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救出と一人と

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 斬る。

 とにかく斬る。

 左右から来る攻撃を姿勢を低くして躱し剣を左右に振りゴブリンの首を切り落とす。振り下ろされたオークのこん棒を滑り込んで躱しオークの股の下から背後に回り込んで飛び上がり首を切り落とす。そのまま背を蹴り空中で「アイスシャワー」を放つと近くにいたゴブリン達を次々に殺していく。

 剣を振るう。

 ひたすら剣を振るう。

「「ウィンドカッター」」
「助かるチャールズ!!」

 たまに4人を囲んでいるゴブリン達を魔法で殺し援護しながらさらに斬り進む。女性たちはどこに運ばれたんだ?人間はどこにいる……。

「どこだ!!どこにいるんだ!!」

 思わず声を上げるが聞こえるのは剣と剣をぶつけ合う金属音やゴブリン達の汚い吐息ばかりだった。

 突いてくる剣を受け流しゴブリンを一刀両断し横から薙ぎ払われる剣を体を捻り躱し「ファイヤーボール」を放って敵を吹き飛ばす。

「クソ!邪魔だ!!」

 正面から来る二匹の大きなオークを片手に魔力を溜め「プチファイヤートルネード」を放ち吹き飛ばす。

「キャ!!」
「アミ!!」

 振り返ると4人の陣形は崩れ数匹のオークに苦戦をしていた。急いで駆けつけ後ろから背に乗り首を切り落とす。

「すまないチャールズ!クソ!俺たちにはまだこの乱戦はきついみたいだ……」
「何弱音吐いてるのよ!そんな暇あったら剣を振り続けなさい!」
「チャールズ!!見た所近くのテントの中には人影はなかったぞ!この辺一帯を吹き飛ばせないか?」
「無茶言っちゃだめよ!さっきの魔法でチャールズも魔力が少なくなってるはずだわ!」
「いや、大丈夫。「ファイヤートルネード」」

 ジルこの言葉を信じて魔法を放ち集落の半分を巻き込み破壊する。

「わお、相変わらずすげーな……」
「本当ね。あとで絶対教えてもらおう」
「こんなすごい魔法が使えるなんて」
「本当に仲間になってくれないかな?」
「皆。油断しないで。来るよ」

 すでに敵の半数以上は倒している。だがまだ50を超える数はいるようだ。5人は武器を構え雪崩のように押し寄せてくる魔物たちに向かって走り出す。

「行くぞ!あと少しだ!!」
「「「おう!!」」」

 俺は魔力が残り少ないため後はひたすら剣を振るう。相手の数が少なくなったため4人の連携も上手くいき敵をどんどん屠っていく。

「はぁはぁ、これで最後だぁああ!!」

 ジャックが最後の一匹の首を跳ねると4人はその場に座り込んでしまう。だが俺はすぐさま走り出しテントを一つ一つ確認していく。少し高い場所にあった大きめなテントを空けた時俺は絶句する。

 そこには鎖につながれ座り込んだ女性が女性たちが何人いた。そしてその中にはすでに子供を身ごもった人、ゴブリン達に食べられほとんど痕跡が残ってない者、様々いた。歯を食いしばりながら一つ一つの鎖を丁寧にほどいてあげる。すると中に先ほど運ばれていた女性もいた。

「あ、ありがとう。助かったわ。でもどうやってここまで?」

 女性に答える前にアミがテントの中に入ってきて思わずその場に立ち尽くしてしまう。

「アミ!いたか?」
「男はこないで!!シャーロットは来て!!」

 アミの指示でシャーロットだけ入ってくるが先ほどのアミと同じリアクションをとる。が、二人はすぐに正気に戻り一人一人丁寧に体を拭いていってあげる。俺は魔法の袋から沢山の服や布を出し渡すと二人は「ありがとう」とだけ言いそれを使いうまく女性に服を着させてあげる。

 俺は一人一人丁寧に治療を施し最後の一人が終わる頃には辺りはすっかり暗くなってしまった。外ではジルたちが、中では俺が「火魔法」を使い焚火をし光を灯す。

 俺は剣をゆっくり抜くと全員に聞こえる様に大きく、はっきりと問いかける。

「この中で死にたい奴はいるか?終わらせてほしい奴は終わらせてやる」
「ちょ、チャールズ!!何言ってるの!!」
「いえ、アミ。チャールズの判断は間違っていないわ。辛いけど……。だけどチャールズ。それは私達がやるわ。貴方がやることはない」
「あんた達は今まで人を殺したことあるのか?」

 俺の問いに二人は答えられずに俯く。恐らくないのだろう。

「でも、でもチャールズだって」
「俺はある沢山な。こういう状況だって二度目だ。前は誰も助けられなかった。誰もだ」

 その言葉に二人は言葉を失い泣き始める。何故二人が泣くのか俺には分からなかったが、その時外にいたジャックとジルが中に入ってくる。

「もう全員に服を着せたようだな。ありがとう3人共。あとは俺たちがやるよ」
「そうだぜ。これ以上お前達だけに背負わすわけにはいかない」

 その時ゴブリンの子供を身ごもった女性がゆっくりと手を上げる。

「わ、私は、い、生きたいです。死にたくない」
「わ、私も。生きていたいよ」

 彼女が声を上げるとそれをきっかけに全員が声を出す。死にたい人は一人もいないらしい。

「これからもしかしたらもっとつらい人生が待っているかもしれないぞ?」
「それでも。せっかく助かったのに。死ぬなんて嫌」

 その日は順番に見張りをしここで一泊した。話し合いの結果ゴブリンを身ごもった女性が出産するまではここで過ごすことになった。ゴブリンの子共は身ごもってから2,3週間で出産するらしく女性ももうすぐだという。

 2日ほど経った後、テントの中から図太い赤子の声が聞こえ、そしてすぐに消えていった。テントの中には女性しかいないが何が起きたかはすぐにわかる。後には女性の泣き声が辺りに響き渡った。

 全員が出産しそして子供を殺した後、俺達は女性たちを護衛しながら街まで戻る。

 ギルドに着くとすぐにギルマスに呼ばれ、女性たちの事を報告するとギルドが責任をもって面倒を見るという事が決まり、そしてすぐさま街の周り一帯の捜索が行われた。もしかしたら他にもゴブリンの巣があるかもしれないからだ。

 報告が終わると4人はくたくたに疲れているからとそのまま宿へ。だが俺は街を出ることにした。

 この世界の出来事は俺にとって一つ一つが重すぎた。通りの人々の話声がやけに煩く聞こえ再び足取りが重くなっていた。

 何故こんなに重いのだろう、何故息が苦しくなる。重力なんか無くなってしまえばいいのに、今にも倒れそうだ。当てもなく彷徨い気が付けば「魔の山脈」まで来ていた。俺は山を登り大きく開けた眺めのいい場所を見つける。先日行ったところから西に10kmほど行ったところでここには捜索網も引っかからないだろうし、眼下には小さな森も見えた。近くに集落や街はない。

 俺は一人になりたかったんだな、とその時気づく。なんでかわからないがすごく疲れてしまった。ここは静かでいい。もう何も考えたくない……。

 岩場に「土魔法」を使い階段を造りそして小さな洞窟を造った。しばらくはここに住もう。もう誰とも会いたくない。何も感じたくない。

 食料は魔法の袋に少しあるし、下には森もある。しばらくは生きていけるだろう。

 数日たち雪はすっかり溶けてなくなくなった。本格的に春が訪れ辺りに花が咲き誇る。だが何も感じない。俺は今日も剣を振るう。

 毎日の日課である素振りはまだ欠かしたことがない。それだけは続けている。だがもう何のために剣を振るえばいいのか分からなかった。重い体を引きづりながら剣を振るう。まだ何も感じない。

 開いている時間は洞窟内で本を読むことにした。父さんから沢山の本を貰っていたので飽きることなく読むことが出来た。特に「魔法全書」は面白かった。今まで考えもしなかった魔法の使い方が数多く記され、特に魔法陣は素晴らしかった。この世界は魔法陣で溢れている。電気がない代わりに魔法陣や魔石を使って生活が成り立っている。俺はそれらを全て覚えることにした。

 洞窟に「結界魔法」を描き魔物や虫が入ってこれないようにしたり、床に魔法陣を描き「床暖房」のように洞窟内を暖かくしたり、様々な事をした。こんなに色々やっているのだろうから楽しいのだろうが、それでも俺の心には何も感じなかった。もしかしたら俺の心はもう死んでいるのかもしれない。

 だんだん気温が上がってきて夏が訪れた。俺も今日も剣を振るう。魔法陣で洞窟内は快適な涼しい気温になっている。たまに森に降りては魔物を狩って果物を積み食料にしていた。

 俺は何度も考えた。何故アニの街がああなってしまったのか。何故盗賊が沢山いるのか。何故人々は犠牲にならなければならないのか。何故なも知らない少年少女は死ななければならなかったのか。何故魔物に攫われた女性たちに誰も気づけなかったのか……。

 この国は腐っている。いや、少年が言っていた様に国が腐っているのではなく、人が腐っているのかもしれない。

 もう何も考えたくない。何も……。
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