邸と造りは似たようなものだったらしい。俺は一応気絶した衛兵を近くの空き部屋まで引きずり隠してから少年を追う。

 地下への扉に入るとそこは血と汗とおぞましい臭いで満たされていた。俺は恐怖と嫌悪感を抱きながらゆっくりと地下への階段を下りていくとそこには……。

「……遅くなって悪かったな。もう大丈夫だ」

 そこは石づくりで出来た正方形の部屋だった。中央には大きなベッドが一つと、周りには色々な拷問器具と沢山の壁につながれた鎖があった。壁一面には大量の血が飛び散り、数名の遺体もあった。

 少年はその一部の壁の前で立ち尽くし一人の少女を見つめる。その視線の先には両手足を切り落とされ無理やり縄で縛り血を止め、何とか生きている少女が横たわっていた。

 あれはもう長くない。と言うか何故生きているのか不思議なくらいの重症だ。俺の「光魔法」同時に両手足は治せず一カ所ずつしか生やすことが出来ない。もう彼女は……。

 その時少女はゆっくりと目を開け少年に微笑みかける。その表情は力なく、だがどこか安心するような優しい笑顔だった。

 少女は力ない声で「ありがとう」とだけ言うと少年は頷き、腰に下げていた剣を抜き少女の胸に一気に突き刺す。

 少年の表情は見えなかったが、少女は剣で突き刺され完全に目を閉じるまで幸せそうに微笑み続けた。

 俺はまた助けられなかった。

 少年の小さく痩せ細った後ろ姿が自分と重なる。

 少年は振り返り俯いたまま「ありがとう、だってよ」と俺とすれ違いざまに言いそのまま階段を上がって言った。

 俺は死んだ少女の元の駆け寄り「助けられずに済まない」と言い魔法の袋から一枚の布を取り出し少女にかけてあげる。俺にできることはもう何もない。何もできなかった。

「おい貴様!!何者だ!!」

 階段の上から怒鳴り声が聞こえ走っていくと、そこには太った男に剣を突き刺す少年の姿があった。が、少年の腹にも剣が刺さり背中から突き抜けていた。恐らく男は子爵で少年は差し違える覚悟で子爵に剣を突き刺したのだろう。

「……馬鹿野郎が!!」

 そのまま子爵と少年は倒れ死んだ。恐らく衛兵達の足音が近づいてきてお俺は来た道を「ダッシュ」を使い戻っていく。

 何とか見つかることなく屋敷の外まで走っていき開けておいた宿の窓から部屋に入り込む。

 そのまま静かな部屋でベッドに座り込む。恐らく少年は少女を本当の意味で解放したのだろう。それしかなかった。それが最善の手だったのかもしれない。だが俺の胸には後悔が渦巻いていた。なんでもっと早く助けられなかったのだろう。

 少年の姿が、好きだった子を助けられなかった自分と、洞窟で盗賊たちに捕まっていた女性達を助けられなかった自分とどうしても重なってしまう。

「くそっ!!俺は何度失敗を繰り返せばいいんだ……」

 ああ、そう言えば少年の名前も、少女の名前も知らないんだな俺は……。

 そんな俺の気持ちも知らないで月は綺麗に輝き世界を照らし続けていた……。

「なぁ聞いてか?子爵が殺されたんだとよ」
「怖いわねー。犯人は金取りかね?」
「だろうな。スラムのガキの犯行だってよ」
「全く。だけどちょっとすっきりしたよな」
「馬鹿!滅多なことを言うんじゃない!」

 道を歩いているといたるところから昨晩の出来事の噂を耳にした。

 世間とは勝手なもんだ。好き放題言ってその噂を楽しんでいる。まぁ彼らからしたら他人事なのだろう。

 名前も知らない少年と少女の話はすぐに皆に忘れられるだろう。

 だが俺は一生忘れないでいる。絶対に忘れてはいけない気がする。

 あの馬車で二人の目が合った瞬間から二人は恋をしていたのだろう。二人は結ばれることはなかったが、それでもきっとあの世では笑って結ばれているはずだ。

 俺は門を出て次の街へ向かう。

 立っているのもやっとだが、それでも俺は前へ進むしかない。
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