書簡体小説集、綴

穏人(シズヒト)

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やどかり

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 僕は、人間というものが殊更に下手な生き物でした。
 一応断っておきたいのですが、僕が実は宇宙人とか、ロボットだとか、化け物だとか、いわゆる人間以外の生き物だった、という意味ではありません。僕は一応人間です。一応だけれど人間です。人間として生まれ、人間として育てられ、一応人間の教育を受けた、人間という生き物です。
 しかし僕は、人間というものをすることが、どうしようもなく下手くそなのです。まず人間の間に入る方法がわかりません。普通の人間は……普通の人間というものがいるのかどうかはわかりませんが、特に苦も無く人間の間に入ることができますよね? 何の気負いもなく傍に行き、他愛ないことを少し喋って、特になんの障りもなくそのまま人間の間に入れる……もちろん、ずっとそのまま一緒にいるとは限らないのだろうけど、人間の間から出て行くのも、人間の間に戻るのも、まるで息をするように自然に行うことができる。普通の人間というものは、少なくとも僕にとってはそういうものだと思います。
 しかし僕は、その人間の間に入ることが、どう足掻いても逆立ちしても全く上手くできないのです。僕は人間の間に入ろうとすると、目に見えない、けれど何か僕をひっそりと拒絶しているような、やんわりとした壁のような隔たりを感じます。その心地悪さを堪えて、頑張って近寄ってみたとしても、今度は人間達の態度が僕の侵入を拒むのです。人間達はめいめいに僕ではない何処かを見ていて、聞き取りづらくべちゃべちゃした言葉を、速度だけは弾丸のようにひっきりなしに交わしています。そこに僕が立ち入れる隙なんてものはありません。仮に運良く入れそうなタイミングが見つかったとしても、今度は差し込むべき適切な言葉がわからないのです。言葉を知らないわけじゃない。なのにその時、間に入るに相応しい適切な言葉が見つからない。いえ、見つかったとしても、今度はどのように言えばいいのかさっぱりわからなくなるのです。口の開き方は、舌の動かし方は、喉の震わせ方は、表情は、姿勢、顔の傾け方、立ち位置、足の置き方、身振り手振り、それら、その他の一切が、僕にはどうにもわからない。そして人間達はちっとも待ってはくれません。僕がまごまごしている間に、あっという間に他の誰かが別の弾丸を発射する。いやそもそも、人間達は僕のことなど気にも掛けてはいないのです。気付かれていないのか、気付いた上で無視しているのか僕にはわかりませんけれど、どちらにしても惨めです。どうしようもなく惨めです。僕は惨めさを感じるために生きているようなものです。
 両親はそんな僕のことをとても心配していたようでした。人間の間に入れずに敗北を続けている僕に、いかにも心配そうな顔で毎日毎日こう言いました。
 どうしてお友達を作らないの?
 作れないんじゃなくて、お前が作ろうとしないんだろう。
 自分から頑張らなきゃ、友達なんて作れないわよ?
 頑張るんだ。頑張れば、友達なんてすぐできるさ。
 だから、僕は頑張りました。両親の言うとおり、敗北するだけの挑戦を僕は無様に頑張りました。人間達のもとにいって、僕をひっそりと拒絶するいやぁな空気の中に這入って、僕を見ようともしない視線に心を何度も刺されながら、人間の間に入るべく精一杯に頑張りました。捕まえられた鳥のように喉をぐうっと絞められながら、干からびる寸前の魚のように口をパクパクさせながら、人間の間に入れるように精一杯に頑張りました。
 でも駄目だった。人間達は相変わらず僕のことを間に入れず、それどころか僕が近付くと離れるようになりました。まるで危険を察知したドブネズミのように去っていって、僕をちらちら盗み見ながら何事かを言うのです。音量は酷く小さくて、何を言っているのやら聞き取れはしませんでしたけれど、ヒソヒソとでも形容すべき人間達のその挙動は、何故だか僕を酷く悲しくさせるものでした。
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